探偵交代
数秒。いや、数十秒。
誰もが呆気にとられ、何も言えずに固まってしまう。
鈴が峰の発言は、間違いなく伊緒ちゃんの推理の前提を崩してしまうもの。二人の殺害時にアリバイが唯一ない者であるというのが推理の起点だったわけで、そうでなかったとすれば渡澄さんを疑う理由自体が消失してしまう。
もし今の発言が事実だったのなら、そもそも彼女に推理をさせていたのは一体何だったというのか。
私自身全く与り知らぬ内容に、ただただ言葉を失ってしまう。
そんな中、真っ先に口を開いたのは伊緒ちゃんでなく妹の新菜ちゃんだった。
「えー、それってつまり伊月さんが嘘ついてたってこと? なんかずるくないですかー?」
「別にずるをしたつもりはありません。あの時点で私たちにとってこの館も、皆さんも得体が知れませんでしたから。少しでも自分だけが知る情報を持っておくべきだと考えただけです」
「えー、でもやっぱりそれって……う~」
自身が惚れこむ伊月の言葉だからか、新菜ちゃんも反論しづらい様子でむにゃむにゃと言葉を濁す。
黒瀬もここでの情報開示には納得いかないようで、眉間にしわを寄せ伊月を睨んでいる。
一瞬で険悪な雰囲気が漂い始めるも、当の鈴が峰はそのことを全く気にかけず、明るい声で話を再開した。
「そんなわけで渡澄さんは日車君殺しの犯人ではないんだ。だから伊緒さんの推理した動機も残念ながら違うと言わざるを得ない。まあそれでも、白杉さん殺しの犯人である可能性はゼロになったわけじゃないけどね」
「いやいや、あの少年を殺したのが彼女でないのなら、白杉を殺した者も彼女ではないだろう。何せ全くメリットがないからな」
ある意味誰よりも中立な立場を貫く厚木の発言。
小鳥遊姉妹から恨みがましい視線が飛ぶが、本人は全く気付かぬ様子でさらに言葉を紡いだ。
「しかしそうすると、事件は振出しに戻ったわけかね? 結局誰が二人を殺した犯人なのか分からないと」
鈴が峰は大きく手を振って否定する。
「いえいえ、お忘れかもしれませんが皆さんをここにお呼びしたのは僕ですから。しっかり事件は解けていますとも」
「本当かね? よくは知らんが君は死神探偵とか呼ばれる話すだけで不幸を連れてくる人物なのだろう? 私は余計なリスクを負いたくはないのだがね」
「いやあ、それを言われると弱いんですけどねえ。でもまあ、たぶん大丈夫だと思いますよ」
「たぶん? それじゃあ困るんだがね。そもそも今起きている事件を解決できたというのもはっきり言って疑わし――」
「大丈夫です」
厚木を、いや、この場の全員を黙らせるほど冷たい声で、伊月が断言する。その迫力に厚木が怯えた表情を見せる中、伊月はもう一度、先より柔らかい声で宣言した。
「もう、大丈夫です。今の彼は『トラブルメーカー鈴が峰千夜』ではなく、『名探偵鈴が峰千夜』です。そして名探偵が解決編を始める以上、今後一人として犠牲者が出ることはありません」
普段とはまるで違う、鈴が峰への絶対の信頼を感じさせる声音。
伊月に館の案内をしていた私は、彼が鈴が峰のことを心の底から気遣い、尊敬していることを知っていた。けれど他の人からしてみれば、伊月の今の態度は予想だにしていなかったのだろう。皆驚いた表情で伊月と鈴が峰を交互に見つめていた。
またも一変した雰囲気の中、当の鈴が峰は少し照れくさそうに髪をがりがり掻き、「これは責任重大だなあ」と緩い言葉を呟いた。そして場を仕切り直すように手を叩き、
「それじゃあ、不幸の連鎖を断ち切るための推理、始めていくね」
目を輝かせて、事件の幕を下ろし始めた。