ただ一人アリバイのない者
「それでまたも全員集合と。全く、双子探偵も役に立たんな。まんまと犯人に出し抜かれ、さらなる犠牲者を出してしまったではないか」
幸いなことに、残りのメンバーの中に勝手に移動している人はいなかったため、すぐさま全員揃っての再会を果たすことができた。
一人ずつ話すより一度に話した方が効率が良いからと、全員を談話室に集めたところで、ようやく白杉の死を皆に伝えた。
それを聞いた彼らの反応は予想通りのものであり、その中でも厚木はいつものようにまるで空気を読まない溜息を吐いたのだった。
悔しさからかプルプルと拳を震わせる伊緒ちゃん。
私は苛立ちを抑えきれず、キッと厚木を睨みつけた。
「自分は何もせずに談話室でダラダラしてただけのくせに、よくそんなこと言えますね。文句言うくらいなら自分で捜査したらいいんじゃないですか?」
「君は常々愚かな奴だな」
「はあ?」
こちらの怒気をそよ風程度も気にかけず、厚木はやれやれと首を振る。
「これは殺人事件だ。普通は警察に任せるもので、私たち素人が勝手に捜査することがまず間違いだろう。つまり行動を改めるべきは君たちであり、私には何の非もないのだよ」
「この誰が殺人犯か分からない状況で、動かずにただじっとしているのが正解だと」
「そうだ。君の話じゃ白杉も勝手に捜査をしていたのだろう? おそらくそれが犯人に目障りだと思われ殺されたのだよ」
「……くそ」
心情的には犯人を見つけようとしていた白杉や小鳥遊姉妹を押している。けれど今回白杉が殺された件に関しては、厚木が言うことにも一理ある。
警察が来れない今の状況は、私たちにとっても辛いが、犯人にとっても辛いはず。逃げることも証拠を捨てることもできないとなれば、捜査を行う探偵側の一挙手一投足が気になることだろう。まして白杉は犯人に対する目星がついていたらしい。もしそれを犯人が知ってしまったのなら、それはそのまま殺害の動機に繋がってしまう。
実際白杉が殺されてしまった今、厚木の意見の方が正しいとさえ言えてしまう。
それがすごく凄く腹立たしい。
だけど、少し納得がいかない。白杉が犯人の目星をつけられたことを、どうして犯人は知ったのか。日車殺害の証拠を天使の庭に残していたことに気付き、慌てて向かったところ、ちょうど白杉が証拠を発見していたから殺した、とかになるんだろうか?
でも、それが私が白杉に会ってからほんの十分足らずに起きたというのは、どうにも……。
私が黙り込んだのを見て、うまく論破できたとでも思ったようだ。厚木は少しにやけた笑みを浮かべると、その表情のまま伊緒ちゃんに視線を向け、
「このまま探偵ごっこをしていたら次は君が狙われるかもしれない。悪いことは言わないからここらで――」
「今回の白杉さんの殺人。犯人は大きなミスをしたと思います」
「な、なんだって?」
敢然とした顔つきの伊緒ちゃんに見つめ返され、厚木はたじろいだ様子で一歩下がった。
伊緒ちゃんは私たち一人一人の顔を見回していき、最後、渡澄さんで視線を止めると、ゆっくり言葉を紡いだ。
「今お話しした通り、白杉さんは深倉さんと会ってからわずか十分程度の間に殺されました。これはつまり、アリバイが不明な方の人数が限られ、一気に犯人を特定しやすくなったことを意味しています」
「じゃあまたアリバイ調査でもするの? それでも第三者の可能性はぬぐえないと思うけど」
今回は完璧なアリバイを持つ黒瀬が、気怠そうな調子で聞く。
この中に犯人がいないと考えている黒瀬からしたら、私たちの中から犯人を捜そうとしている伊緒ちゃんの話は退屈極まりないようだ。
そんな黒瀬の態度に不満を持った様子もなく、伊緒ちゃんは小さく頷いた。
「勿論その可能性は残ります。ですが、監視する対象は減らせると思います」
「犯人が複数犯だったら? もしくは今回と前回とで別の人物が別の目的で殺した可能性だってあるじゃん。無理にアリバイなんて調べなくても――」
「ええー! 私はちゃんと皆のアリバイ知っておきたいよ! それに今回の事件でアリバイがない人ゼロだったらその時点で部外者が犯人なの決定するわけじゃん。やらない理由がないっしょ!」
「それは……」
今もちゃっかり伊月の隣に並んでいる新菜ちゃんの援護射撃。
姉とは違い何も考えていないような単純な発言だからこそ、裏表がなく妙な説得力がある。
黒瀬が反論できずに黙り込むと、他の人からもアリバイを調べることへの異論の声は上がらず、一人ずつ死亡推定時刻に何をしていたかを話していくことになった。
その結果は、私にとって、あまり喜ばしくないものだった。
「やっぱり、明確なアリバイがないのはあなただけみたいですね。渡澄さん」
伊緒ちゃんが冷めた声でそう告げると、全員の視線が渡澄さんに集中した。
そう。今言った通り、白杉殺害に関してアリバイがないのは渡澄さんただ一人だった。
黒瀬と鈴が峰は医務室に。
伊月と新菜ちゃんは遊戯室に。
厚木は談話室に一人だったが、白杉が殺されたと思われる時刻に、私を捜し歩いていた渡澄さんが談話室でその姿を目撃している。その後は常に彼女が通路にいたため、厚木が二階に行くチャンスはなかった。
伊緒ちゃんも状況としては厚木と同じようなもの。絵画の間に一人でいたものの、私の行動ルート的に彼女が二階に行く隙は無かった。ある程度周りを警戒しながら動いていたため、私が見落としていた可能性もほぼゼロに近い。
そして私に関しては、犯人だとしたら流石に間抜けすぎるということで除外できる。
つまり唯一、私のことを探しに一人館をうろついていた渡澄さんだけに、アリバイがなかったのだ。
だけど、渡澄さんが殺人犯と言うのは、これまでの彼女の行動的に信じられないというもので――
「うむ? アリバイがないという点ではそいつも同じじゃないか? なぜそちらのお嬢さんだけが疑われている」
状況を全く理解できていない厚木が、不躾にも私を指さしながら言う。
ついむっとして反論しそうになるも、私が言うとこじれそうだと思い口を噤む。すると伊緒ちゃんが、私の代わりにしっかり説明してくれた。
「もしも深倉さんが犯人なら、死ぬ前の白杉さんと会ったなどとは言わないはずです。そうすれば犯行時間も広がって、アリバイのない人も増えたはずですから」
「そうかね? もし白杉と会ったと言わなければ、今と違ってもっと疑われていたと思うが。何せ約束を破って一人で館を出歩いていたんだ」
「それを言うなら約束を破ってまで白杉さんを殺しに行く理由が深倉さんにはありません。厚木さんの言う通り疑われるのは目に見えていますから」
「それにさ、お姉さんが犯人だとした場合、日車君殺害の件はどうなるの? そっちは完璧なアリバイがあると思うんだけど」
これまで築いた信頼ゆえか、黒瀬も私を擁護しようと口を挟む。
ちょっと涙ぐみそうになる私をよそに、厚木は「ふん」と鼻を鳴らした。
「別に難しい話ではあるまい。一人目は別の人物に殺させたのだろう。要は誰かと共犯関係だったんじゃないかね」
「日車君が殺されたときにアリバイがなかった人物に、自分も入ってるってわかってる?」
「私は私が犯人じゃないことを知っている。だから共犯者は、残りの誰かで間違いないだろうな」
「……はあ。まあそう思う分には自由じゃない。誰も賛同する人いないと思うけど」
これ以上の会話は無駄と考えたのか黒瀬はため息をつき口を閉ざした。
共犯者の可能性を考えてしまうと、正直いくらでも可能性は浮かび上がってしまう。それこそ私以外の全員がグルだっていう可能性もゼロではないのだし、疑いだせばきりがない。
だからこの時点で、大した理由なく共犯説を考える人はいないと思う。だから私への疑いはこれで打ち止めだと思うのだが、それはつまり――
「共犯説を考えるより、まずは単独ですべての犯行が可能だった人物を疑うべきだと思います」
渡澄さんが最大の容疑者としてやり玉に挙げられることを示してしまうのだった。