大事な視点
その後、伊緒ちゃんや白杉、伊月が帰ってくると、新菜ちゃんがチーム分けについて同じ提案をした。
三人ともこの提案に異論を唱えなかったため、すぐさま私と黒瀬、そして渡澄さんの三人は鈴が峰の監視につくこととなった。
新菜ちゃんとのお風呂での長話。予想もしなかった日車の死。絶望に落ちた私を救ってくれた渡澄さんの激励。日車の敵を討つための誓い。皆のアリバイ調査。そこから導き出された鈴が峰が犯人と言う可能性。そして今の鈴が峰監視の任。
私の人生の中でも屈指の密度を誇る事態が次々と、それもたった数時間のうちに頻発。この館に来てからずっと大変な思いはしてるけど、今日という日はこれまでと次元が違う。
しかもこれでまだお昼になったばかり。まだまだ何かが起きそうな予感しかしない。
私は医務室に着くと同時に、空いているベッドにダイブした。
「お姉さん大丈夫? まだ現実受け入れられずに思考力死んでる感じなの?」
「……もうかなり落ち着いてきてるよ」
ベッドに顔をうずめたまま、くぐもった声を返す。
呆れた感じのため息が聞こえてくるが、これを無視して私は靴を脱ぎ捨て、ベッドとの密着体勢をより強固にした。
当たり前だがすぐに呼吸が苦しくなってくる。窒息寸前まで我慢した後、私は勢いよく体を起こすと、その勢いのままベッドの上で立ち上がった。そして椅子に腰かけた黒瀬を高みから見下ろし、ビシッと指を突き付けた。
「黒瀬君! 今すぐ日車君を殺した犯人を突き止めて! もし分かんないようなら何でもいいからヒント頂戴!」
「やっぱりまだ狂ったままみたいだね。ていうか犯人分かんなかったらヒントの与えようもないと思うんだけど。それとあんまりうるさくしてると鈴が峰さん起きちゃうよ」
「いつかは起きるんだからそれは気にしなくていいでしょ。というか黒瀬君は本当にここで監視するだけのつもりなの? 黒瀬君の頭脳ならこの事件の真相に迫れると思うんだけど」
「悪いけど、僕はあの双子みたいに探偵の真似事をする気はないよ」
あっさりとやる気がないことを口にすると、それを裏付けるように黒瀬は大きく欠伸をした。
素直に推理はしないだろうと思っていたが、こうもはっきりと拒否されるのは予想外。次に何を言えばいいのか分からなくなり、私は口をまごつかせる。
すると私同様、黒瀬の対応に疑問を抱いた渡澄さんが、代わりに疑問を投げかけてくれた。
「どうして? 私も黒瀬君なら事件の真相に迫れると思うのだけど?」
「……意味がないからだよ」
「意味がない?」
渡澄さんに見つめられるのが照れくさいようで、黒瀬は私の方に視線を寄こしつつ言う。
「だって推理するまでもなく、犯人は僕たちをここに連れてきた何者かでしょ。だからいくら考えたところで、どうせ徒労に終わるよ」
「いやいや待って。なんでそう思ったの?」
探偵の真似事はしないと言っておきながら、突然の推理パートに。私が慌てて聞く姿勢を整えると、黒瀬は面倒そうな顔を浮かべつつも理由を話し出した。
「動機だよ。さっきあの双子探偵はスルーしてたけど、動機の面から考えれば僕たちの中に彼を殺す理由のある人なんて誰もいないじゃん。そりゃあ開いたと思った扉がまた閉まって、しかも死神と呼ばれる探偵がやってきたんだ。多少パニックになる人はいたかもしれない。けど、それでじゃあ人を殺そうとはならないでしょ。むしろ何もしなくても扉が勝手に開くことが分かったんだ。わざわざリスクを冒して誰かを殺そうとする人が現れるとは思えない」
「それもそうね……。仮に犯人が動機もなく人を殺すような殺人鬼なら、これまで誰も殺されなかったことと矛盾するし。つまり犯人は西郷さんが言っていたような黒幕なのかしら」
「まあ、可能性としてはもう一つだけ残ってるけどね」
そう言って、黒瀬はベッドに横たわっている鈴が峰を見る。
それなりに大きな声で話しているにも関わらず、渦中の探偵殿は全く起きる気配がない。気絶の原因を作った張本人としてはそろそろ心配にもなってくるが、起こそうという気には中々ならない。
噂通り、彼と話したすぐ後に日車は殺された。加えてこの中に犯人がいるとしたら、鈴が峰が最有力なのも間違いない。伊緒ちゃんが言っていたように犯行のタイミングもそうだし、今黒瀬がチラ見した通り、動機の面でも彼ならクリアできてしまうから。
私は堪えきれず、「実際二人はどう思ってるの?」と尋ねた。
「私は……本当にただの直感だけど、彼は犯人じゃないと思うわ」
「僕もまあ、同じく、かなあ。これもさっきはあんまり話題になんなかったけど、返り血の問題もあるからさあ」
「カエリチ?」
またしても黒瀬の口から新ワードが飛び出してくる。日車の敵討ちを考えておきながら、この時点でこうも思考のレベルに差がついていると虚しくなってくる。
――でも、だからって諦めるわけにはいかない。
それに何も思い浮かんでいないってことは、先入観にとらわれず自由な発想ができるということ。ここはとにかく、皆の意見をしっかり覚えておくことが肝要なはずだ。
無理やり絞り出したポジティブパワーで折れそうになった心を立て直す。そして改めて黒瀬の言葉に耳を傾けた。
「無理に思い出さなくていいんだけどさ、事件現場はかなり血まみれだったんだよ。犯人は凶器に刃物を用いたみたいだし、あの惨状からするに、犯人も間違いなく返り血を浴びてるはずなんだ。でも天使の庭に僕らが集まったとき、当たり前だけど血まみれの人なんて誰もいなかった」
「犯人が凶行に及んだ際、裸だった可能性はないかしら? それなら服に返り血はつかないし、洗えばばれないと思うのだけれど」
「事件が起きた前後は、ちょうどお姉さんたちがお風呂場を使ってた。いくら何でも濡れタオルで拭いた程度じゃ匂いまで完全に落とすのは厳しいだろうし、時間的にもその説は無理があると思うよ」
「そうね……余計なこと言ってごめんなさい」
「え、いや、謝る必要はないんだけど……」
的外れな推理をしたことで渡澄さんが申し訳なさそうに顔を俯ける。
黒瀬はしまったという表情を浮かべ、私の方にちらちらとヘルプの視線を投げかけてきた。
数瞬前までは探偵みたいにすらすらと話してたのに、惚れた相手の前ではこうも言葉足らずになるとは。思春期男子はやっぱりかわいい。
僅かに心がほのぼのしつつ、黒瀬のヘルプに行こうとようやくベッドから下りる。と、その直後。
「う……ん? あれ、ここどこだ?」
ついに眠り続けていた探偵が目を覚ました。