拘束された探偵(?)
「うわー、本当に縛ってる」
医務室入室直後、新菜ちゃんがドン引きした声を上げる。
それもそのはず。部屋の中では今まさに、ベッドに寝かせられた鈴が峰を、伊月と渡澄さんの二人が捻じったシーツを使って縛りつけているところだった。
既に口元はタオルで塞がれており、紛うことなき監禁拘束の瞬間である。
私たちのドンびいた視線を受け、渡澄さんは慌てた様子で言い訳を始めた。
「いや、これは違うんです! 伊月さんが彼を縛り付けないとどんなトラブルを引き起こすかわからないからとにかく動きを封じようと言うので、仕方なく!」
「何も違わなくない? まあいいけど」
渡澄さんが言い訳をしている間も、伊月は淡々と鈴が峰の拘束を続けている。
どこからどう見ても助手が探偵にする行為ではない。いやまあ、助手じゃなくても普通やる行為じゃないけど。
止めたほうがいいのか迷うが、いまいち止める理由も思いつかず言葉が出てこない。そうこうしているうちに拘束は完成したのか、伊月は手を止め私たちに振り返った。
「さて、この館で今何が起こっているかお聞きしても宜しいですか。それとも先にそちらから質問されますか?」
「はいはーい! 伊月さんって彼女とかはいるんですか!」
「いません」
「じゃあ好きな人はいますか!」
「いません」
「なら私が恋人に立候補してもいいですか!」
「お断りします」
新菜ちゃんから飛び出す(全くこの状況とは関係ない)質問に対し、伊月はそっけなく答えを返していく。
彼レベルの美少年となると、告白されることだって日常茶飯事だろう。新菜ちゃんもかなりの美少女だが、彼と釣り合うかと言われると……ちょっと厳しそう。どこか神聖さすら醸し出す伊月の雰囲気からして、まずもって女性と付き合っているイメージが湧いてこない。
これは天地がひっくり返っても私にチャンスはないよなあ。いまだに彼の顔を直視すると胸がバクバクしてくるが、早くこの気持ちは捨て去らないと。
勝手に熱くなる頬をパタパタと手で扇ぐ。「どうしたのにゃ? 熱でもあるのかにゃ」と日車が聞いてくるが、恥ずかしいので無視することにした。
伊月は新菜ちゃんからの無関係な質問に苛立ったのか、「僕に関する質問はまた後でお願いします」と釘を刺してきた。
かなり雑に扱われたはずの新菜ちゃんは今も瞳をキラキラさせており、このまま放置しておいては話が進まないのは明白。当然の判断かなと思っていると、伊緒ちゃんが口を開いた。
「ではお尋ねしたいのですが、あなた方は本当に偶然この館に迷い込まれたのですか? 館に着く直前に、一瞬意識を喪失した記憶などはありませんか?」
妹の新菜ちゃんとは対照的に、頬を染めもせずむしろどこか暗い雰囲気の伊緒ちゃん。どんなわけがあれ、伊月を前にして惚れられずにいるのは凄いと思う。どうでもいいけど。
「偶然ですよ。いつも通り事件を解決しての帰り道に、鈴が峰が適当に車を走らせまして。気付いたらどことも知れない山の中、燃料もなく途方に暮れていたんです。なぜいつもカーナビを無視して、地図に書かれていないような場所を走りたがるのか……」
自分で話して苛立ちが再燃したのか、拘束され動けない鈴が峰のあたまを平手で叩く。
パシッといい音がして鈴が峰の体がびくりと震えるが、抗議の声は聞こえてこない。口をふさがれているからというのもあるだろうが、それ以上にまだ気絶したままなのかもしれない。
それでストレスは発散できたのか、伊月は何事もなかったかのように話を再開した。
「それから意識を喪失したか否かですか。あまり一般的な質問とは思えませんが……特にそんな記憶はありませんね」
「本当ですか? ほんの一瞬もそんなことはなかったと断言が?」
「できますね。私は鈴が峰の隣にいる際、いつ彼が余計な行動をとっても対処できるよう常に気を張っています。一瞬とはいえ意識が途切れるような瞬間があれば、確実に記憶に残っているはずです。それで、その質問の真意は何ですか? 今ここで起きていることと関係が?」
「実は――」
伊緒ちゃんはこの館で起きていることについて、一つ一つ丁寧に説明していった。彼女もさすがは探偵と云うべきなのか、説明がかなりうまい。特に私たちが補足することもなく、過不足なく現状を伝えてくれた。
一通り話を聞き終えた伊月は、眉間にしわを寄せ悩みこむ。悩んでいる姿も尋常じゃなく美しく、私と新菜ちゃんの口からは熱いため息が漏れた。またこれもどうでもいいが、私が伊月を見て頬を赤くするたびに日車がわき腹を指で突いてくるようになった。嫉妬かな?
「成る程。つまり僕らが意識を失っていないということは、これまで不明だった現在地がはっきりしたというわけですか。……しかし、はっきり言って信じ難い話ですね」
しばらくの黙考の末、伊月は疑惑の声とともに私たちを見回した。
しかしどれだけ信じ難くとも事実その通りのことが起きている。こればっかりは信じてもらうほかない。
こちらの雰囲気を察してか、取り敢えず冗談を言っているという考えは捨ててくれたらしい。伊月は眉間の皺を解き、小さく息を吐いた。
「これはまた、随分と厄介な館に入ってしまったらしいですね。皆さんの話が事実なら、相手は本当に四大財閥かもしれない。となれば事件を解き明かすこと自体が危険とさえいえてしまう。鈴が峰が寝ていてくれて助かりました」
「いや、それはあなたが……」
渡澄さんが控えめに突っ込みを試みる。そう言えば、渡澄さんもあまり伊月に心をときめかせている様子がない。単に表情に出ないよう隠しているのだろうか?
ちょっと本心を聞いてみたい気もするが、流石に今は自重する。
伊月はポケットからスマホを取り出すと、尋ねてきた。
「ところで少し気になったのですが、皆さんがこの館に辿り着いた日にちは同じなんですか? その点は誰も口にしませんでしたが」
「そう言えば、それについては話してなかったような……」
いつの間にか見知らぬ場所に連れてこられている。その話ばかりしており、山に登った日にちも同じなのかを聞くのは忘れていた。というより、まだ本心では連れてこられたこと自体に懐疑的なところがあったのだろう。だからそれについて突き詰めて話そうとする人が誰もいなかったように思う。……単に、その事実を直視するのが怖かったからかもしれないけど。
私もスマホを取り出し、改めて日にちを確認してみる。
ハイキングをしに行った日から、二日ほど時間が経過している。スマホの時計機能が狂っていないのであれば、日にちにずれはないようだ。
他の人はどうなのだろうと思って視線を向ける。が、逆に全員の視線を浴びることになった。
「深倉さん。その、私はスマホ持ってないから……今日って何日なの?」
「あ、私たちもスマホ持ってなくて日にちは分かんないんだ! 教えてください!」
「にゃあもスマホ置いてきたから持ってないにゃ。もともと戻るつもりもにゃかったし……」
そう言えば、ここにいるメンバーは圏外かどうか以前にスマホすら持っていない人がほとんどだった。私以外だと黒瀬だけがスマホを持っており(もちろん圏外)、日にちを確かめることができるのは実質二人だけだったことになる。
今の時代、やっぱりありえないよなあと思うも、ここで私まで今の状況に疑問を抱いても仕方がない。
突然注目されたことできょどりつつも日にちを告げると、日にちに関しては一緒だったようで、皆安堵した表情を浮かべていた。
「日にちに差がないってことは、どうやって連れてこられたのかはかなり疑問ですね。ですがまあ、そこら辺はおいおい考えていきましょうか」
伊月の持っていたスマホの日付とも差がなかったようで、彼はスマホをポケットに戻す。それから私たちを見回して、「では、どなたか館の中を案内してもらえませんか」と言ってきた。