ぐだぐだと時は過ぎる
ソファ、気持ちいい……。
眠くなりそうな心を叱咤するも、無駄に寝心地の良いソファに生気を吸われていく。
――ああ、無理。もう体も心も限界だし、このまま眠ってしまおう……
誘惑に負け、徐々に瞼が下がってくる。するとバシッと強く頭を叩かれた。
痛い。
少し眠気が飛んだのを感じつつ、私はちょっと目を怒らせ顔を上げた。
「ちょっと、痛かったんだけど」
「寝ようとしてるのが悪い。今は起きてる時間なんだからしっかりしろ」
黒瀬が本を片手に私を睨みつけてくる。
確かに今は私も起きてなきゃいけない時間だけど、それにしたって起こし方というものがあるのではないか。というかどんどん黒瀬の私に対する態度が雑になっている気がする。
私は少し頬を膨らませ、文句を言ってやった。
「あのさ、一応私の方が年上なんだけど。しかも女性。もう少し敬意というか、丁重に扱ってくれてもいいんじゃない」
「僕は年齢とか性別で相手を分けないようにしてるから。お姉さんにはこれぐらいの対応が十分だと判断しただけ」
「むむむむむ」
そりゃ勿論、私は尊敬に値するような人ではない。根暗で面倒でネガティブで少しあれな性格をしているかもしれない。でも、だからと言ってそれは雑に扱っていい理由にはならないはず……たぶん。
そう思うも、口で彼に勝てる気はしないので黙り込む。代わりにソファで丸くなって眠っている日車に視線を移し、今も被っている猫耳フードの耳の部分をちょっと引っ張った。
――今から数時間前に行われたグループ分け。
小鳥遊姉妹が二人で行動するのは確定として、残り六人。どうすればうまくまとまるか話し合った結果、
・私、黒瀬、日車のグループ
・渡澄さん、白杉、厚木のグループ
に分かれることになった。
てっきり私と渡澄さんは同じグループになるかと思っていたけれど、白杉と厚木を二人だけにさせておくのは不安だったし、日車も言うことを聞いてくれると思えず、バランスをとるためにもこんな感じのグループ分けとなった。
黒瀬も渡澄さんと同じグループになれなかったのが不満で私に八つ当たりをしているのかもしれない。しかしそれは仕方のないことだ。皆をうまくまとめられそうなのが黒瀬と渡澄さんくらいなため、必然的に二人が同じグループになる可能性はゼロだったのだ。
グループ分けが行われて以降、私たちのグループは扉を開けようとしばらく奮闘した。しかし扉は頑強で、椅子を投げつけようがフライパンで殴り掛かろうがびくともしなかった――因みに実際に行動していたのは私だけで、黒瀬と日車は見ているだけだった。
途中で私が力尽きると、黒瀬が欠伸をしながら談話室に戻ることを提案。それぞれ疲れも溜まってることだし、取り敢えず今日のところは休もうという話になった。
しかし休むと言っても、全員同時に眠りにつくわけにもいかない。三人グループになれた以上、交代で一人ずつ寝るのが最善の行動。私たちはじゃんけんをして、誰が最初に寝るのかを決めることにした。
その結果は、日車、黒瀬、私の順番。おそらくこの場にいる誰よりも疲れているはずなのに、眠れるのはラストになってしまった。
だからまだ寝てはいけない。それは分かっているのだが、それと眠気を我慢できるかは全くの別問題である。
私は日車の猫耳を触りながら、ひときわ大きい欠伸を漏らした。
「ちょっといいかね」
タイミングよく(悪く)、扉が開く。
私は慌てて居住まいを正すと、「ど、どうぞ」とどもりながら応じる。
部屋に入ってきたのは厚木と渡澄さん。ちらっと見えた感じだと、白杉も通路にいるようだった。
しっかり三人で行動していることに、私はちょっと安堵する。
黒瀬は本を机に置くと、「どうかしたんですか?」と気の抜けた声で問いかけた。
「定期報告だよ。夜もだいぶ更けてきたし、私たちもそろそろ寝ようかと思ってね。場所は階段を上って三階すぐ右手の客室だ」
「はあ、それは丁寧にどうも。でも三人で交代で寝るのなら、別に報告してくれなくても良かったんですけど」
「うむ、それに関して少し話があってな。寝ようと思った時に考えたのだが、私たち見知らぬ男二人がいる中では、彼女もぐっすり眠るのは困難だろうと思ってな。寝る時だけは、彼女を君たちのグループに移そうと思ってきたんだ」
「おお、厚木にしては気が利いてる」
これまでの言動からは想像もつかない紳士的な提案に、私はぼそりと感嘆の声を漏らす。
厚木の後ろにいた渡澄さんも、「どうかよろしくお願いします」と頭を下げる。
黒瀬は一瞬目を見開いた後、コホンと軽く咳ばらいをして「いいですよ」と頷いた。
「確かに配慮が足りてなかったですね。男二人のチームに女性を一人なんて。はい、彼女は僕たちで引き受けます。ただ、厚木さんたちはくれぐれも部屋からは出ないようにしてくださいよ」
「分かっている。私は立派な大人だ。それくらいの分別は当然持ち合わせている。では、失礼するよ」
そう言って、厚木はさっさと部屋の外に出ていく。
残された渡澄さんは私たちに再度頭を下げると、はにかんだ笑みを浮かべて私の方に寄ってきた。
「深倉さんこんばんは。大丈夫、眠くない?」
「うん、眠いけど交代制だから」
「だったら私が代わりに起きてるから、寝ちゃってもいいよ。黒瀬君、別にそれでも問題ないよね?」
「まあ、はい」
渡澄さんに正面から見つめられ、黒瀬は頬を赤くしてそっぽを向く。
もはや疑いの余地なく恋しちゃってると思うのだが、当の渡澄さんは全然気づいていないようだ。今も私の体調を第一に気にかけてくれている。
――自身に恋する男の子には全く興味を抱かず、常に私の心配を……何かここまで好かれるようなことはしただろうか? 逆に不安になってくる。
疲れと眠気のため、ネガティブスイッチがややオンになる。
これは早めに寝ておかないと、変なことを口走ってしまいそうな気がする。
私は彼女の好意に甘え、「じゃあ寝かせてもらおうかな」とソファに横になった。
横になり目を閉じた途端、あっという間に眠気が全身を包み込んだ。
今にも飛びそうな意識の中、ふと、直前の厚木と黒瀬の会話が蘇る。
二人とも渡澄さんのことはちゃんと女性として意識していたみたいだけど、私のことはどう見ていたのか。私も見知らぬ男二人の中に、女一人と、渡澄さんと同じ状況だったのだけど。
いやまあ、あっちと違ってこっちは年下の男の子二人だったから、きっと誰も気にしなかったのだろう。うん、絶対そうに決まっている。そうじゃないわけがない……。
睡魔が意識を侵食しきる直前。ちらりと目を開けると、渡澄さんと黒瀬が並んで会話しているのが見えた。
ハイキングの途中仲間とはぐれ、山中をうろうろして見知らぬ館に着いてから二日目の朝。
交代制のため長時間眠ることはできなかったものの、それなりに体力は回復してくれた。
談話室のメンバー全員が目を覚ましたところで、早速他のメンバーに異常がないか調べに行く。幸いにも誰一人消えることもなく、無事に再会することができた。
それからはまた昨日のグループに分かれ、グループごとに館を調べていく。こちらは残念なことに、館の扉は開かないままであり、今日も館から出ることはできそうになかった。
お昼ごろに一度情報交換を行ったりしたが、誰からも有益な情報は出ず。
午後もそれぞれ館をうろつくも収穫はゼロ。特に事件が起きるわけでもなく、あっという間に夜を迎えることになった。
まだ食料は残っているため、危機感はそこまで漂っていない。しかしこの状況が続けば、そんなことも言ってはいられなくなる。
それぞれ焦燥感を募らせる中、しかし何もできず就寝の準備が始まる。探索することもなくなったのか、昨日よりかなり早めに厚木達のグループから私たちのグループに渡澄さんがやってきた。
多少余力の残っていた私たち四人は、軽く今後についての話を行うことにする。とはいえ有益な意見など特に出ず、だらだらと時間だけが過ぎていく――と、そんな時。昨日と同様の、体が浮き上がるほどの衝撃が館を襲った。