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迷い子の館の殺人  作者: 天草一樹
迷い込んだ館
13/63

結論としては自由行動

「あのー、申し訳ないですけどそれ、断らせてもらってもいいですか?」


 危険から身を守るための協力関係の申し出。

 まだしっかり考えをまとめられていない者(私とか)もいる中、真っ先に伊緒ちゃんが否定の声を発した。

 西郷は不満げなそぶりを見せることもなく、淡々とその理由を尋ねる。


「なぜだ。俺の話は信じるに足りないものだったか?」


 伊緒ちゃんはゆったりと首を横に振った。


「そんなことないですよ。少し信じがたい話も含まれてはいましたが、嘘をついているようには見えませんでしたし、むしろあなたの考えは正しいんだろうなって思いました。でも、だからこそ。皆さんと一緒に行動するのは危険かなとも思いまして」


 伊緒ちゃんは隣にいる新菜ちゃんの手をぎゅっと握る。


「私たちが何らかの方法でこの館に誘導されたとして、果たして誘導した人は今どこにいるんでしょうか? どこか遠くで、この館に取り付けられた隠しカメラから眺めている? それとも誘導すること自体に意味があって、今の私たちには何の関心もない? いえ、私はそうは思いません。きっとこの中に紛れて、私たちの反応を直に窺っている。そう思えてならないんです」

「だから妹以外の奴のことは信用しないし協力しない、と」

「はい。でも、もし本当に事件が起きたのなら、その時は探偵として力をお貸しします」

「そうか、分かった」


 提案した張本人の割に、やけにあっさりと引き下がる。元から反対する人が出ると予想していたのだろうか。

 少し西郷の対応に疑問を抱いていると、新菜ちゃんが元気よく立ち上がった。


「ていうか皆不安がり過ぎだと思います! 確かにおかしな偶然重なってるけど、別に異世界に飛ばされたわけでもないんだし気にし過ぎ! 一日でこの館までたどり着いたんだから、今日じっくり休んで、明日の朝山を下りれば万事解決じゃん! というわけで私は体力を回復させることが一番だと思うので、これから三階のベッドで寝たいと思います! 行こう、お姉ちゃん!」

「え、ちょっとそんなに引っ張らないで……。すみません、そういうことなので失礼しますねえ」


 妹に引っ張られ、伊緒ちゃんも談話室から出ていく。

 やや唖然と二人が去っていくのを見送る私たち。

 意外にも――というと失礼かもしれないが、新菜ちゃんの発言がかなり理に適っているように思えたため、二人が去ってからも、すぐには誰も口を開かなかった。それどころか、次に口火を切った人物――白杉も、彼女たちを真似て部屋の外へと歩き出した。


「彼女が言っていたように、私も今の状況に危険を感じてなどいないし、そんな陰謀論など信じることはできない。そもそも私はフィールドワーク中に道に迷っただけで、特に遭難した覚えなどない。朝になれば勝手にこの館からも出ていくため、私のことは気にせず話を続けてくれ」


 フィールドワーク中だろうが何だろうが、山で迷子になることを遭難と言うんじゃなかろうか?

 しかしその点には誰も突っ込まず、西郷も彼を止めなかったため、あっさりと談話室を出て行ってしまった。

 さらに日車と厚木までもが、


「にゃあの言うことを信じずに勝手に動くなら好きにするにゃ! にゃあも勝手にさせてもらうのにゃ!」

「私も失礼させてもらおうか。よく考えてみれば、この程度の事態に動揺する方が愚かだったな。こういう時こそどっかりと構えておかなければな」


 それぞれ勝手なことを言って部屋を出て行った。

 あっという間に残っているのは四人だけに。ほとんどまともな話し合いも情報交換も行えなかったわけだが、一体どうするのか。

 西郷は小さくため息をついた後、一応と言った様子で声をかけてきた。


「もうこんなことを言う雰囲気じゃないと思うが、どうだ、お前たちだけでも協力関係を結ばないか」


 私と渡澄さんは顔を見合わせ、お互い曖昧な笑みを浮かべる。


「その、協力関係というより、普通に何か進展があったら教え合う関係、でもいいかしら? 一人で行動しないよう、できるだけ深倉さんと一緒にいるようにはしておくから」

「そ、そうそう。それなら別に問題ないですよね?」

「……そうだな。ただ、常に気を張っていろとは言わないが、くれぐれも油断はしないでほしい」


 やはり無理に誘おうとはせず、西郷はすぐに私たちの提案を呑んでくれた。

 それからちらりと、いまだ机に突っ伏している黒瀬を見る。しかしこちらは聞くまでもないと考えたのか、何も言わずに目を伏せると、西郷もまた部屋を出て行ってしまった。

 この場に集合をかけた者もいなくなり、完全に話し合いはお開きとなる。まあ結論として言えば、『怪しいは怪しいが何か起きるとも思えないから各自自由行動』ということなのだろうけど、本当にこれでよかったのだろうか?

 今更ながら、微かに不安を覚え、私は腕に爪を突き立てる。痛みから多少気が楽になったところで、渡澄さんに目を向けた。

 成り行き上、なんとなくこれから一緒に行動することになったわけだが、大学が同じというだけで別に仲がいいわけではない。彼女は私のことを知っていたらしいが、私からしたら初対面と変わらない。

 はて、これからどうしたものか。

 少し気まずくて、声もかけられず適当に部屋を眺める。

 渡澄さんも同じ気持ちなのか、ソファに座ったまま何も言ってこない。

 しばらくの沈黙。

 一人で静かな場所にいる分には何も感じないが、他に人がいる中での沈黙は凄く気まずく感じる。

 私は耐え切れずきょろきょろ見まわした結果、なぜかまだ部屋に残っている黒瀬に声をかけることにした。


「あの、なんでまだ部屋に残ってるんですか?」


 声をかけるのは初めてなため、変に上ずった声になってしまう。

 黒瀬は机から顔を上げず、視線だけを私に移した。


「別に、これ以上動くのが面倒だったから」

「でも休むのなら部屋に行った方が……」

「ここ以上に居心地のいい部屋なくない? さっき二階の真っ暗な部屋で寝てたけど、正直寝心地良くなかったし。その点ここのソファはふかふかで凄く寝心地が良さそうだから」

「三階に行けばベッド付きの客室あったけど……」

「そうなの? 階段上るの面倒だから三階まで見に行ってなかったな。まあここから三階まで上がるのだるいし、僕はここでいいよ。じゃあお休み」


 そう言うと、黒瀬は机から顔を離しゴロンとソファの上に横になった。

 何というか、圧倒的怠惰感。もしかしたら西郷に背負われて階段を下りてきた時も、歩くのが面倒で寝たふりをしていただけんじゃないだろうか。

 本当に、個性的なメンバーが多い。

 私は疲れて「はあ」とため息をつく。それからふと、寝る場所をどうすべきかという考えが頭に浮かんだ。

 三階にはベッド付きの客室があったが、それも二部屋だけ。小鳥遊姉妹はたぶん二人で一つの部屋を使うだろうけど、それにしたって空いてる部屋はあと一つしかない。

 私たち女性陣を気遣って、部屋を空けたままにしておいてくれる……そんな優しさを、この館にいる男たちに期待できるとは思えない。特に厚木と日車。あの二人のどっちかが部屋を占有しているような気がしてならなかった。

 あの二人と舌戦をしてまで部屋を取りに行くのは正直だるい。となると私も、ソファの上で寝ることになるのだろうか?

 軽くソファを触って寝心地を確かめてみる。と、ついに渡澄さんが声をかけてきた。


「深倉さん。もう少し休んで疲れが取れたら、厨房に行かない? 不法侵入した上に、勝手に食材まで使うのはまずいとも思うけど、少しでも体力を回復させた方がいいと思うから」

「え、ああ、そうですね……」


 私は背負ってきたリュックの中身に、ほとんど食料が入っていないことを思い出す。日帰りの軽いハイキングの予定だったため非常食もなく、食料と言えば途中のコンビニで買ったグミぐらいしかない。

 私は急に空腹を覚えだしたお腹に手をやると、一抹の罪悪感を追い払い、彼女の提案に乗ることにした。


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