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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人と探偵
31/63

平和の終わり

 特に何事もなくお風呂場まで到着。

 扉を開け脱衣所の中を見回すと、既に脱衣かごの一つが使われているのが目に留まった。まさかまた厚木かと警戒するも、見るからに入っているのは女ものの洋服。というか、小鳥遊姉妹が着ていた服だった。

 取り敢えず中にいるのが女性であることに安堵するも、使われているかごが一つだけなのに首を捻る。これまでほとんど二人一緒に行動してきていたはずなのに。喧嘩でもしたのだろうか?

 少し疑問に抱きつつも服を脱ぎ、かごに入れていく。腕に残っている爪痕を見られてしまわぬよう、タオルでさりげなく覆ってから浴室に入る。

 改めてかなり広い御風呂。この館は一部屋一部屋が尋常でなく広いが、その恩恵を最も得ているのはなんといってもこの浴室だろう。解放感が段違いだし、高級なホテルに来ているような錯覚を味わうことすらできる。

 加えて今は先客が浴槽に湯を張ってくれたようで、心地の良い湯気が部屋を漂っていた。

 ほっと一息ついていると、既に湯につかっていた先客が声をかけてきた。


「深倉さんも朝風呂に来たんだ! 私と一緒だね!」


 先客の正体は小鳥遊新菜ちゃんだったらしい。お風呂場と言うこともあり髪も結ばれていないため、ぱっと見では姉妹どちらかわからないが、この元気の良さは新菜ちゃんで間違いない。

 彼女の陽キャそのもののテンションの高さは苦手なんだよなと思うも、無視するわけにはいかないので小さく手を振り返す。

 昨日一昨日とシャワーだけで済ませていたため、今すぐ浴槽につかりたい気持ちにかられるが、必死に抑えまずはシャワーを浴びる。軽く全身を洗い、べたついていた汗をすっかり落とす。

 シャワー効果でさらに気分が落ち着き、またしても口から息が漏れる。初日であれば勝手に人さまの館のお風呂場を使っていいのかと不安に駆られていたが、今ではほとんどその心配もない。心から気持ちよさを味わうことができた。

 体を洗い終えた私は、さてどうしようかと浴槽に目を向ける。

 脱衣かごが一つしか使われていなかったので当然と言えば当然なのだけれど、新菜ちゃん一人で伊緒ちゃんがいる様子はない。二人が固まって話してくれていれば、一人隅の方で静かにつかることもできただろうけど……新菜ちゃんだけとなると厳しいか。

 どうせ話しかけられるならと思い、私は新菜ちゃんの近くに腰を下ろす。すると彼女は待ち兼ねていた様子で話しかけてきた。


「ねえねえ聞いてよ深倉さん! 昨日からお姉ちゃん凄い神経質になってて大変なの! あの鈴が峰っていう探偵が超気になってるらしくてさ。それでいろいろ口うるさいからこうして逃げてきちゃったの!」

「へ、へえ、そうなんだ。でも気になるのも当然じゃない? だって会った人たちのほとんどを事件に巻き込む死神探偵なんでしょ」

「ええ! 深倉さんもそんな話信じてるの! どっかの少年探偵じゃないんだから、現実にそんな人いるわけないじゃん!」

「いやまあ普通に考えたらそうだけど……。実際そういう実績があるみたいだし」

「そんなのネットの知識じゃん。ネットなんて真実よりデマの方がはびこってるんだし、どうせ誇張されてるに決まってるよ。それより私は伊月君――いや伊月様と出会えたことに感動してるもん! あんなイケメンテレビでも見たことないよ!」

「ま、まあ、そうだね」

「でしょ! ああ、何とかしてもっとお近づきになれないかな~。お姉ちゃんが邪魔さえしてこなければもっとガンガンアプローチするんだけどお。そうだ! 昨日あの後も深倉さんは伊月様と一緒にいたんだよね! どんな話したか教えてよ!」

「う、うん――」


 勢い衰えず話し続ける新菜ちゃんに、私はたじたじになりながらもなんとか対応する。

 昨日の様子から伊月に対して惚れているのは明らかだったけど、彼女は信奉する勢いで彼の虜になってしまっているらしい。

 私はその後一時間近くも、伊月についての話や仲良くなるための方法を考えさせられた。




「うー、流石に長風呂し過ぎたね。超体火照ってる」

「そ、そうだね……」


 赤くなった顔をパタパタと扇いでいる新菜ちゃんの隣で、私は乾いた声を上げる。

 こちらから話題を振らずとも好き勝手話してくれる人は楽と言えば楽なのだけれど、一緒にいるとやはり疲れる。特に新菜ちゃんのようにこっちにも考えさせるタイプの人だと、適当に相槌を打つだけで済ませられないから厄介だ。

 体はさっぱりしたけれど、精神的には起床時より疲れてしまったかもしれない。

 しかし新菜ちゃんはまだまだ話し足りないらしく、「ねえねえ、もうちょっと伊月様お近づき大作戦のプラン考えてこうよ!」と笑顔で言ってくる。

 断りたいところだけど、彼女の無邪気な笑顔を見ているとその勇気も湧いてこない。

 曖昧な笑みを浮かべつつ、「取り敢えず談話室行こうか」と行先だけ決めさせてもらう。いざとなったら彼女の相手は黒瀬に任せる腹積もりだ。

 脱衣所から出て通路へ。談話室へと二人並んで向かっていると、ちょうど御手洗いから出てきた人とぶつかりかけた。


「わ、すいません」

「いやあ、こちらこそ申し訳ない」

「え、その声って――」


 反射的に謝罪するも、ぶつかった相手の声を聞き慌てて相手の姿を確認する。

 そこにいたのは医務室で縛られていたはずの鈴が峰だった。なぜ縛られているはずの彼がここにと疑問に思うのと、話してしまって大丈夫なのかという不安が混ざり合う。

 けれど浴室での新菜ちゃんとの話から、少し気にし過ぎていたかなと言う気持ちが強くなっていた。まだ私は彼に何かされたわけではないし、あまり神経質に警戒する必要もないのかもしれない。

 そもそも会話するのさえ初めてだったことにも気づき、せっかくならと軽く話しかけてみた。


「鈴が峰さんおはようございます。ベッドに縛り付けられてたと思うんですけど、また渡澄さんにほどいてもらったんですか?」


 鈴が峰は雀の巣のような髪をがりがり搔きながら、無邪気な顔で首を横に振る。


「いやあ、今朝はまだ日車君しか起きてなかったからね。彼に頼んでほどいてもらったんだ。ちょっとおなかの調子が悪くて二十分近くトイレに籠ることになっちゃったよ」


 アハハと屈託なく笑う鈴が峰。これが健全な野球少年とかであれば好印象なんだろうけど、いかんせん小汚いおっさんなためむしろ引いてしまいそうになる。

 私は愛想笑いを浮かべ、


「それはお気の毒ですね。因みに日車君は今も医務室にいますか?」

「ううん。彼は少し僕とお話しした後に、二階に向かっていったよ。なんか花を摘んでくるとか言ってたかな」

「花を摘みに?」


 昨日の夜は一緒にいてあげられなかったため、少し励ましに行こうかと思っていたのだけれど。花を摘みに二階に行くなんてどんな心境の変化だろうか?

 少し日車のことが気になり、新菜ちゃんに二階に彼を探しに行ってもいいか聞いてみる。姉の言いつけを守ってか鈴が峰の前では無口でいた彼女は、特に迷惑した様子もなく頷いてくれた。

 私は鈴が峰に軽く頭を下げると、早速二階に向かって歩き出す。

 お風呂後特有の倦怠感から、階段を上るのは非常に億劫だったけれど、我慢して上りきる。

 天使の庭と悪魔の庭のどちらかに行ったのか。私ならまだ天使の庭だなと思い、通路左手を進んでいく。

 もしかしたら白杉もここにいるのだろうか。そんなことを思いながら扉を開け――


「……………………へ?」


 視界に映るのは天使が飛び交う真っ白な花園のはず。神聖さを醸し出した、私のような淀んだ存在は入れない澄み切った部屋。

 そのはずなのに。そのはずなのに。そのはずなのに。

 部屋の中央。白い薔薇が咲き誇っているはずの場所には、真っ赤な薔薇が咲き乱れていた。


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