これは仕組まれたこと?
「さて、ようやく全員集まったな。お互い遭難した者同士、これからのことを少し話しておきたい」
談話室に集まった、計九人の遭難者。
彼らをぐるりと見まわしながら、西郷は話を切り出した。
「まずは一度確認をしておきたい。先に話した感じでは、誰一人として外部に助けを呼べる連絡機器を持っていないとのことだったが、間違いはないか」
私を含め、それぞれ曖昧に頷いていく。
「なら次に、この館についての情報も共有しておきたい。全員一通り館内は探索してみたと思うが、その際に連絡機器や、この館の持ち主についての情報を得た奴はいるか?」
またも全員が緩慢に首を振る――かと思いきや、元気よく応じる声が一つ。
「はいはーい! 館の主さんの趣味はズバリ絵と仮面集めだよ! それに園芸も好きなんだと思います! この館を調べてピンときちゃったね!」
美少女双子探偵の片割れこと、小鳥遊新菜ちゃんが自信満々に誰でも思いつくような推理を披露する。
幾人かがため息を漏らす中、彼女につられてまた一人声を上げる者が。
「それは違うのにゃ! ここは死後の世界の待合室なのにゃ! 皆だって見たはずにゃ! 二階にあった天使と悪魔がたむろする花園を! あれこそここが死後の世界であること示す証拠にゃ!」
「ちょっと何言ってるの! ここが死後の世界のはずないでしょ! 私もお姉ちゃんも死んだ記憶なんてないんだから!」
「死ぬ直前の記憶なんて基本残らないものにゃ。皆もいい加減認めるにゃ。今の時代に連絡機器の一つもない館に、偶然連絡機器を持っていない遭難者が集まるなんてあるわけないのにゃ。にゃあたちは既に死んでるのにゃ」
「違う違う絶対にそんなことない! 私がもし本当に死んでたら絶対に天国一直線だもん! こんな変な館に来るはずないもん!」
「残念にゃけど、きっと死んだ場所が関係してるのにゃ。山で遭難して死んだ人は皆この館に集まるようになってるのにゃ」
「絶対違うー!」
全く論理的でない二人のどうでもいい言い争い。
ほとんどの人が呆れた様子で会話を聞き流している。
かくいう私も日車の語尾にイライラするばかりで、全然内容は頭に入ってこない。ちょっと前にあれだけ論破されておきながら、性懲りもなくまだ全員死亡説を唱えるとは。
というかにゃあにゃあ言うのは気色悪いから本当に止めて欲しい。もう一度涙目になってもらおうか。
そんなことを考えていると、
「だから違うってば! 大体ここが死後の世界なら、いま私たちが現世の道具持ってるのおかしいじゃん! ほら見てよ! ちゃんとここに探偵七つ道具だってあるんだから!」
新菜ちゃんは死んでいない証拠にと、ポケットや服の裏側、靴の中から探偵七つ道具とやらをぽいぽい取り出してきた。
その中には小型の無線機のようなものもあり、散漫になっていた皆の注目が戻ってくる。
それを好機と見たのか、西郷も二人の言い合いに割り込んできた。
「ここが死後の世界だとするなら、小鳥遊妹が言っているように生前の道具を持っているのは違和感があるな。それに五感を持ち、肉体もそのままというのも、死んでいるとするにはやはり無理があるだろう。ここからは生きていることを前提に話を進めたいと思う」
「な、ちょっと待つにゃ――」
日車は抗議の声を上げようとするが、この場に彼の説を支持する人はそもそも一人もいない。
誰も彼の言葉には耳を貸さず、西郷の話が通された。
「しかし日車が言う通り、今の状況は偶然というにはあまりに異常な事態が重なっていると言える。俺はこれが何者かによって引き起こされた結果だと考えている」
「何者かとはいったい誰だ? こんなことをして得になる人間なんておらんだろう」
お風呂に入り湯上り状態の厚木が言う。因みに、渡澄さんから厚木が風呂に入っていることを聞いた西郷が、結局呼びに走ることになった。
厚木の問いかけに対し、西郷はこともなげに答える。
「何を得と考えるかは人それぞれだからな。まあ今の状況が人為的に導かれたとするなら、相手はかなりの大物だろう。四大財閥のどれかじゃないか」
「な、何を馬鹿な!」
西郷の一言に、体を大きく仰け反らせて厚木は狼狽えた声を出す。いや、厚木ばかりではない。私を含めたこの場にいるほぼ全員が驚きの表情を浮かべていた。
四大財閥――金光・如月・八雲・天上院をそれぞれ頂点とする、実質的に日本を牛耳る最高組織。日本人なら誰でも知っており、同時に憧れを抱いている日本国のトップ集団。
このどの財閥であっても、これぐらいのことは容易に仕組めるだけの権力を持っているため、黒幕(本当にいるならばの話だけど)としては納得がいく。
しかし、でも、そんなことって……。
西郷の言葉をまるっきり信じたわけではないのだろうが、厚木はどこかそわそわとした様子で姿勢を正し始めた。
「ま、まあ、四大財閥がこんなふざけたことを――あ、いや、こんな奇妙なことをするとは思えないが、もしこれが偶然でないとしたら、確かに関りはなくないかもしれないな」
どこかで今の状況を四大財閥が見ているかもしれない。そんな妄想が脳裏をよぎり、態度を改めたようだが――今更遅いだろう。
もう十分不遜な態度で人と接しているのを見られているわけだし、ここから評価を上げるのは不可能に近いと思う。いやまず、四大財閥が関与しているというのが本当とは思えないけど。
「あのさー、なんで四大財閥がここで出てくるのかよく分かんないんだけど。ていうか人為的に、どうやって遭難者を同じ館に誘導するって言うの?」
不意に、少し間延びした、緊張感のない声が上がる。
この声は初めて聞くなと思い顔を向けると、机に突っ伏した状態の黒瀬の姿が視界に映った。
見た目の美少年さを裏切らない、やや高めの中性的な声音。
これは確実にファンクラブがあるなと確信を強める私をよそに、西郷はあっさりと首を横に振り、「それは分からない」と言った。
「いくら四大財閥とはいえ、俺たちがいつどこで遭難するかまで見抜けるわけないからな。どんな方法でこの館へ誘導したのかは想像もつかない。ただ、どうして四大財閥の名前を出したかの理由なら簡単だ。俺は以前、奴らによって奇妙な館に監禁され殺し合いのゲームを強制されたことがある。だから今回も、奴らの仕業なんじゃないかと考えたんだよ」
「殺し合いって……」
西郷の突飛すぎる話に、誰一人としてしっかりとした反応ができず固まってしまう。突っ込もうと思えばいろいろと突っ込めそうだが、なんとなく踏み込んではいけない気がして誰も口を開けない。
西郷自身その話について深く掘り下げられたくないのか、すぐに話を変えてきた。
「いずれにしろ、俺が言いたいのはあまり一人で行動すべきではないってことだ。俺たちが偶然ここに集まっただけなら、それぞれどう動こうがそこまで危険性はない。だがそうでなく、仕組まれて集められたのなら、この先何かしら厄介なことが起きるだろう。死にたくない、危ない目に遭いたくないというなら、ここでしっかりとした協力関係を築いておくべきだ」