鈴が峰を頼るべきか否か
文章クソってる……。深夜で頭回らん
記憶喪失にでもなったかのように、きょろきょろと辺りを見回す鈴が峰。
しばらく部屋全体を見回してから、ようやく私たちの存在に気が付いたようだ。首を傾げながら、「千尋君はどこ?」と聞いてきた。
私たちは何も言えずに彼の顔から視線を逸らす。
不幸を呼ぶ能力に加え、現在は日車殺しの一番の容疑者。寝ている間はあまり気にかけずに済んだが、いざこうして起きてこられるとどう対応していいのか非常に困る。というか、対応していいのかが分からない。
彼との何気ない会話が日車の意識を変え、本来ならするはずのない行動に導いた。そして結果的に……死を招くことになった。もしこれが偶然でなく、本当に鈴が峰の能力なら。今ここで彼と会話をすることで、今度は私たちが死んでしまうかもしれない。
それゆえに、鈴が峰には悪いと思うけれど、無視をするのが最も適切な対応法に思えた。
だからこのまま黙って放置していればいいのだろうけど……
「伊月さんはどこか別の部屋にいます。それと、ごめんなさい」
数秒の逡巡の後、私は彼の正面に立つと、体を直角に折り曲げ謝罪した。
十秒以上経ってから頭を上げると、鈴が峰がきょとんとした顔でこちらを見ていた。どうやら、なぜ謝罪されたのか全く理解できていないらしい。
本来なら怒鳴られ罵倒されてもおかしくない。いやそれどころか、手加減なしで殴ったり蹴られたりしても文句すら言えないことをしたのに。
私は戸惑いつつも、思い出してもらうために謝罪の原因を口にした。
「その、二階でのことです。別にあなたが悪いわけじゃないのに、力任せに首を絞めて、その……こ、こ、ころそ――」
「ああ! そのことだったら全然気にしなくていいよ! あんなの慣れっこだし、実際悪いのは僕だから」
むしろ私以上に申し訳なさそうな顔を浮かべ、鈴が峰は勢い良く首を横に振る。
しかしどう考えてもこの件は明らかに私が悪い。いくら鈴が峰が気にしていないとしても、それではこちらの気がおさまらないというもの。
私はもう一度深く頭を下げ、再度謝罪の言葉を口にした。
「周りの噂に流されて、やりきれない思いを全部あなたに押し付けようとした。例えあなたが過去にどれだけの人を不幸にさせていたとしても、それは私の行いを許していい理由にはなりません。だから、ごめんなさい。私にできることならどんな償いでもします。何でも言ってください」
「え、いやあ、だから全然気にしなくていいんだけど……」
鈴が峰はぼさぼさの髪を掻きながら、所在なさげに言う。けれど私が一向に頭を上げないの見て、「じゃあ、そうだなあ」と穏やかな声で提案してきた。
「もうこれ以上自分を責めないこと。僕としては、自分が傷つくより周りの人が傷ついてる方が辛いからさ」
「そ、そんなことじゃ償いには……!」
「十分なるよ。精神的にも、肉体的にも、傷ついてる女の子を見るのは好きじゃないからさ。特にその腕、もっと大事にしてほしいかな。世界に一つしかない大事な体なんだし」
「腕って……」
驚いて顔を上げると、鈴が峰は自分の左腕をちょんちょんと突っつくふりをしていた。ちょうど私が爪を刺しているのと同じ位置。
彼の前では一度も自傷している姿は見せていなかったはず。なのにどうしてそれを――
「君の右手の爪先、ちょっとだけ血がついてるよ。それに左腕の肘関節の当たりを中心に、服にしわができてる。右腕の服にはそういうしわができてないから、そのあたりに爪を突き立ててるんじゃないかと思ってね。後は、僕に対して謝る直前、右手で左腕を掴んでたからさ。ストレスで自分を傷つけちゃうタイプかなって」
「凄い……」
やっぱり鈴が峰の推理力はかなり高い。というより観察力と洞察力が人並み優れているように思える。
他人の爪の先なんて普通は気にしないし見たりしない。服の皺だってそうだ。なのに彼は特に意識することなく、そうした細部にまで目を通してしまう。さらにそこで見つけたちょっとした違和感から、相手の状態を正確に判断できてしまう洞察力を持っている。
伊月が鈴が峰の探偵業を天職と言っていたのは、人を救うことのできる仕事だからと言う意味合いが強いように思えた。けどそうでなくとも、鈴が峰のこの才能は、探偵をやるために備わった才能に感じられた。
そうであるなら、今ここで私がとるべき行動は一つだ。
私は今度はある頼み事をするため、彼に頭を下げ――
「お姉さん、ちょっと待った」
黒瀬の声が私の動きを止める。
中途半端に腰を曲げた状態のまま黒瀬に顔を向けると、彼は少し険しい表情を浮かべて言った。
「鈴が峰さんがかなり優秀な探偵なのは事実だろうけど、それ以上に彼は容疑者だってことを忘れちゃだめだよ」
「それは分かってるけど……、でも、あくまで容疑者なだけで犯人と決まったわけじゃないし」
「それに鈴が峰さんと話すのが危険だってことも意識すべきだよ。彼が犯人じゃないとすれば、それは逆にトラブルメーカーとして人を無意識に危険な目に遭わせる能力が本物だってことになる。どっちにしろこれ以上の会話は危険だから止めたほうがいいよ」
「でも、彼に頼むのが一番早く犯人を見つけ出す方法なのは黒瀬君だって――」
「そのためにお姉さんが危険を冒すのは間違ってる」
「じゃ、じゃあ黒瀬君が解決してよ!」
「だから僕の考えはさっき話したでしょ。ここで推理したところで無駄だって」
「あれだけじゃやっぱり納得できない! だって動機の面で言うなら黒幕側にしても同じじゃない! それにどうして日車君が狙われたかだってよく分かんないし!」
「なら僕たちの中に犯人が紛れてるって言いたいわけ! もしかしてアリバイのない僕が犯人だとでも思ってるとか!」
「そうは言わないけど――!」
「二人とも少し落ち着いてください」
私と黒瀬の口論を止めようと、渡澄さんが間に割って入った。
「今はこんなことで喧嘩してる場合じゃないと思います。それこそ事件解決にも、ここから無事に出ることにも、悪影響にしかなりません」
「あう、ごめんなさい……」
「……ごめん。ちょっとむきになった」
私も黒瀬もばつが悪くなって顔をそらす。渡澄さんの言う通り、目的が同じ仲間同士で争っても意味がない。こっちの意見を否定されてつい感情が高ぶってしまったが、黒瀬は私を心配してああ言ってくれてたのだ。感謝こそすれ、怒るなんて失礼にもほどがある。
少し心を落ち着かせようと、左腕を強く握る。しかし鈴が峰のお願いを思い出し、私は慌てて手を離した。
やりきれない思いをどうやって吐き出そうか悩んでいると、「そもそも、順番が逆だと思います」と言って、渡澄さんが鈴が峰の前に立った。
「鈴が峰さん。あなたが探偵だと云うのなら、ここはむしろ頼んででもあなたから事件解決を申し出るべきじゃないのかしら。トラブルメーカーとして、日車君の死に少しでも関与してしまっていると思うのなら、尚更ね」