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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
迷い込んだ館
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屋内庭園

完全に今回は間に合ってない……。毎日更新ってやっぱ大変だなあ

 普通の三倍近く時間をかけて階段を上りきる。

 上ったところには広けたスペースがあり、正面にはまた階段が続いていた。通路も左右に向かって伸びており、ぱっと見一階と全く同じつくりに見えた。

 西郷は特にこちらの意見も聞かず、左の通路へと歩みを進める。


「一階を見ただけでも既にこの館の異常さには気付いてもらえたと思うが、二階はもっとわかりやすく変わっている。おそらくこの館のテーマとなっているのだろうが、個人的にはあまり趣味がいいとは思えないな」

「へ、へえ、そうなんですか……」


 一階に関して全く異常さを見いだせなかった私は、少しどもりながら相槌を打つ。こういう時素直に疑問を口に出すことができず、なんとなく相手に合わせてしまうのが私の悪癖の一つ。大学生のうちはまだいいが、社会に出たらきっと苦労するんだろうなと今から憂鬱に感じている部分でもある。


「一階、そんなにおかしなところありましたか?」


 一方そんな悪癖など持たない優等生な渡澄さんは普通に尋ねていた。

 羨ましいと思う反面、彼女も館の異常さとやらに気付けていないことに安堵も覚える。

 西郷は特に呆れた顔をすることもなく、あっさりと答えを口にした。


「窓だよ。少し思い返してみれば分かるだろうが、部屋の中にも通路にも窓が一切見当たらないんだ。加えて今から見る二階、さらに上の三階にもこのことは共通している」

「確かに。言われてみればどこにも窓はありませんでしたね。もしかするとこの館の主は吸血鬼なんでしょうか。間違って日光を浴びてしまうことのないよう、窓をすべて撤去している、とか」

「いや、吸血鬼はないでしょ……」


 真面目腐った顔で言うため、本気なのか冗談なのか判断しがたい。

 意外と天然でおかしなところがあるのかと思い、まじまじ彼女の顔を見つめてしまう。すると頬を赤らめ、「勿論冗談よ」と否定してきた。

 普段クールな表情をした美少女が照れた表情に変わると破壊力やばいなと、私は眩しそうに目を細める。一方、運悪くその表情を見逃した西郷は、意外にもその冗談に乗ってきた。


「吸血鬼、か。あながち的外れな考えではないかもしれないな。こんな山奥に館を建てたのも、人との接触を最大限減らすためかもしれない」


 私も今度はその冗談に乗ってみる。


「でも吸血鬼って人の血が活力ですよね? こんなところに家を建てたら、食事しづらいしデメリットの方が多いんじゃないですか?」

「勿論人の多い都会にも拠点はあるだろうな。あくまでここは別荘の一つと考えればいいだろう。それこそ今は食事に行っているから不在なのかもしれないし、館に鍵をかけなかったのも食料が入ってきてくれることを期待しての行いかもしれない」

「それともまだ活動時間じゃないのかもしれませんね。皆が寝静まった深夜に、ようやく目を覚まして館の中を歩き回るのかも」

「なら今夜は寝ずの番だな。まあもし相手が本物の吸血鬼だった場合、起きていたところで勝ち目はないと思うが」

「聖水も十字架も、持ってる人はいませんよね。厨房にニンニク置いてませんでしたっけ?」

「ニンニクが吸血鬼に効くというのは眉唾だと思うがな。まあ五感は人間より発達しているかもしれないからな。強い光、大きな音、強烈な匂いなどはある程度効くかもしれない。と、着いたぞ」


 三人で下らない話をしている間に、左通路にある一室に辿り着いた。というか、少し奥まで見てみても、他に扉が見当たらない。まさかこちらはこの部屋しかないのだろうか?

 不思議がっている私の表情に気付いたのか、西郷は「この階は左と右の通路に、それぞれ一室ずつしかないぞ」とドンピシャな答えを教えてくれた。


「確かにこれは変わってますね……。これだけ広いのに、一室だけで済ませるなんて」

「中を見ればもっと驚くと思うぞ」


 そう言って、西郷は扉を開ける。

 私は彼の言葉通り、中を見て唖然とした。


「これって、お花畑ですか?」

「ああ、いわゆる屋内庭園って奴だろう」


 部屋一面に白い花を咲かせた植物が所狭しと咲き誇っている。花の種類には全く詳しくないため、どれが何の花なのかはわからないが、取り敢えず全て花弁は真っ白な色をしている。

 さらにそれら花々の間を縫うようにして天使のオブジェが置かれている。

 ラッパを持ち、笑顔で花の上を飛んだり囲まれたりしている天使たち。

 まるで子供が思い描く天国のような光景がそこには広がっていた。

 どこか触れてはいけない神聖な気配を感じて、なかなか足を踏み出すこともできない。

 固まってしまった私を見た西郷は、躊躇うことなく部屋に足を踏み入れると、花々を見渡しながら言った。


「これだけの花を一室に植えるのは随分と労力がかかっただろうな。加えて花の維持のためか、この部屋は基本的にはずっと照明がついているみたいだ。まあ光を与え続けるのも毒だろうから、どこかのタイミングで暗くはなるんだろうが。この部屋に名前を付けるとしたら、『天使の庭』ってところか」

「天使の庭……」


 西郷はこの部屋に神聖さを感じないのか、一切表情を変えずにうろうろと部屋の中を歩き回る。渡澄さんも少し戸惑った様子ながら、花を踏まないよう注意しつつ部屋を見回り始めた。

 二人が部屋を見ている間、結局一歩も足を踏み入れられず、私はただ黙って立ち尽くす。

 元から二人はこの部屋に入ったことがあるわけで、さして時間をかけることもなく通路まで戻ってきた。

 渡澄さんからは「部屋の中、入らなくてよかったの?」と聞かれたが、私は黙って首を横に振る。

 こんな穢れの知らない澄んだ空間に、私のような淀みの塊が入っていいはずもない。緊急の事態にでもならない限り、ここに私がやって来ることはないと断言することだって吝かではなかった。

 まあそれはともかく、館の探索は続いていく。

 二階左通路はこの天使の庭しかないようなので、今度は反対の右通路に向かう。

 右通路も一室しか部屋がないということから、こちらにどんな部屋があるのかは何となく想像がついた。

 扉の前に辿り着き、またも西郷が扉を開ける。

 視界に飛び込んできた光景は、イメージしていたものに非常に近かった。


「あちらを天使の庭と呼ぶなら、さしずめこっちは悪魔の庭だな」


 部屋一面、見渡す限りに黒い花びらを咲かせた花々が咲き乱れている。花の維持のために明かりこそついているものの、こちらの部屋は全体的に黒く塗られており、暗黒世界という言葉を想起させられた。

 さらに花と花の間には、悪魔と思われる角と羽を生やした異形のオブジェが立ち並び、手に持っている槍で花を突き刺すような恰好をしている。

 西郷が言う通り、まさしく悪魔の庭。

 天使の庭が持つ神聖さとは対照的な、不気味で心を不安にさせる雰囲気。

 今度は先とは違う、ある種の怯えから体が動かなくなり、またも無言で立ち尽くすことになった。

 暗いのは怖い。

 暗闇を作る、黒い色も怖い……。


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