一足先に
「え?」
鈴が峰の言葉に、私は目を見開いて固まった。
「な、謎がないって……。むしろ謎しかないというか……意味わからないことばっかりだと思うんだけど……」
「うーん、僕はそう思わないけど……千尋君も同意見なの?」
「そうですね。少なくとも今の話を聞いた限りでは、この館で起きていることも、二人を殺した犯人にも検討がつきません」
「そっかあ。でもこれだけ矛盾した行動をとってるんだから、すぐに分かると思うんだけどなあ」
「矛盾した行動……?」
「うん。矛盾した行動。あ、館の謎じゃなくて、殺人事件の話ね!」
「そ、それはどっちでもいいんだけど」
記憶を掘り返してみても、さっぱり矛盾した行動をとっている人に心当たりがない。
厚木は、一貫して怪しい。基本的には傲慢だけど、何か起きるとかなり小心な一面を見せるし、何より私へのよく分からない質問。犯人だったとしても何の不思議もないし、むしろ彼が犯人なのが個人的には一番嬉しい展開――だけど、矛盾した行動はしてないように思う。自ら捜査はせず、成り行きに身を任せる傍観者ポジションだ。
渡澄さんも同じく。とにかく皆に気を遣っている点や、場をまとめるために全力を尽くしている点も最初から変わっていない。強いて言うなら私への対応がちょっと親切過ぎるのと、さっき疑われている際の態度が不自然だけど――これも矛盾した行動とは呼べないような。
小鳥遊伊緒ちゃんは、事件が起きる前と後とでかなり行動が変わっている。最初は皆と関わらないようにしていたのに、殺害事件が起きてからは率先して私たちを主導するようになった。とはいえ、事件が起きたら協力はすると最初から宣言していたし、探偵としての活動にもおかしな点は見られない。やはり矛盾と呼ぶには足りない気がする。
妹の新菜ちゃんの方は――正直一番変化がないように思う。強いて言うなら伊月が来たことによりやや姉と意見が異なることが増えたことだろうか? それでも肝心な時にはしっかりサポートしているように見えるし、事件全体を通して最もアリバイが確かな気がする。一回目の殺人の時は私とずっと一緒だったし、二回目の殺人時は伊月とずっと一緒だったみたいだから。正直彼女が犯人とは思えない。
黒瀬はどうだろうか? もともと厚木と同じく事件に対して積極的な姿勢は見せていなかった。というか一番初めなんて悪魔の庭で寝てたわけだし、私たちの中で一番緊張感に欠けていた気もする。館の扉が開かなくなってからは皆を先導するようになったけど、それは渡澄さんにかっこいいところを見せつけるためだったはず。鈴が峰たちが来てからはまた消極的になったけど、これは伊月に委縮していたのと、私たち以外の何者かがいるという結論に達したからだろう。矛盾した行動は……してないと思う。と言うか思いたい。
これで全員だけど――と、そう言えば、消えてしまった西郷も容疑者になるのだろうか? この館に集ったメンバーの中で当初最も率先して動き、皆の方針を決めようと動いていた男。彼の存在を忘れかけている人はいるかもしれないが、彼の発言に関してはずっと私たちの中に残り続けている。外部犯人説や黒幕を疑うことになっているのだって、元をたどれば彼の発言が原因だ。その彼が何の手掛かりも残さず消えてしまったのは、矛盾――ではないかもしれないが、違和感を覚える。まるで私たちにこの考えを植え付けるためだけにいたかのような……。
だけど、西郷が犯人だとするのは実質黒瀬の外部犯説と変わらない。この館には私たちが気付いていない仕掛けが存在し、それを利用して館中を飛び回っていることになるんだから。
そうすると鈴が峰の矛盾した行動と合わなくなってしまう。
うーむ、やはり全然分からないままだ。大穴として鈴が峰と伊月が犯人っていう考えもなくはないけど、はっきり言って考えたくない。矛盾発言も全く関係ないことになるし、純粋なアリバイだけで言うなら、白杉殺しは二人ではできないはずだからだ。それにこれが事実なら今の私はピンチ過ぎる。
……というか、仮に矛盾した行動をとっている人がいたとして、それがどうだというのだろうか? 二度の殺人でアリバイがないのが渡澄さんだけであるという事実に変わりはない。矛盾した行動をしていたとしても、それは怪しいというだけであり、犯行が可能と言うことにはならないはずだ。
一体鈴が峰は何を考えているのか? いや、何が見えているのか?
そんな私の視線に気づいたのか、鈴が峰はちょっと悩んだ様子でぼりぼりと髪を掻く。それからあっさりと、「館のこととか、殺人事件の犯人とか教えようか?」と言ってきた。
「え! 教えてくれるんですか!?」
「うん。別に深倉さんになら教えても特に問題ないと思うから」
「で、でもこういう事件の謎解きって皆を一か所に集めて大々的に行うイメージがあるんですけど……」
「勿論そっちの方が説明一度で済むし楽だけど、別に個別に教えても問題があるわけじゃないし、僕は気にしないけど」
「えっと……じゃあ、お願いします」
「了解了解。あ、せっかく先に聞いてもらうわけだし、この後でちょっとだけ手伝ってもらおうかな」
そう前置くと、鈴が峰は本当に自身の推理を語りだした。
* * *
「……今の話、マジですか?」
一通り推理を聞き終えた後、口を半開きにして私はそう呟いた。
鈴が峰はそれに対し、真剣かどうか判然としないとぼけた顔(いつもの表情)で頷いた。
「うん、マジかな。特に論理的におかしな点はなかったでしょ?」
「論理的にはおかしくないかもしれませんけど……そんなこと本当にあるのかっていうか、なんか反則な気さえするというか……」
「でもこう考えないと矛盾した行動の意図が分からないからさ。それに白杉さんが残してくれたダイイングメッセージもこの考えを示唆してくれてるし」
「ダイイングメッセージって……、ああ、あの花ってそういうことだったのか……」
予想もしていなかった情報の洪水に眩暈を覚える。
正直まだ彼の推理を受け止め切れていない。突飛すぎる内容だし、推理の要となるモノを見つけていない今の段階では、やっぱり妄想だとしか思えない。
でもじゃあ他に真実があるのかと言われれば――これ以上のは思い浮かぶ気がしない。違和感や奇妙に感じていたところもすっきりと解決したし、何よりアリバイ。現状の渡澄さん以外に犯行が不可能であるという状況を、綺麗にひっくり返してくれる。
だけどやっぱり、そんなことってありえるのかと言う思いも強くて――
「それにしても、この推理通りなら、今回の事件の原因もまた僕になるみたいだね」
不意に、鈴が峰の寂しげな声が聞こえてくる。
その言葉にはっと顔を上げるも、彼の表情は普段と変わらないまま。まるで今の発言はなかったかのような陽気な声で、「そうだ、手伝ってほしいこと言ってなかったね」と、笑顔を向けてきた。
「この後探偵らしく皆を集めて、改めて推理をしようと思うんだけどさ。今の推理を聞いたら分かると思うんだけど、ボーっとしてたら僕たち結構危険な目に遭うかもしれないから。合図を出したらすぐ次の行動ができるよう準備してほしいんだ。大丈夫。深倉さんにとってはそれほど難しくないことだと思うから」
ぼさぼさの髪をがりがり掻きながら、鈴が峰は笑顔でとんでもないことを言ってくる。でもまあ、実際その提案は、私にとっては難しいことじゃなかったので喜んで承諾した。
問題編(?)はここまでで、次回からは二人を殺した殺人犯とこの館自体の謎解きパートに移っていきます。とはいえ、まだ前座推理がいくつか登場すると思われますが。
残念ながら読者への挑戦状を入れられるほどしっかりした構造にはなっていないのですが、ある程度真相を導くための伏線はちりばめられてあると思います(特に殺人事件の方)。もしお暇な方いてちょっと推理したものとか教えてくださると、焦りから執筆速度上がるかもしれません(笑)
ではでは、最後までお楽しみいただけるようもうひと踏ん張りしたいと思います。