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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人連鎖
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白杉でも捜査するんだ

 面倒な厚木との会話を切り上げ、伊月の捜索を再開したが、正直完全に行き先を見失っていた。

 談話室にいないということは、あの後どこかに移動したことになる。けれど鈴が峰を放置して一体どこに行くというのか。

 ぱっと思い浮かぶのは事件の起きた天使の庭。助手と言えば探偵の代わりに事件現場を調べたりするイメージがあるし、その可能性は十分に高いと思う。

 けどその反面、やっぱりそこではない別の部屋にいる気がしてならない。

 と言うのも、伊月には鈴が峰に推理をさせる気がないように思えるからだ。医務室で初めてこの館についての話をしたとき、裏で四大財閥が絡んでいる可能性があると知った伊月は、この館の謎を鈴が峰に推理させたくないように見えた。

 まあ、その理由は分からなくない。

 八つ当たりで自身を殺そうとしてきた私をあっさり許してしまうあたり、鈴が峰の生に対する執着はかなり薄そうだ。きっと推理することで危険な目に遭うと言われても、それが誰かの救いになるなら、彼は躊躇なく推理をしてしまう。彼の身を案じている人からしたら気が気でないはずだ。

 まして今回は相手のレベルが違う、かもしれない。私を鈴が峰から引きはがした伊月の動きからするに、相手がただの人殺しならあっさり制圧する力がある。けど、相手が四大財閥御となればそれは不可能だ。鈴が峰の身を守るなんてできようはずもない。

 だからきっと、彼は鈴が峰に推理させることなくここから脱出する術を探している。それを踏まえて考えると、


「……やっぱり分かんないなあ」


 結局分からない。深く考えている時間があったら手当たり次第に部屋を見ていく方が速い気がしてきた。


「けどそれは流石に危険な気もするし……どうしよう」


 犯人が誰であれ、日車を殺した何かがこの館にいる、あることは間違いない。その動機が不明な以上、私が狙われない理由だってない。ここは一度医務室に戻ったほうが……


「……いや、それじゃあ駄目だ」


 ここで医務室に戻ったって事態は何も進展しない。小鳥遊姉妹を信じていないわけではないけれど、科学捜査もできないこんな場所で犯人を捜すなんて無謀に近い。黒瀬の言う通り館の仕掛けで殺されたなら、なおさら事件解決なんて不可能だ。

 ……そういう意味では、鈴が峰にも事件解決なんてできない気がするけど。でも、なんとなく彼ならあっさり事件を解決してしまいそうな気がする。


「とにかく!」


 私は腕に爪を刺す――のは止めて、代わりに頬を両手で叩き気合を入れ直す。

 どうせ動かずにじっとしてなんていられない。渡澄さんには少し心配をかけてしまうかもしれないが、このまま伊月を探させてもらおう。

 私は少し迷った末、奥の部屋は見ずに玄関ホールへと行き、二階へと上がっていった。

 手当たり次第に探すのはやはり怖さがある。当たるかどうかは分からないが、いる確率が高そうな場所から優先的に調べていくことにした。

 というわけで最初に向かうのは事件現場である天使の庭。

 中に入る勇気はない……というか、部屋の扉を開けられるかどうかすら分からないが、やるしかない。

 天使の庭の前に着いたところで、私は一度深く呼吸をする。

 落ち着け。落ち着け。今の私にはやるべきことがある。こんなところで躊躇してる暇はない。早くしないと、また誰かが傷つけられるかもしれないのだから。


「くっ……」


 手に力を込めてドアノブを回し、押す。けれど開けようとする意思に反して、扉を押そうとすると力が抜けていく。

 しばらく開けようと努力するも、やっぱり押す力は湧いてこず。諦めて微かにできた隙間から、中に向かって声をかけた。


「あのお、伊月さんいらっしゃいますかー」


 扉を完全に開けず、こんな隙間から呼びかけたりしたら不審に思われて反応が返ってこないのではないか。そう不安がるのも束の間。すぐに扉が開かれ、伊月でなく白杉が顔を見せた。


「伊月ならここにはいないぞ」

「あ、そうですか……」


 相変わらず何を考えているか分からない生真面目な表情で、端的にそう告げる。

 私の目的からするとその答えだけでここに用はなくなるのだが、流石にはいそうですかと立ち去る気にはなれない。

 私は部屋の中が視界に入らないよう少し横に移動してから口を開いた。


「因みに、えと、白杉さんはどうしてここに?」

「無論捜査のためだが」

「捜査、ですか?」

「捜査だ」

「……」

「意外か」

「まあ、はい」


 何と言うか、これまでの白杉は館で起きていることに対し無関心なイメージがあった。西郷が消えた時や扉が開かなくなった時も、自分なりに適当な解釈はしていたようだが、それだけ。その考えが正しいかどうか調べようと動いている様子はなかったし、皆と協力して情報を集めようともしていなかった。

 それなのに、ここにきて急に事件解決に向けて乗り出すとは……。

 こちらの不審そうな視線を敏感に感じ取ったのか、白杉はややむっとした表情を浮かべた。


「言っておくが、私の行動は一貫したものだ。奇妙に感じるなら、それはお前の認識が間違っていたということだ」

「そう、ですかね? これまでは何か変なことが起きてもこれといって動かなかった人が、急に捜査し始めたら変に思うのは普通な気がしますけど」

「以前に話した通り。これまでの事象にはある程度の説明がつけられた。だから動く必要を感じなかっただけだ。だが今は違う。日車がなぜ、どのように殺されたのか見当もついていない。ゆえに身の安全を守るため捜査をしている。何かおかしなところがあるか?」

「おかしなところと言うか……捜査なんかせずに扉が開くのを待ってた方がいい、とか言ってませんでしたっけ?」

「言ったな。しかし実際には捜査は始まり、皆が好き勝手に動いている。となれば身を守るためにも事件の真相を知る努力が必要だ」

「はあ……」


 言ってることは分からなくはない。というか正しいと思う。なのにどうにも素直に頷けない。

 おそらく彼の話し方とか態度が原因なんだろうけど。

 まあしかし、今はそんなところを掘り下げている場合ではない。さっさと伊月を探して医務室に戻らないといけないのだ。

 私は頭を下げて話を切り上げようとする――が、その前にせっかくだからこれも聞いておくかと思い直した。


「それで、何か分かりましたか? もし真相に辿り着けそうなら、私にも教えて欲しいんですけど」


 白杉は眼鏡の奥の目を細めると、「断る」と言ってきた。


「な、なんで……!」

「先に言ったはずだ。私はお前を疑っていると」

「それはそうだけど――」

「加えて今も本来の役目を外れ、こうして単独で動いている。そんな相手に情報を渡す気はない」

「……わかりました」


 確かに白杉からすれば、今の私はかなり怪しく見えるかもしれない。

 鈴が峰監視の任を抜け、伊月を探して部屋を渡り歩く。普段通りに話してくれているように感じたが、実際はかなり警戒され表情や仕草を観察されてたのかも……。

 いや、私視点で言えば怪しいのは白杉も同じこと。ここで変に飲まれてはいけないと思い、今度こそ話を切り上げようと頭を下げた。


「それじゃあ、捜査中にお邪魔してすいませんでした。くれぐれも気を付けてくださいね」

「言われるまでもない。それにもう少しで犯人の手掛かりは掴めそうだ。そうなれば危険などなくなる」

「ちょ、それってどういう――」

「では失礼する」


 目の前でばたんと扉が閉まる。

 最後にかなり思わせぶりなことを言われ、私はドアノブに手をかけた。しかしどうせ教えてくれる気はないだろうと思い直し、諦めて部屋に背を向けた。

 そもそも白杉の性格からすればはったりの可能性も高い。今の言葉を聞いて私がどう動くのか。そこから犯人かどうか判断しようとしていたとかもありそうだ。


「流石に考え過ぎかな……。ていうか、互いに疑いあった会話、クソしんどい」


 大きくため息を一つ。

 結局伊月も見つかっていないし、時間と気力を消費しただけな気もする。

 医務室で待っている渡澄さんのためにも早く帰らねばと、私は次の捜索場所に目を向けた。



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