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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
迷い込んだ館
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館探索

微妙に間に合わなかった……いや、ギリセーフってことで。

 一人うにゃうにゃと悩む日車を置いて、私たちは談話室の外に出ていた。

 西郷曰く、おかしいのは集まった人だけでなくこの館も同じであるらしい。

 それを説明するには実際に館の中を見回るのが一番だと言われ、館の中の探索を行うことになったわけだ。


「それにしても、こんなことしていいのかなあ……」


 西郷に連れられ館の中を歩きながら、私は小さな声でぼやく。

 救出される目途がついていない今、命の危険もあるのだから多少のことには目をつむるべきだとは思う。とはいえ勝手に人の家に侵入したうえ、家主の許可も得ずにちょろちょろと館の中を歩き回るというのは、小心者の人間にとってはかなりハードルが高い。

 実際、館の探索中に家主が帰ってきたらなんと言い訳をすればいいのか。窃盗団の一味だと疑われたら、それを否定する言葉がなかなか出てこない気がする。


「はあ……」

「深倉さん大丈夫? まだ着いたばかりなんだし、談話室で休んでた方が良かったんじゃない?」


 ため息を聞きつけ、渡澄さんが心配そうに声をかけてくる。

 周囲から心配されるのが苦手な私は、無理に笑顔を作り首を振った。


「有難う。でも大丈夫。この状況じゃじっとしてる方が疲れる気がするし」

「そう? ならいいけど、辛かったら遠慮しないで休んでね」

「うん、有難う」


 大して知らない相手に対しても心からの気遣いができるなんて、渡澄さんは凄く良い子だ。しかして私のように根暗な人間は良い人に対して劣等感を抱いてしまう生き物である。

 彼女から心持ち距離を取る。そのことに気付かれないよう、ついでに西郷に声をかけた。


「そう言えば、西郷さんはこの館にいる人全員と話したんですか? かなり変わっている奴らが集結してる、とか言ってましたけど」


 西郷は談話室の左隣の部屋を開け、「ここは図書室だな」と紹介してから頷いた。


「こっそりと忍び込んでいる奴がいないのなら、全員と話したと思うぞ。変わっているかどうかは実際に会ってみれば分かると思うが、既にお前自身、ここにいる奴らに変なのが多いと思ってるだろ」

「え、いや、そんなこと……。渡澄さんは別に変じゃないですし、西郷さんもそこまで変わってない……と思いますし」


 後ろめたい気持ちから、少し目をそらしながらぼそぼそと答える。

 西郷は特に気にした様子を見せなかったが、一点こちらの言葉に反論してきた。


「そうか? 俺としてはその女もかなり変だと思っているが。今のご時世にスマホも持たず、遭難して本来ならパニックに陥ってもおかしくないはずなのに、まるで動揺した様子も見せない。主不在の館の一室で、委縮することなく堂々とくつろいでいる。俺はこいつがこの館の住人じゃないと知った時、心底驚いたがな」

「ああ……」


 そう言えば、名前を呼ばれた衝撃から、彼女が談話室で一人だけ休んでいることに違和感を持つことを忘れていた。普通ならほかの人同様、連絡手段を探して館を歩いているのが普通かもしれないのに。

 あ、でも、館に着いた順番次第ではそんなに不思議なことではないのかもしれない。


「えと、渡澄さんっていつこの館に着いたの? 順番的には何番目ぐらい?」


 整然と並べられた本に目を落としていた彼女は、本の背表紙を眺めたまま口を開いた。


「大体一時間前だったと思うわ。順番として言えば、一番最初に着いてたかしら。でもほとんど同時にもう一人やってきたけれど」

「一番最初、か。その時館の鍵はどうなってたんだ」


 西郷が口を挟む。


「かかってなかったわ。ノックをしても誰も出てくれないから、試しにドアノブを掴んでみたらあっさり開いてしまって。中に入って声をかけてみたけど、やっぱり誰も出てこないからどうしようかと思ってたら、もう一人遭難者がやってきたの」

「そいつは白杉廉也しろすぎれんやか。退廃的な雰囲気をした白衣眼鏡の」

「そうそう、白杉さん。彼が何の躊躇いもなく館の中を進んでいったから、私もつい入っちゃって。住んでる方を探して一通り館内を見たけれど、結局誰もいなかったから一番落ち着けそうな場所で休ませてもらってたの」

「それが事実なら俺が部屋に入ってきたとき、全く驚いた様子を見せなかったのは不可解に思うが。まあその件については今は後回しでいいか。次に行くぞ」


 結局何が変なのかよく分からないまま、私たちは本棚が並んでいた図書室を出て、次の部屋に向かった。

 次の部屋は遊戯室と思われる一室。ビリヤードやダーツ、麻雀などのちょっと大人な遊具が置かれていた。中をぐるりと回ってみるも、特にこれと言った特徴は感じず。私たちは一分と経たずに部屋を出た。

 左側の通路はそこで行き止まりだったため、私たちは来た道を引き返し、談話室の右隣の部屋へと進む。扉を開けて中に入ると、そこは医務室のような、ベッドや薬が置かれた部屋だった。

 小学校の保健室を想起させる作りだが、その程度のことしか思い浮かばず、やはり何が変なのかはわからない。

 どの部屋にも電話機は置いていなかったが、そもそもこうした大きな館の場合、基本的に電話機はどこに置かれるのだろうと首を捻る。旅館のように受付があるわけでもないし、あるとしたら食堂、とかになるのだろうか? それとも事務室的な部屋が存在するとか?

 うだうだ思考をめぐらす私をよそに、西郷はどんどん歩いて今度は右手の通路に入っていく。

 こちらの通路もぱっと見、四つの部屋が並んでいるようだ。

 順に扉を開け確認していったところ、玄関ホールに近い側から食堂、厨房、無意味に広い御手洗い、お風呂となっていた。

 パーキングエリアにあるような広い御手洗いには驚いたが、それ以外はこれと言っておかしなところはないように見えた。

 こうして一階にある部屋はすべて見終えたわけだが、まとめると次の通り。

 左奥から順に、遊戯室、図書室、談話室、医務室、玄関ホール、食堂、厨房、御手洗い、お風呂と言った順番だ。因みにどの部屋にも連絡機器の類は置かれていなかった。

 館内図でもあればもっとわかりやすいのにと思いつつ、玄関ホールまで戻る。そして二階へと続く階段を上り始めた。

 かなり段数のある階段。結局ほとんど休むこともなく動き続けているため、正直上るのがかなりつらい。

 少しでもゆっくり移動してもらおうと、私は息を乱しつつ西郷に声をかけた。


「あ、あの、連絡手段を探してるってことは、西郷さんもスマホ持ってないんですか? それとも私と同じで圏外に?」


 西郷はちらりとこちらを振り返ると、やや歩みを緩めた。


「少し事情があってな。今はスマホを持ってないんだ」

「事情、ですか……。そう言えば西郷さんの服装、ハイキングするのには適してなさそうですし、結構訳ありみたいですね」

「そうだな。だからあまり深くかかわらない方がいいと思うぞ」


 ぞくりと身震いするような視線を向けられ、私は亀のように首を引っ込める。

 最初は単純に変な人かと思ったけれど、どうやらそれだけじゃなさそうだ。

 偶然にしてはおかしすぎる展開に加え、訳ありの人ばかりが集まっているこの状況。

 このまま連絡手段を見つけ、無事山を下りられる。もしかしたら想像している数倍難しい、大変なことなのかもしれないと、今になって思い始めていた。


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