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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
殺人と探偵
23/63

新しい来訪者と再びの……

 正直、思っていた以上に辛い実情。さっき私自身が言ったように、彼を救うなんてできるわけがない。

 どう声をかけていいか分からず、私は必死に頭を働かせる。すると、座り込んだ日車が「にゃはは」と乾いた笑い声をあげた。


「まあにゃあについてはそんなところにゃ。あ、因みにこの口調は友達や親を心配させ過ぎないために身につけたものにゃ。こんなバカみたいな話し方をしていられるうちは元気だと思ってもらえると考えて始めたのにゃ。もしかしたら逆効果かもしれにゃいけど、にゃあ自身はなんだか自分が自分じゃないみたいで、すこし元気になれるんにゃよ。だからうざいかもしれにゃいけど、この話し方については勘弁してくれるとありがたいのにゃ。それから名前は当然偽名にゃけど、この口調の時の自分自身の名前として考えたものにゃから、ここではそう呼んでくれると嬉しいにゃ。それから――」

「もう十分だよ!」


 私は堪えきれなくなり、日車の頭を思いっきり抱きしめた。「わ!」と素の驚き声が聞こえてくるが、それを無視してさらに強く抱きしめる。それからもう一度、「もう十分だよ」と彼に囁きかけた。


「別に言いたくないことは言わなくていいの。私は日車君が少しでも楽になればと思って声をかけただけ。話したくないことを無理に話させるつもりはないし、むしろ話すことで気分が落ち込むなら話してほしくなんかない。ていうか、こんな私なんかに気を使わなくていいから。

 辛いから逃げ出したい。

 周りの人が羨ましい。

 皆も自分と同じような目に遭えばいい。

 君はまだ子供なんだから、いや、子供じゃなくても辛い目に遭ってるときはそれぐらい我儘言っていいの。本当に辛くて苦しくて、死にたくなってる人が目の前にいる。なのにその人が大して辛い思いをしていない私なんかに気を使って、より心をすり減らせる――そんなの、そっちの方がずっと苦しいに決まってる。だから君は我慢なんてしないで我儘言っていいの! ねえ、今の本当の君の気持ちを、私に教えてよ。その方が、私も助かるから」

「う、あ……」


 日車は徐々に瞳に涙をため、少しずつ愚痴を呟きだす。それは次第にエスカレートしていき――




「深倉さん、日車君。そろそろ十一時だけど――あら」

「あ、ごめんね渡澄さん……と、黒瀬君も。本当に十一時まで戻れないとは思ってなかったんだけど、ちょっと成り行きで」

「それは全然構わないわ。むしろ私たちがお礼を言わないといけない場面よね。少し話す内容も特殊だったし、私たちと深く関わりたくない様子だったから距離をとってしまったけれど、本来ならもっと話を聞いてあげるべきだったわよね。でも、ふふふ。随分と打ち解けられたようだし、私が何かしなくて正解だったわ」

「いやー、私自身ちょっとびっくりしてるんだけどね」


 遊戯室のソファの上。私の太ももを枕に、日車が穏やかな顔つきで眠っている。

 この館に来る前から溜まっていたストレスも加わり、日車の本心からの叫びは数十分にも及んだ。最終的には叫び疲れ、そのまま意識を失うかのようにぱたりと私に倒れこんできた。状況が状況だし、最初は起こして談話室に移動しようかとも思ったけれど、彼の顔を見ていたらそんな気も失せてしまった。

 私は近くのソファに彼を移動させると、膝枕をしてあげつつ、起こしてしまわないよう静かに物思いにふけっていた。そして気が付いたら時刻は十一時近くになり、渡澄さんたちが見に来る事態となってしまったわけだ。

 さて、こうして二人が来てしまった以上、流石に談話室に移動しないといけない。ちょっと勿体なくはあるけれど、ここは一度起きてもらおう。

 私は日車の肩に手をかけ、軽くゆすってみる――


「すみません、どなたかいらっしゃいませんか」


 突然、聞いたこともない声が耳に届いてきた。

 黒瀬が微かに扉を開けたままにしていたため聞こえてきたようだ。

 私たちは顔を見合わせ、互いに困惑した視線をぶつけ合う。

 まさかとは思う。しかしこの館ではそのまさかが頻繁に起こっている。

 それに今の呼びかけは、私自身凄く聞き覚え(言い覚え)のあるセリフだ。

 私はそっと日車を膝から降ろし立ち上がる。ルール的には二人一組を守らないといけないため、日車を一人ここに残しておくわけにもいかないのだが――そうも言ってられない事態だと思う。

 念のため黒瀬に目で尋ねてみると、小さく頷きを返してくれた。

 私たちは三人揃って遊戯室を出ると、玄関ホールへと駆けていく。するとそこには、二人の見知らぬ男が立っていた。

 一人は、スズメの巣のようなぼさぼさの髪型に、寝不足のためか腫れぼったく膨れ上がった目。そして、体全体から倦怠感を醸し出している、一見浮浪者にすら見えるオッサンだ。なぜか口元を手で覆っているが、気分でも悪いのか。それにしても、昔の映画でこんな感じの人を見たことがある気がするのだけれど、あれはいったい何の映画だっただろうか?

 そしてもう一人。こちらは――色々とヤバい。特に私の心が。

 一言で言って絶世の美少年。色白の肌に、整った目鼻立ち、肩まである黒髪。そのどれもが完全に調和しており、とにかく、もう、美少年、いや、下手をすれば美少女とも見紛う性別を超えた美しさを持っていた。仮に道を歩いていれば、男女問わずに羨望の視線に充てられること間違いないという容姿だ。全身を黒を基調とした服で包んでいるところも、神秘的な雰囲気を強調させており――とにかく、もう、私の心はバクバクだった。

 黒瀬も十分すぎるほどの美少年だが、彼は格が違う。というか、これ以上の美しさはこの世に存在しないのではという領域だ。

 黒瀬も渡澄さんも、彼の容姿には驚きを隠せないのか、すぐには言葉が出てこないようだった。そうこうしている間に、彼らの方が私たちに気付き、声をかけてきた。


「すみません。この館にお住いの方でしょうか? こんな夜分に押しかけて申し訳ないのですが、実はこの付近で車の燃料が尽き立ち往生してしまいまして。大変不躾な申し出で恐縮ですが、一晩泊まらせてはいただけないでしょうか?」


 絶世の美少年は声までこの世のものとは思えないほど美しい。天使の美声とでもいうのか、いつまでも聞いていたくなるような透き通った声をしている。

 ほわーと心がふわふわする中、真っ先に正常な思考を取り戻した渡澄さんが、困った表情を彼らに向けた。


「その、泊まる分には全然構わないのですけれど……実は私たちもここの館の住人じゃないんです」

「それはどういうことですか?」


 絶世の美少年は訝し気な表情で私たちを見つめてくる。その際、一瞬私とも視線が交差して――って、これはまずい。このままだと彼のイケメン力に殺されてしまう。

 私は心の中の自分に往復ビンタをすることで何とか正気を取り戻す。

 そして今ここで起きていることを話そうとして――


「何をしている君! その扉は閉めちゃいかん!」


 階段から聞こえてきた厚木のバカでかい声に遮られた。

 何をそんなに大きな声で言う必要があるのかと思いつつ扉に目を向ける。すると浮浪者っぽいおっさんの方が、ストッパー代わりの木を外し扉を閉めようとしていた。

 私たちも慌てて彼の動きを止めようとする。けれど無情にも扉は閉まり――次の瞬間。この館に来てもう三度目になる、馬鹿でかい衝撃が私たちを襲った。


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