閉ざされた館
「見てない……けど。もしかして、二階にも三階にも西郷さんいなかったの?」
「ええ……。途中ですれ違ってる可能性も考えて、皆と合流した後に一階も見て回ったんだけど、誰もいなかったから。てっきりこの部屋にもういるものと思ってたのだけれど」
どうやらかなり時間がかかったのは一階も見て回っていたからのようだ。そのことに少し安堵するも、西郷の行方に関しては私も全く心当たりがない。
本当に偶然、絶妙なタイミングで私と渡澄さんとすれ違い、どこかの部屋に入ってしまったのか? でも彼のこれまでの行動を考えるなら、むしろ真っ先に談話室に来そうなところ。もし動ける状態にあるというのなら、今ここにいないのはおかしいことに思えた。
まさかの消失事件。西郷が予期していたような事件が、彼自身の身に降りかかったというのだろうか?
「ええと、取り敢えずもう一度手分けして探してみる? 絶妙なタイミングですれ違っただけかもしれないし」
「そうね……。可能性は低いと思うけど、もう一度手分けして探してみましょうか」
あまり納得は言っていないような顔つきだが、渡澄さんは小さく頷く。
するとすぐさま、元気よく新菜ちゃんが手を上げた。
「はいはーい! なら私たちは三階の捜索担当します! たぶんこの中で一番元気なの私たちだし、せっかくゲットした部屋を他の人に奪われたくないし! お姉ちゃんもそれでいいよね!」
「そうねえ。わざわざまた三階まで上がりたいって人もいないでしょうし、異論はないかな」
「じゃあシュッパーツ!」
談話室に来たばかりだというのに、早くも小鳥遊姉妹は部屋を出ていく。まあ二人の様子を見るに、幸いにも怪我をしていることはなさそうだ。ここは有難く三階を任せてしまうことにする。
続いて、こちらも怪我一つなさそうな厚木と白杉が口を開く。
「なら私は外を見て来よう。もしかしたらさっきの地震で土砂崩れが起きるやもと心配し、外に確認しに行った可能性もあると思うからな」
「では私は二階を見てくる。仮に隠れているとしたら、屋内庭園の花の中だろう」
こちらがその提案に応じる前に、二人は歩いて行ってしまう。
さらにソファの方からは、
「僕はまだ頭が痛いからここで休んでるよ。また入れ違いになっても困るだろうしね」
黒瀬がやる気のない声を上げる。
ちらりと部屋の隅を見てみると、まだ日車はうずくまったまま動き出す気配はない。
全く、なんと協調性の欠けた奴らか。中学時代、『単独行動の鬼』と言われた私の方がまだ協調性がある気がする。
私は俯いて大きくため息を吐く。するとこちらを気遣ってか、渡澄さんが「まあまあ」と宥めるような声をかけてきた。
「皆西郷さんを探すことには協力してくれるみたいだから、そんなに怒らなくても。それにまずは、全員大きな怪我をしてなかったことを喜びましょう」
「別に怒ってるわけじゃないけど……。まあそれもそうだね」
渡澄さんは本当に懐が広い。あんな自分勝手なメンバーだ。きっと彼らをここに呼ぶのだってそれなりに苦労したと思うのに、今も疲れた顔一つせず気を配り続けている。
こんな場所だからこそ、多少は私も彼女を見習った方がいいかと、私は心の中で軽く発破をかけた。
「じゃあ私たちも探しに行こっか。三階は小鳥遊姉妹で、二階は白杉さん、外は厚木さんみたいだから、私たちは一階を見て回る?」
「うーん……私は二階に行こうかしら。天使の庭も悪魔の庭もかなり広いし、もし本当に西郷さんがあの庭園に隠れているのだとしたら白杉さん一人じゃ大変だと思うから」
「それはそうだけど、大丈夫? さっき一階から三階まで往復してきたんだし、渡澄さんだって疲れてるでしょ? 私もかなり足の疲れ取れてきた気がするから、今度は私が二階でもいいよ」
「いいの。それに本当のことを言うと、深倉さんが何度も階段で転びそうになってたのが少しトラウマになってて、あまりあなたに一人で階段を上って欲しくないのよ。だから私が行くわ」
「うう、そう言われると何とも返し難い……」
確かに知り合いが何度も階段から転びかけるのを目撃した後では、そういう気分になってしまうのも仕方ないかもしれない。
本来なら自分のことだけで精一杯なはずなのに、ずっと私のことを気にかけさせてしまっているのは本当に申し訳ない。
山から下りれたら必ずお礼をしよう。そんな若干死亡フラグっぽいものを立ててから、私は素直に彼女の言葉に従うことにした。
行先は違えども、階段まではせめて一緒に行こうと同時に部屋を出る。そして玄関ホールに目を向けたところ、私は「あれ?」と声を出した。
玄関ホールには、とっくに部屋を出ていた厚木と白杉が立っていた。
あの二人で会話が成り立つのかと、ややどうでもいいことが頭をよぎる。
遠目で見た感じ、白杉の方は落ち着いた様子だが、厚木はかなり興奮しているのか両手をばたつかせている。
これはどうやら面倒ごとの予感。私たちは急ぎ足で二人の元に駆け寄った。
「どうしたの? また何か事件が起きた?」
厚木は体全体を私の方に向け、肩を掴みかからん勢いで迫ってきた。
「君! 大変なんだよ! 館の扉が開かないんだ! どうやら私たちは閉じ込められてしまったらしい!」
「と、閉じ込められた?」
体を引いて厚木から距離を取りつつ、私も驚きの声を漏らす。
西郷がいなくなった上に、さらに閉じ込められるなんて……それが事実なら、間違いなく何者かの悪意が働いていることになる。
まずは厚木の言っていることが本当か確かめなければと、扉のノブを握る。ガチャガチャと捻ったり押したり引いたりしてみるが、全く開く気配はない。私が諦めてノブから手を離すと、「私もちょっといい?」と渡澄さんも同じように開くかどうか試し始めた。
しかし結局扉は開くことはなく、広間で途方に暮れる人数が増えただけになった。
「さっきの衝撃で扉が歪んだのだろう」
大げさに慌てふためく厚木とは対照的に、澄ました表情で一連の流れを見ていた白杉が言う。
それが事実だとしてもかなり大問題だと思うのだが、どうしてこうも落ち着ていられるのか。もしかしたら何か脱出方法でも思いついているのかと、私は少し期待を込めて彼に問いかけた。
「扉が開かないと私たちこの館から出られないし、かなりピンチだと思うんですけど。白杉さん、もしかして何か解決策を思いついてるんですか?」
白杉は眼鏡を鈍く光らせつつ、私を見下ろした。
「いま扉が開かないことを知ったんだぞ。解決策なんて思いついているわけがないだろう」
「えと、じゃあなんでそんなに余裕そうなんですか?」
「まだ何も試していないからだ。余裕をなくすのは万策尽きてからで十分だろう」
「はあ、まあ……」
言っていることは正しい気もするが、どこか納得がいかない。本来なら開いて当然のはずの扉が開かない。それだけで十分慌てる理由にはなると思うけれど――まあ厚木は大げさすぎだが。
「取り敢えず、一旦皆さんを呼んでくるべきでしょうか? 白杉さんの言うようにさっきの衝撃が原因かもしれませんが、西郷さんが消失してしまったことも考えると、ただの事故とも思えません。少し警戒レベルを上げたほうがいいと思います」
渡澄さんが真剣な表情で提案してくる。
私も彼女と同意見だったため頷こうとしたが、「それよりまずは西郷を探すのを優先すべきだろう。今招集をかけては二度手間になりかねない」と白杉が異論を唱えた。
まあ全員を呼び集めたところで、扉を開ける方法がすぐに出てくるとは思えない。だったらまずは、今起きている現象を一つ一つ確定させていく方が重要な気がする。
私も渡澄さんも彼の言葉に賛同する。唯一厚木だけは、「あんな男はどうでもいいからまずは扉を開けるべきだ!」と言って聞かなかったので、彼を放置して三人で西郷の探索を行うことにした。