自己嫌悪
お風呂から出た私たちは、そろって談話室へと向かった。
私は聞いていなかったが、日車殺害の件に関して話をするため談話室で集まることになっていたらしい。
歩いていると、不意に伊緒ちゃんが私のそばに寄ってきた。
「それにしても、深倉さんはいつのまに日車君と仲良くなっていたんですか? 彼はずっと孤立しているイメージだったのですけど」
「ああ、昨日の夜にちょっとね……」
考えてみれば、私と日車が仲良くなったことを知っているのは黒瀬と渡澄さん、それに伊月くらいのものだ――まあ伊月の場合、元の日車がどんなだったかを知らないけど。
となると、私があそこまでショックを受けていたことに驚いている人が多いのかもしれない。別にそれ自体は問題ないと言えば問題ないのだが、少し犯人の思惑が気になってくる。
私が発狂することを見越して、あえて日車を殺したのか。それとも殺しても一番周りにショックを与えない人物として彼を殺したのか。はたまた、誰でもよかったのか。
それはおそらく、犯人の次のアクション次第で分かってくること。勿論、次を起こさせる前に見つけ出すつもりでいるが。
私が言葉を濁したのを見て、伊緒ちゃんはそれ以上深く聞いてこなかった。また落ち込んでしまうと危惧したのかもしれない。……まあ実際、日車と仲良くなった時のことを思い出すのはかなり辛い。できれば話したくなかったので、この気遣いは純粋に有り難かった。
その後は特に会話もなく談話室に到着。中にはしっかり全員集まっており――鈴が峰はまだ気絶しているようだったが――、それを見た小鳥遊姉妹は早速事件について切り出した。
「それでは皆さん」
「事件についての聞き込みを開始するよ!」
唐突な二人のしきりに困惑しているのか、皆の反応は薄い。
中でも白杉は二人の発言が気に食わなかったのか、眉間にしわを寄せ口を開いた。
「事件についての聞き込みとはどういう意味だ」
「そのままの意味です。天使の庭でいったい何が起きたのかを暴くために、ここにいる全員で情報共有をしようと言うお話です」
「ふん。随分ぼかした言い方だな。堂々と日車殺しの犯人探しをしたいと言えばいいだろう」
「ちょっと! 彼の死にショックを受けてる人もいるんだよ! 言葉選びには気を付けてよね!」
「言葉をぼかしたところで事実は変わらないんだ。こんなことで気を使っても無駄だろう。それより気になっているのは、お前たちがこの中に日車を殺した奴がいると考えているのかどうかだ」
「それは……」
客観的に誰が見ても、日車が殺されたことは明白だ。しかしその殺した人物が、今集まっているメンバーの中にいるのかどうかは……。
館から出ることも入ることもできない今の状況からすれば、この中の誰かが犯人だと考えるのが自然。けれどそれにはいくつか問題点があるし、さらにこの館の不可解さが最大の障壁となる。
すぐには言葉を返せない伊緒ちゃんに対し、白杉は続けて言った。
「もしお前たちがこの中に犯人がいると考え、その犯人を特定するための議論をしようとしているのなら、悪いが私は協力する気はない。より互いを疑うようになり、さらなる事件が起きる可能性が高くなるだけだろうからな」
早くも協力しない宣言をする白杉に、伊緒ちゃんは眉を寄せて聞き返す。
「では白杉さんはどうすべきだとお考えですか?」
「簡単だ。また扉が開くまでチームで行動すればいい。そして扉が開き次第、今度はすぐさま脱出する」
「館の外も危険かもしれないから、前回はすぐに下山するのを止めたはずですけど」
「前とは違い、今この館は明確に私たちに牙をむいている。もはや躊躇している場合ではない。それにこの館の場所も、そこの来訪者二人のおかげで分かっているんだろう?」
「それもそうですが……」
完全に白杉がペースをつかんでいる。因みに、伊月たちが気を失わずにこの館に辿り着いた件に関しては、昨日伊月に館の案内をするついでに白杉たちにも話しておいた。
このままだと、日車殺しの犯人を捜さない方針になってしまいそうだ。
犯人への報復を誓う私は、慌てて二人の話し合いに参戦した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。誰が犯人か分からない状況でチームを組むのは危険じゃない? それにパートナーが人殺しかもしれないなんて思ってたらストレスも――」
「言っておくが、私はお前のことを一番疑っている」
「え……?」
全く予想していなかったことを言われ、一瞬頭の中がフリーズする。そんな私をかばうように、険しい表情を浮かべた渡澄さんが前に出た。
「意味が分からないことを言いますね。誰がどう見ても日車君の死を最も悲しんでいたのは深倉さんです。その彼女が殺害犯なわけないと思いますが」
「それが怪しいのだよ。死んだ彼と深い交流を持っている者は誰もいなかった。にも関わらずあの取り乱しよう。演技し同情を買おうとしているように感じるのは変ではあるまい」
「あなたは知らないでしょうけど、深倉さんは日車君のことを気遣って親身に話を聞いてあげてたんです。それで仲良くなって、お互いに心を許し合える間柄に――」
「それすらも殺すための仕掛けだったのかもしれない」
「なんて最低な考えを……」
全く自分の意見を変えようとしない白杉に怒りを抑えきれず、渡澄さんの拳がプルプルと震えだす。
一方私は、どこか人ごとのように二人の会話を聞いていた。流石にもう白杉の言葉を受け止められていたけれど、彼の解釈に純粋な驚きを感じていたからだ。
これはさっき考えていた、犯人が日車を殺した理由の一つとしてあり得るのではないだろうか。私を発狂させることと、それに伴い白杉のように私を疑わせる者を作ることを目的とし日車を殺害した。一石二鳥の策に思える。
でもそのためには、私と日車が仲良くなったことを知っている人物じゃないといけない。そうすると、犯人の候補は一気に絞り込まれるけど……。
ちらりと、目の前で白杉を睨みつけている渡澄さんを見――私は強い自己嫌悪に襲われた。
――こんなにも私のことを信じ助けてくれる友人に、なんてことを考えているのか。
あまりにも最低な自分の思考に、心がひどく淀むのを感じる。またネガティブ思考の連鎖が始まりかけた直後、黒瀬の気だるげな声が聞こえてきた。
「あのさあ。互いを疑う状況を作りたくないって言ってた張本人が、舌の根も乾かないうちに何言ってるの? 疑うだけなら誰だって疑えるんだし、別に今の話必要なくない? それにそういう無用な疑いを避けるためにも情報交換はした方がいいと思うんだよね。彼が殺された時間は限られてるんだから、少なくとも犯人じゃない人が誰かはすぐ分かると思うしさ」
「……」
黒瀬の言葉で、またも場がまとまる。
なんやかんや、彼にもずっと助けられ続けている。彼がいなかったから私たちはまるでまとまりのない集団になっていたはずだ。皆の命をこれまで救ってきてくれていたのは、偏に黒瀬のおかげと言っても過言ではない。
なのに私は、そんな彼すら疑おうとしてしまった。
私は再び自己嫌悪に陥り、自身の腕にぐっと爪を突き立てた。