なんか険悪な雰囲気
「え、え、え……?」
全身から力が抜ける感覚。
足に力が入らず、私はその場でぺたりと座り込んだ。
「まさか……!」
私の異様な反応から何が起きているのかを察した伊緒ちゃんが、私を押しのけ扉の後ろ側に目を向ける。
そして目の前の光景に唇を噛みしめ、「そんな……」と小さく呟いた。
しかしさすがは探偵。私とは違いそこで座り込んだりはせず、隙間から中に入り込むと、白杉の死体に近づいた。
手際よく瞳孔、脈を測ってから静かに首を横に振る。
一目見た瞬間から、その生気のなさを感じ取っていたため、驚きはない。
ただ、どうしてと言う疑問で頭が埋め尽くされていた。
白杉と最後に会ってからほとんど時間が経っていない。
ほんの十分程度。
その短時間で、白杉は殺されてしまった。
決していい印象はなかった。常に場を乱すような発言をしていたし、協調性も全くなかった。私自身犯人じゃないかと疑われもしたし、仲は良くなかった。
だけど錯乱して誰かを傷つけたりもせず、たぶん誰よりも冷静にこの館から脱出する方法を考えていた。
「……くそ」
腕に爪を突き刺し、この場ではクソの役にも立たない無意味な感傷を排除する。
私は深く息を吐くと、強引に足を動かし白杉の死体に近寄った。
「深倉さん。無理をして見る必要は――」
「大丈夫。それにここは、無理をしてでも見ておく必要があると思うから」
心配そうにこちらを見る伊緒ちゃんを無視し、私はじっと白杉の死体と、その周辺に視線をめぐらせた。
首元には細い紐で絞められたような痕がある。それ以外にはこれと言った外傷は見当たらず、日車の時とは違い血は一滴も流れていない。
まず間違いなく絞殺されたと思われるが、彼はこの館にいる人の中で最も背が高い。背の低い渡澄さんだけでなく、他のどのメンバーであっても立っている白杉の首を絞めるのは容易ではないはずだ。特に絞め痕はかなり水平につけられている。加えて絞め痕の周辺に抵抗する際につく傷――吉川線だっただろうか?――も見当たらない。
となると襲われた状況としてはどうなるのか? 立っているとき襲っても、しゃがんでいる時を襲ってもこうはならないはず。
「もしかして、先に気絶させられたとか」
スタンガンか何かで気絶させ、無抵抗な状態にしてから襲ったのだとすれば絞め痕にも説明がつく。しかしそんな凶器を持っている人はいなかったはずだけど……。
でも、よくよく考えてみれば、私たちは持ち物検査を行ったりしていない。皆には教えていないアイテムを持っている人がいてもおかしくはないのだ。
「ならあり得ないことではないのかも……うん、これって?」
「どうかしましたか?」
「いや、白杉さんの手に花が握られてるみたいで」
「花ですか?」
伊緒ちゃんも白杉の手に目を向ける。
首を絞められているときに無理やりつかんだのか、白い花が四輪、強く握りしめられていた。手の周辺にある花が一部なくなっていることから、死ぬ直前に掴んだのだろうけど……。
「なんか、違和感があるような?」
「違和感ですか? 単に痛みに耐えかねて、つい掴んでしまっただけに思えますけど」
私の呟きに伊緒ちゃんが首を傾げる。
私は白杉の死体から少し距離を取ってから言った。
「でも、白杉さんってそういう無駄なことしないようなイメージなんだけどなあ。犯人に殺されかけてる最中なら、生き残るための最善の方法を探す。もう死ぬしかないって状況なら、最も楽に死ぬ方法を探す。そういう人だと思うんだけど」
「そのイメージは分からなくもないですが、実際に殺されそうになれば話は別なのでは? それより今は他の人にもこの事実を伝えないと」
「……うん、そうだよね」
まだ少し疑問は残るものの、伊緒ちゃんの言う通り皆に起きたことを伝えるのが先だ。今回は事件が発生してから発見に至るまでの時間が非常に短い。うまくいけば、私たちの中に犯人がいないということをはっきりさせられるかもしれない。
あまり良くないことかもしれないが、扉を開けやすくするため、死体を少しだけずらす。
それから私たちは廊下に出て――
「あ、ようやく見つけた」
いつの間にか天使の庭の前にいた渡澄さんとぶつかりかけた。
渡澄さんは少し息を乱しながら、私の手をぎゅっと握ってきた。
「もう、心配したのよ。すぐに戻るって言ってたのに、全然戻ってこないから」
「ご、ごめん。談話室にいると思ってたんだけど、もうどこか別の部屋に移動しちゃってたみたいで、ちょっと手間取ってさ」
「ならせめてそのことを言いに一度戻ってきてくれれば――って、小鳥遊、伊緒さんも一緒だったのね」
「……はい」
なぜか険しい表情を浮かべた伊緒ちゃんが、神妙に頷く。
場違いにも私と渡澄さんがイチャイチャし始めたので苛立たせてしまったのかもしれない。
不謹慎だったかと思い謝ろうとするも、謝罪するより早く、伊緒ちゃんは冷たい視線を渡澄さんに向けた。
「少し気にかかる言葉もありましたが……それより渡澄さんも一人で館の中を動いてたんですか?」
「ええ。それがどうかしましたか?」
「……中で、白杉さんが殺されてるんです。それもどうやら、つい先ほど」
「白杉さんが……!」
一瞬驚愕に目を見開いてから、すぐさま中に入って死体を確認しに行く。
死体は扉のすぐ近くにあるため、数秒と経たず悲鳴が聞こえてきた。
ほどなく顔を青くした渡澄さんが部屋を出てくる。口元を手で押さえながら、「まさかまた、深倉さんが最初に発見したの?」と聞いてきた。
「まあ、うん。白杉さんがこの部屋にいることは知ってたから、私の代わりに鈴が峰さんの監視を変わってもらいに来たんだけど、そしたら……」
「ちょっと待って深倉さん。どうして白杉さんがこの部屋にいるってことを知っていたの?」
「ああ、えと、伊月探しの途中で天使の庭に寄ったときに――」
「すみません。そこら辺のお話は皆を集めてからにしましょう。今はとにかくこのことを伝えるのが優先だと思います」
「そ、そうですね」
真剣な声音で正論を言われてしまい、私は少し縮こまりながら頷く。
何と言うか、ちょっと伊緒ちゃんの雰囲気が怖い。どういうわけかいまだ渡澄さんを見る目が冷たいのが原因だと思うけど……。
渡澄さんはそのことに気付いていないのか、淡々と自分が知っている人の場所を話していく。先の通話から伊月と新菜ちゃんの場所もわかっているため、幸いにも全員の居場所に検討がついた。
未知の殺人鬼がうろついている可能性も考慮し、私たちは固まって残りのメンバーを呼びに行った。