恋する男の子は可愛い
再び舞台は玄関ホール。
一階、二階、三階と、かなり徹底的に部屋を調べてみたが西郷の姿は見当たらなかった。奇跡的な偶然ですれ違うことも踏まえ、今回は一人が常に通路で監視を行っていたため、見落としはあり得ない。
西郷は館から忽然と消えてしまった。そのことを全員が事実として共有することとなった。
そこで改めて、館の出入り口の扉が開かなくなったことも皆に共有。それが事実であること、そしてその対策を含めて、全員が玄関ホールに集結していた。
「困ったときは突進あるのみ!」
何度かドアノブを捻って開かないことを確認した後、新菜ちゃんはそう叫んで扉に突っ込んでいく。そして「ゴチーン」という漫画のような音を立てて扉にぶつかり、その場に崩れ落ちた。
姉である伊緒ちゃんが慌てて彼女に駆け寄る。
当然すぎる結果に各人からため息が漏れる中、仕切り直すように渡澄さんが口を開いた。
「新菜さんが体を張って調べた通り、館の扉は開かなくなっています。加えて西郷さんも姿を消してしまいました。この二つが同時に起こったことを考えても、偶然だとは非常に考えづらいと思います。西郷さんが以前言っていたように、私たちは何かしらの目的の元、ここに集うように仕組まれた。そう考えてこれから行動したほうが良いのではないでしょうか」
元は西郷の唱えていた「黒幕存在説」。それを再び渡澄さんが口にするも、受け入れ難いのか皆困惑した表情を浮かべた。
私も正直その一人だ。この館に着いて以降、偶然と呼ぶには無理があるような不可思議な状況が続いている。渡澄さんの言う通り、何者かの意思が働いているのかもしれない。だけど――
「何かしらの目的とは何なのかね。私たち遭難者をひとところに集めて得をする人間がどこにいる。まさか西郷という男が言っていたように、私たちに殺し合いでもさせるつもりだとでも?」
いささか腹立たしいが、私が考えていたのと全く同じことを厚木が代弁する。
そう。前回西郷が言っていた際も同様だが、動機の面からどうしてもこの説を信じることができない。相当頭の狂った金持ちでもいれば別だろうが、そんな狂人現実にいるとは思えない。それに、私たちをこの館に導いた者がいたとすると、それはそれでこちらへの接触がなさすぎる。これでは相手の目論見通りに私たちを動かすことすらできないのではないか。
こうした理由から、黒幕的存在を考えようとするのにどうしても納得できないものを感じてしまう。
悩んだ表情を見せるだけで、誰一人渡澄さんの言葉に賛同する者はいない。さらに彼女の意見を封じ込めるような考えを、白杉が口にした。
「さっきから複雑に考えすぎていると思うが。どの事象も分けて考えれば、ちょっとした偶然の連鎖で済ませられる。まず西郷は何か理由があって館の外に出ていた。その時あの強い地震が起こり、館の扉が歪み開かなくなった。結果西郷は館に戻れなくなり、現在館内のどこにも姿がない。これで全て説明がつくだろう」
「……この雨の中、西郷さんが館の外に出ていた理由は何ですか?」
「そんなことは知らん。だが、何者かが私たちをここに閉じ込め、西郷をどこかに消したと考えるより遥かに自然な考えだと思うが」
「……」
納得いかない様子ながら、反論の言葉が思い浮かばず、渡澄さんは軽く唇をかんで黙り込む。
気持ち的には彼女に味方してあげたいけれど、白杉の言葉は正論だ。少なくとも彼の発言が間違っていると言えるような根拠は何もないため、ここで無理に反論しても対立を深めてしまうだけになってしまう。
悔しいけど、今は偶然が重なったということにしておいて、扉を開けることだけに注力したほうがいいかもしれない。
私は渡澄さんの肩にそっと手を置き、今は引くよう促そうとし――
「あのさー、偶然でまとめようとしてるとこ悪いんだけど、僕たちが第三者の意図でここに連れてこられたことは間違いないよ。ね、お姉さん」
「え!」
突然黒瀬が私の方を見て同意を求めてくる。
はて、私たちがこの館に連れてこられた証拠なんて何かあっただろうか? 突然指名されたことへの驚きもあるが、全く何も思い浮かんでこない。
私がおどおどするだけで言葉が出てこないのを見て、黒瀬はイライラした表情を浮かべる。そして机を叩きながら「揺れの直前の会話、もう忘れたの?」と言ってきた。
あのどでかい衝撃の直前……そう言えば黒瀬と何か話していた気がするけど、何を――あ、あれか!
私は黒瀬の言っていることをようやく思い出し、はっと目を見開いた。
「そう、そうだった! 私たちがこの館に着いたのが、遭難してつい迷い込んだ結果って言うのは絶対にないんです! えっと、厚木……さん。あなたもハイキングの途中に皆とはぐれたって言ってましたけど、具体的に何県のなんて山ではぐれたか覚えてますか?」
厚木は怪訝そうな顔でこちらを見るも、答えてくれる。
「突然何を分かり切ったことを聞いてくる。北海道の大雪山に決まってるじゃないか」
「えー北海道! 私たちが登ってたのは新潟の山だよ!」
予想通り、厚木も私とは全く違う山を登っていた。どうやら小鳥遊姉妹も全然違う山を登っていたらしく、驚きの声を上げている。
ちらりと他のメンバーを見まわすと、渡澄さんも日車も呆気にとられたような表情を浮かべていた。唯一白杉だけは眉をピクリと動かしただけで、大して動揺していない。彼の場合気付いていた――わけではなく、自分がそもそもどこの山に登っていたか知らなかったとかありそうだ。
それはそうと、この館にたどり着く直前まで、全員違う場所にいたのは確定的。となれば、これまで偶然だと思えてきたことは偶然でなかったことになる。
つまり今の状況は何者かの意思によるもの。これで誰もが、渡澄さんの意見を否定できなくなった。
しばらく場がざわつく。
その喧騒を唯一最初から予見していた黒瀬が、「あーごほん」と、やや大きめの声を出し、皆の注目を集めた。
「色々信じがたい点はあると思うよ。僕自身、この場にいる全員がグルで、僕のことを騙そうとしてるんじゃないかなんてことも考えたし。でもまあ、そっちの方があり得ない話だからね。認めたくはないけど、僕たちはよく分かんない奴の遊び――実験? に巻き込まれてる。だからこれからは、渡澄さんの言う通り、何か起きる前提で動いた方がいいと思う。そしてそれに対処できるような方針も決めておくべきだ」
「お、おお」
単純に顔がいいだけの生意気なガキかと思っていたが、ちょっと考えを改めなければならなそうだ。
でも、私は気づいている。ここまで彼が話をしてくれたのは、全部渡澄さんのためだということを。さっき渡澄さんの名前を呼ぶとき、ちょっとだけ照れたような視線を彼女に送っていた。
きっと彼女の意見が誰からも賛同されず、一方的に糾弾されているのが耐えられなかったのだろう。そうでもなければ、もっと早い段階でこの話をしていたはずだ。
恋する男子は可愛い。私はこっそり、黒瀬に対し親指を立てておいた。