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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第三話 夏の伝説④

 次の日から、僕は毎日、展望台で海子に会って話をした。

 

 海子は不思議な話をたくさんしてくれた。

 僕は疑うことなく、それを受け入れた。海子には不思議な能力があるのであろうと、僕は確信していた。


 海子は楽しい話もしてくれるのだが、最初に出会った時に感じた彼女にまとわり付いているような寂しさの影は、一時たりとも消えることは無かった。




 楽しい日々は光陰のように過ぎ去る。

 夢のような毎日が続いていたが、それは別れの日が近付くことでもあった。




 ・・・夕日が海子の横顔を赤く染めている。彼女には夕日が似合っていた。


 「明日でお別れね」


 海子が言った。


 僕は黙って下を向いた。



 新学期は二日後から始まる。

 僕は明日の朝の電車で帰らねばならなかった。


 「連絡先を教えて下さい。僕、電話しますから」


 これまで何度も言った言葉を、僕は繰り返した。



 海子も、その度に繰り返した仕草をした。

 黙って首を横へ振ったのである。



 「私も、明日は旅立とうと思っているの・・・遠い場所へ。もう会えないわ」


 海子は右手を僕の前に出した。

 僕は少しためらった。別れの握手だったからである。



 僕は泣きそうな顔をして海子の手を握った。

 温かい手であった。


 海子の幅広の白い帽子が、風に飛んでしまいそうに震えている。海子の愛用の帽子だ。

 これから同じような帽子を見る度に海子を思い出すだろう。


 ・・・別れの時であった・・・。





 次の日の朝、駅まで送ってくれた祖母に別れを告げ、発車のベルの鳴る電車に飛び乗った。

 早朝と言うこともあって電車の中は空いていた。


 ゆっくりと電車が動き始め、窓の外を街並みが過ぎて行く。


 僕は海岸側の席へ座った。

 

 家並みがまばらになり、海が良く見えて来た。空は快晴で朝日を浴びた青い海がキラキラと煌めいていた。



 僕は身を乗り出して岬の展望台を見た。

 海子がいるかもしれないと期待を込めて。


 「いた!」


 展望台の先端の柵の側に、白い帽子をかぶった小さな人影が見える。

 遠くで豆粒ほどにしか見えないが、間違い無く海子であった。

 僕は立ち上がり、窓に張り付いて手を振った。海子が手を振っているように見えたからである。



 その時、海子の幅広の白い帽子が風に吹かれて飛んだ。



 海へ向かって飛んだ帽子を海子の白い手が追う・・・海子の身体が柵を越えた時、海子は白い朝の光に包まれた。

 海子は白く輝く泡になり、帽子の後を追ってキラキラと煌めきながら海へ落ちて行った。



 電車がトンネルに入り、チャンネルが切り替わったかのように、唖然とした僕の顔が電車の暗い窓に映っていた。

 今の出来事は夢ではなかったのか・・・。




 大阪に帰った僕は、その日のニュースに夕刊を調べ、祖母の家にも電話をし、警察にまで電話をして海子の情報を尋ねたが、全く何の情報も得られなかった。


 そして後になって知ったことだが、祖母も祖母の知る限りの土地の人も、誰も海子のことを知らなかった。

 狭い土地なので、あれほど目立つ女性が誰の記憶にも残っていなかったのは何故なのであろう。


 僕はアンデルセンの童話を思い出した。


 (恋を求めて陸に上がった魚もいたけれど・・・それは遥か昔の伝説・・・今は陸には死に場所しか無いわ・・・)


 海子は、あの時そう言った。



 

 王子との恋が実らず、泡となって消えた人魚姫の伝説。

 海子は陸に死に場所を求めた人魚だったのか。






 誰もいなくなった大阪駅のプラットフォームに、私は和歌山行きの切符を握りしめて立っていた。

 待っていた電車は既に発車してしまっている。


 もし、今の私が、あの岬の展望台に立ったなら、彼女は変わらぬ姿を現わしてくれるだろうか。

 それとも、もう二度と会えないのであろうか。

 私は結論を出すのが怖かったのかも知れない。



 私は、くしゃくしゃになった切符をポケットに入れると、誰もいない出口への階段を降りはじめた。



 しとしとと、大阪の街に雨が降っている。

 この階段を、同じ気持ちで降りるのは何度目だろう・・・。



 私の伝説を秘めた夏が、今年もまた、静かに過ぎて行こうとしていた。

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