ここは死者の待合室?
「にゃはははは! 君だな! 新しい遭難者とやらは! これはいよいよ、いよいよなのにゃ!」
大きな笑い声を響かせながら入ってきたのは、猫耳フードを被った一人の少年。ぱっと見中学生くらいに見える幼い顔つきだが、ふてぶてしい笑い声からするに高校生ぐらいなんじゃないかという気もする。
猫耳フード少年は高笑いを続けながら私の目の前まで移動すると、人差し指でピシッと私の顔面を指さした。
「お前はもう死んでいるのにゃ!」
「……何、この失礼な少年?」
私は目の前の猫耳フード少年を無視し、渡澄さんに問いかける。
無視されたことに腹を立てたのか、猫耳フードは私の周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。
非情に鬱陶しい。
私は猫耳フードから逃げるように場所を移動する。けれど猫耳フードも諦め悪く私の後を追いかけてきて……。
そんな謎の追いかけっこを始めた私たちに苦笑しつつ、渡澄さんは口を開いた。
「彼は日車猫くんよ。どうしてかこの館を死後の世界への待合室だと考えているらしくて、会う人会う人にその言葉を言ってるの」
「そうにゃ! この館は死後の世界への待合室にゃ! そうでもなきゃ遭難者が一度にこんな何人も館に集まったりしないにゃ! つまり皆もう死んでるのにゃ!」
「へぇ……」
胸を張り、どや顔で宣言する猫耳フードーーもとい日車少年。
その態度が無性に憎たらしく感じ、私はこれでもかと小馬鹿にした笑みを浮かべ日車を見下ろした。
「死んだ遭難者だけがこの館に集まるのも、一度に九人も死者が出るのも十分あり得ない、おかしなことだと思うけど。というかビョウって名前、漢字にすると猫だったりする? だから猫耳フードなんて被ってにゃあにゃあ言ってるの? 美少女がやるならいいけど男がやると普通に痛いよ? ていうかそもそもその名前本名じゃないでしょ。自分の子供に猫なんて名前つける親ふつうに考えていないし、超ダサいから」
「な……!」
ぴょんぴょんと跳ねていた日車少年は、顔を真っ赤にして動きを止める。そして涙目でこちらを睨みつけてきた。
まさか泣かせてしまうとはと、ちょっとばかり反省する。普段から心の中ではかなり毒舌なのだが、今回はそれがついそのまま漏れてしまった。ここまでの道のりで心身が疲れ果て、少し理性の箍が緩んできているのかもしれない。
私は慌てて謝ろうとする。けれどそれを妨害するかのように、新たな人物が部屋に入ってきた。
「不可解な点は多いが、そいつの言う通りここは死後の世界なんかじゃない」
部屋に入ってきたのは全体的に陰のある、暗い雰囲気の男。白黒のボーダーTシャツに黒のスキニーパンツといった、山登りにはやや不適切な格好をしている。
男は暗く淀んだ目を日車に向け、いかにも悪党を思わせる凄惨な笑みを浮かべた。
「見知らぬ館に、偶然遭難した奴らが迷い込む。それも一人二人でなく次々と、バラバラに。確かに普通じゃない異常事態だ。実は死んでるやつらが集まっているんじゃないかって説も全く的外れだとは思わない。だが、残念ながらそれはあり得ない。なぜなら、まだ俺は死ぬような思いしてないからだ」
「うわあ……」
次から次に変な奴が湧いてくる。
まだ死ぬような思いをしていないなんて当たり前のことを、自信満々に宣言するとか……ちょっと、いや、かなり馬鹿なのかもしれない。
一番最初に抱いたドッキリの可能性が再浮上してくるのを感じる。そうでもなきゃ、ここまで個性的な人が集まっているのは納得しがたい。
するとそんな私の考えを見透かすように、男がこちらへと視線をスライドした。
「言っておくが、劇の撮影で集められたメンバーとかではないぞ。この館には今かなり変わった奴らが集結しているが、少なくとも俺は誰とも面識がない」
「あ、はあ、そうなんですか……」
男の語気に押され、私は首を竦めて頷く。
それにしてもタイミングばっちり。もしかしたら不敬なことを考えていたのもばれているかもと思い、恐怖から全身が震える。取り敢えず一度謝っておこうかと、頭を下げると、
「いや、やっぱりにゃあたちは既に死んでるのにゃ! 皆この館に辿り着く前の記憶が曖昧なはずなのにゃ! それがにゃあたちが死んでいる証拠なのにゃ!」
日車がまた声を大にして騒ぎ始めた。
なぜそこまで死んでいることにしたいのかは心底謎だが、言われてみれば、館を発見する直前の記憶は曖昧な気がする。歩き疲れてほとんど無意識に足だけ動かしていたので当然と言えば当然なのだが、改めて言われると少し気にかかる。実際、偶然の事態と思い難いのは事実だし。
私はちらりと渡澄さんを振り返った。
私の視線を敏感に察知した彼女は、少し困った表情で曖昧に頷く。
おそらくだが、彼女もここに着く直前の記憶がぼんやりしているということだろう。
となると、死んでいるかどうかはともかく、その間に何かが起きた可能性はあるのかもしれない。
でも……何かってなんだ?
宇宙人にさらわれた?
何者かにこの館に出向くよう誘導された?
実は気を失わされて、この館の近くまで運び込まれた?
いやいやいや、どれも非現実的に過ぎる。
こんな考えでは死んでいるとする日車の意見とさして変わらないことになってしまう。しかし今の状況を偶然と割り切るのはどうにも……。
一人思考の世界に没入しかけた私の耳に、再び男の声が響いてきた。
「まあ死んでいると考えたいならそれはそれで構わないんだがな。だがここは、俺たちが実際には死んでいなかった可能性を考えて欲しいところだ。生きているにもかかわらず既に死んでいるからと何もしないでいたら、餓死するか凍え死ぬか、何れにしろ最悪の終わりを迎えることになる。そうならないためにも助かるための行動をどんどん起こしていくべきだと俺は考えるがな。実際死んでいたとしても、その間に助かるための行動を起こすことがデメリットに繋がるとも思えないしな」
「それはそうかもしれにゃいが……、でも死んでるのにそんな無駄なことしにゃくても……」
日車は猫耳を抑えてその場にしゃがみ込む。
やっぱり彼は何か訳ありのようだ。ここまで言われてもなお、死んでいるから何もしたくないと考えているなんて。
よくよく考えればこんな変な子に友達がいるとは思えない。となれば家族とハイキングに来た可能性が高い。でも自分が既に死んでいると考えたうえで、悲しそうな様子を全く見せないということは、家族仲は良くなかったのかもしれない。
まさかとは思うが、自殺する気で山に来ていたとか。
私のように家族に恵まれているにも拘らずダメ人間街道を直進する人間としては、なんとも心苦しく感じてしまう。
やはりさっきは言い過ぎていたし、この話が終わったら後でしっかり謝ろう。
心の中でそう決意していると、男が私と渡澄さんを見ながら「お前らは助かるために動くよな」とそれはそれは見事な悪人顔で尋ねてきた。
その顔を見ていると、素直に頷くのが怖くなってくるのだが――私たちはお互い顔を見合わせると、結局こくりと頷いた。
男は満足げに頷くと、右手を差し出しながら名前を名乗った。
「俺は西郷暗だ。無事山を下りられるまでよろしく頼む」