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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人連鎖
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アリバイ整理と浮かび上がる犯人?

「私はずっと部屋で寝ていたからね。特にアリバイと言えるものは何もないよ」


 黒瀬の提案通り、まずは絶対に犯人でない人物を特定するべく、アリバイ調査が始まった。

 真っ先に容疑者から外れたのは私と新菜ちゃん。日車が殺されたと思われる時間、ずっとお風呂で一緒だったことから犯行が不可能なのは明白だったからだ。

 続いて確固としたアリバイを持っていたのは、伊緒ちゃんと白杉。二人は三階の絵画の間に、事件が起きる前からずっといたらしい。伊緒ちゃんは館の仕掛けを探すために、白杉は絵画に書かれている花を観察していたとか。

 さらに伊月も確固とまでは言えないまでも十分なアリバイを持っていた。というのも日車と鈴が峰が廊下に出たタイミングで渡澄さんは目を覚ましており、それからは少しうとうとしながらもずっと起きていたそうだ。そしてその間伊月がずっと椅子の上で寝ていたのを確認している。

 ただこれに関しては渡澄さんが嘘をついている可能性もある。とはいえこの状況で彼女が嘘をつく理由があるとすれば、彼女自身が日車を殺しに行っていた場合だけだろう。それゆえ伊月のアリバイもまず確実と言えた。それと同時に、渡澄さんのアリバイは不十分だと結論付けられた。

 そんな感じで、続けて五人もの人物にアリバイがあることが証明された。残りのメンバーである厚木と黒瀬はそれぞれ一人で部屋にいたためアリバイはなかった。また二十分近くトイレにこもっていたという鈴が峰――今も気絶中のため私と新菜ちゃんの証言――に関しても、トイレにずっと籠っていたことを証明する人はおらずアリバイなしと判断された。

 つまり、


・私、小鳥遊姉妹、白杉、伊月の五人がアリバイあり

・渡澄さん、厚木、黒瀬、鈴が峰の四人がアリバイなし


 という結果だったわけだ。

 結果が出た途端に、アリバイのある者とない者との間に目には見えない壁が生じる。中でも白杉は目を細めてアリバイのない者たちを見渡すと、「つまりこいつらの中に日車殺しの犯人がいる可能性が高いと」と、冷めた声で呟いた。

 すぐさま黒瀬が、眉を寄せて白杉を睨む。


「だからさ、そういう風に争いの種になりそうなこと言わないでくれるかな。ここで言えるのは、君たち五人は少なくとも日車殺しの犯人じゃないってことだけだから」

「それは私が言っていることと同じだと思うが」

「同じじゃないでしょ。この中以外に日車君を殺した犯人がいる可能性だってあるんだ。この館の秘密を解かない限り、僕らの中に犯人がいるかどうかすら断定はできない」

「それは分かっている。だから犯人がいる可能性が高いという表現をした。何か間違ってるか?」

「……間違ってはないけど、それはここで言う必要のあることじゃないって話だよ。疑心暗鬼になりたくないって言ってたのは白杉さんでしょ」

「そうだな。しかし犯人候補がこうも絞られたんだ。少し考えを変えるのも当然だろう」

「……」


 白杉の意見に反論しきれず、黒瀬は口を閉じ黙り込む。今回に関しては黒瀬自身のアリバイがないことが災いした。この状況でアリバイのない者を疑うなと言うのは黒瀬の立場としては難しい。

 それに相変わらずだが、言い方はともかく白杉の発言にも一理ある。九人中四人しかアリバイがないとなれば、彼らを監視するなり言動を探るなり、何かしら対処法を考えたくなってしまう。

 でもそれは――


「私も黒瀬君と同意見です。今彼らをむやみに疑うのはよくないと思います」


 黒瀬をかばうように、伊緒ちゃんが二人の間に割って入った。

 彼女はアリバイがある者の一人。そのため黒瀬とは違い、その提案には後ろめたさが全くない。ただ、彼女の目的は黒瀬とも私とも少し違うところにあった。


「疑うのなら、そこで倒れている鈴が峰探偵だけで十分かと」

「……どういう意味ですか?」


 鈴が峰を指さした伊緒ちゃんに対し、伊月が険しい視線を投げかける。

 伊緒ちゃんは伊月と視線を合わせることなく、自身の推理を滔々と語りだした。


「よく考えてみてください。今回の事件、そもそも彼を殺すことのできる人物はほとんどいないと思うのです。新菜と深倉さんの証言が正しければ、鈴が峰探偵と日車君が別れたのは死体発見のたった二十分前。加えて日車君が二階に行ったのは鈴が峰探偵との会話が原因で、予定されたものではなかったようです。

 つまり犯人が計画的に彼を殺害することは不可能だった。けれど計画的でないとした場合、いったい誰に殺すチャンスがあるでしょうか? 日車君が気まぐれで訪れた天使の庭。滞在時間も長くて二十分。そんな彼と偶然出くわした誰かが、たまたま持っていた刃物で問答無用で襲い掛かり殺害――いくらなんでも非現実的な展開に思えます」

「……けれど鈴が峰が犯人であれば合理的に説明できると。二人への証言は全くの嘘で、実際にはトイレに二十分も籠っておらず、日車殺害に及んでいた、と」


 感情を押し殺した声で言う伊月に対し、伊緒ちゃんはようやく顔を向けた。


「そうです。唯一鈴が峰探偵だけは、日車君を殺害する際のこれら問題点を無視することができます。場所も時間も、鈴が峰探偵なら自分の望むがままですから」

「うーん、ちょっといいかなあ」


 今の推理に納得がいかなかったのか、黒瀬が首を捻りつつ手を上げた。


「鈴が峰さんが犯人だとすれば納得できる点が多いのも事実だけどさ、逆にそれが違和感強くない? 小鳥遊……伊緒さんが言った通り、合理的に考えると鈴が峰さん以外に日車君を殺せそうな人がいないじゃん。だけどあのおじさん、曲がりなりにも有名な探偵なんでしょ? どんな動機か知らないけど、そんなお粗末な殺人をするとは思えないんだけど」

「そうでしょうか。私はそうは思いませんけど」

「どうして?」

「それは黒瀬君自身がさっき言っていたことを、皆も考えると思うからです」

「僕の発言……ああ、そういうことね」


 今度こそ納得したのか、黒瀬は手を下げ黙り込む。

 私は二人の会話に置いて行かれまいと頭の中を整理する。

 まず黒瀬が言いたいのは、鈴が峰が犯人だとしたら頭悪すぎるんじゃないかって話だ。正直私は伊緒ちゃんのような結論に辿り着いていなかったのであれだが、頭のいい人なら鈴が峰が怪しいと考えるのは当然な状況。探偵である鈴が峰が、そんなバレバレな状況で日車を殺すとは思えないという考え。

 一方伊緒ちゃんは、鈴が峰がこの館の特殊性を考慮していたため、杜撰であることを承知で殺人に踏み切ったと考えたようだ。西郷の失踪や館の封鎖など、この場にいる私たちでは不可能そうなことが多々起きている。それはつまり外部から私たちに干渉している人がいる可能性を示唆しており、日車殺害に関しても外部の犯行という線が残るわけだ。それゆえ先の黒瀬のように、仲間同士での争いを避けるため、誰かを疑うこと自体を止めるよう提案する者が出てくる――そう見越して、鈴が峰が殺害に走ったという考え。

 私にはそのどちらが正しいのか、現時点では判断がつかない。ただ一つ言えるのは、これだけ鈴が峰を犯人扱いされて、伊月が黙っているはずがないということぐらいだ。


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