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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人連鎖
32/63

後悔してもしきれない

 頭が目の前の光景を理解してくれない。

 なぜ白い薔薇が赤く染まっているのか。


 誰かが植え替えた?

 突然変異?


 勿論そんなわけないことは分かっている。でも、そうじゃないのだとしたらあの赤い塗料は……。

 ふらふらと、決して踏み入れることはないと考えていた部屋に足を踏み入れる。

 花が足に絡みついてくるの感じながらも、一直線に赤い薔薇が咲く場所へと進んでいく。

 赤い薔薇に近づいていくほど、この庭園には相応しくない鉄臭いにおいが強くなる。


「うそ……。うそだ…………」


 赤く染められた薔薇の中。猫耳フードを被った少年の姿が目に映る。

 花々の上に横向きで倒れている少年。体はピクリとも動かず、彼自身も赤く染められている。鉄の匂い――いや、血の匂いはごまかしようがない程強くなっており、周囲の花を染めている塗料が血であることは疑いようがなかった。

 けれどまだ私は信じられずにいた。

 どこかから、たまたま血が降ってきただけかもしれない。この少年の血とは限らない。

 それにフードに覆われ少年の顔はよく見えない。実は寝ているだけで、フードをとればあどけない寝顔がきっとそこにあるはずだ。

 焦点の定まらない視界。震える手を伸ばし、フードをそっと持ち上げる。

 苦悶に歪み切り、目を大きく見開いた明らかに死んでいる者の顔。

 変わり果てた少年――日車の姿を見た私は、喉が裂けんばかりに絶叫した。




 いつの間に後ろにいたのか、悲鳴を上げ膝から崩れ落ちた私を、新菜ちゃんが抱きしめる。何度も何かを呼びかける声が聞こえてくるが、脳がその言葉を翻訳してくれない。

 彼女は私に声が届いていないと感じたようで、無理やり死体から私の体を遠ざけ始めた。

 花の中を引きずられていくにつれ、日車の姿が見えなくなってくる。

 今更どうしようもないことと分かっていながらも、私は力なく彼に手を伸ばした。

 昨日まで彼は間違いなく生きていた。こんな私の言葉なんかでも泣いてくれて、まだ生きてみようと心変わりしてくれた。私を姉のように慕って、隣で支えてくれていた。今日もまた、猫真似をしながら私の隣にいてくれると思っていた。

 人生で初めて誰かの生きる助けになれた。私にとって、彼はかけがえのない存在に変わりつつあったのに……。

 後悔が波のように何度も私の胸を襲ってくる。

 どうしてずっと一緒にいてあげなかったのか。鈴が峰が危険な存在と聞かされておきながら、よりによってどうして彼にその監視を頼んでしまったのか。なぜ私の取るに足らない感情を優先させてしまったのか。

 気付けば視界が歪み、物がまともに見えなくなっている。どうしたのだろうと目をこすると、透明な液体が腕に付着していた。


 ――ああ、私は今、泣いてるのか


 ぼんやりそんなことを考えていると、体にまとわりつく花の感触がなくなった。どうやら新菜ちゃんによって通路まで運び出されたらしい。

 力なく左右を見回すと、皆が階段を走っている姿が映った。間もなく彼らは私たちの元にやってきて、天使の庭の惨状を見た。

 誰もが驚いた表情を浮かべる中、私の目は一人の男にくぎ付けになっていた。


 死神探偵鈴が峰千夜


 彼が、今朝、日車と話さなければ、日車がここに来ることはなかったはずだ。大人しく医務室で私が来るのを待ち、きっと笑顔で今日も一緒にいられたはずだ。

 こいつが、日車と話さえしなければ、日車が死ぬことはなかった。

 気付けば、私は彼に向かって体当たりしていた。

 こちらの行動を予期していなかった鈴が峰はあっさりとバランスを崩し通路に倒れこむ。私はその上にまたがると、彼の首を全力で締め上げた。


「お前が、お前さえ来なければ日車は死ななかったんだ!」


 鈴が峰は口をパクパクと動かすだけで、反撃してくる様子は見せない。


 ――このままなら確実に殺せる。


 そう思うと一層腕に力が込められる。さほど時間もかからず鈴が峰は白目をむいた。


 ――もう一息


 そう思った直後、私は彼の上から弾き飛ばされた。床を何度か転がったのち壁に激突する。痛いと感じる間もなく、私は腕を掴まれ抵抗できないよう取り押さえられた。


「どなたか縛るものを持ってきてください。大至急」


 すぐ近くから聞こえる声は伊月のもの。どうやら私を取り押さえているのは彼のようだ。

 しかし既に、私には暴れるだけの気力はなかった。元々考えがあって動いたわけではない。本能に突き動かされるようにして、気付いたら行動していたのだ。一度冷静になってしまえば、もうあんな大胆なことはできやしない。

 伊月も私から戦意が喪失したのを感じ取ったのだろう。手を拘束する力が弱まるのを感じた。

 私は小さな声で「すいません」と呟いた。




 それからしばらくの出来事は、まるで映画を見ているかのようだった。

 虚脱しきった私は結局縛り上げられることなく壁にもたれていた。監視のためか介抱のためか、おそらくその両方の役割で渡澄さんが傍についている。

 また、館にいる全員がこの場に集まっていた。皆怯えた表情や困惑した表情を浮かべながら、代わる代わる部屋の中に入っていく。

 厚木と白杉はすぐに部屋から出てきた。鈴が峰は私のせいで気絶してしまったため、そのまま床に転がされている。伊月はその介抱のためか、中には入らず部屋を出入りする人の姿をじっと眺めていた。

 なかなか部屋から出てこないのは、小鳥遊姉妹と黒瀬の三人。単純に現場を確認するだけならここまで時間はかからない。運び出そうとしているのだとすれば、人選として黒瀬は不適切。となれば彼らは、なぜ日車が殺されたのかを調べているのだろう。

 ……そう、日車は殺されたのだ。

 現実を認めたくなくて頭がふらふらしていたとはいえ、気付いていたこともある。

 日車の服は腹部と背部の両方が血で濡れていた。自殺や事故では腹と背の両方から出血するような死に方はできるとは思えない。まず間違いなく誰かの手で殺されたのだろう。加えて凶器も見当たらなかった。自殺や事故ならこれもおかしい。犯人が凶器を持ち去ったとしか考えられない。

 それから――

 不意に吐き気を催し、私の思考は強制的に中断させられる。

 日車の浮かべていた苦悶の表情。思い出すだけで全身が後悔の波で打ち震える。


 ――駄目だ。今はまだ何も考えたくない。


 私はぼんやりと、通路に集まった人々をただただ眺めていた。


一度思い浮かんだ展開を消すのって困難なんですよね……。私にもう少し力があれば救えた命がいくつあったことか……

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