表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新・魔風伝奇  作者: ronron
8/46

第三話 夏の伝説③

 岬の頂上にある展望台と呼ばれている空地は、直径が二十メートル程度の円形の広場になっている。広場には擬木で造られたベンチが三基。設置されていた。

 周りは低い松の木で覆われていて、岬の先端方向だけは断崖絶壁になっており、そこだけは高さ一メートルほどのステンレス製の柵が設置されていた。


 ここからは海だけでなく、M市の町も一望できる。遠くに電車が走っている様子が見えた。



 僕が広場に着くと、彼女はステンレスの柵に手を掛けて海を見ていた。

 数歩先は数十メートルの高さの崖である。風に吹かれて幅広の帽子が震え、長い黒髪が風になびいていた。



 彼女は僕が後ろにいるのに気が付いているのかいないのか。じっと海を見詰めている。

 大海原には黄昏が近付いていた。



 不意に彼女が振り向いた。

 改めて見ても感心してしまうほどの美人であった。


 「あの・・・僕は水野信也と言います。高校一年生です」


 何を言ったら良いか分からず。口から自己紹介の言葉が出ていた。


 (この後、何を言ったら良いんだ)


 

 困っている僕を見て、彼女は小さく笑って言った。


 「私は・・・海子」


 「うみこ・・・さん」


 「大海原の海に、子供の子。・・・変な名前と思う?」


 「いえ。素敵な名前です」


 僕はかぶりを振って必要以上に力を込めて言った。ちょっと力を込め過ぎたかも知れない。顔が赤くなるのが自分でも分かった。



 彼女・・・海子は視線を海に戻して僕を救ってくれた。



 「綺麗な海ですね」


 僕は勇気を出して海子の横へ立って言った。


 「・・・そうね」


 「六年ぶりにここへ来ました。僕の一番お気に入りの場所です」



 僕と海子は、そのまま黄昏が迫る海原を、しばらく無言で眺めていた。



 「さっき・・・」


 「えっ」


 「私が変なことを言ったと思っているでしょう」



 変なこととは・・・魚にも死にたい時がある・・・と言ったことであろうか。

 僕は何と答えて良いか分からず、黙っていた。



 「良いのよ・・・変よね。魚が死にたがっているなんて」


 海子は僕に視線を向けた。


 「でもね。本当のことよ。死にたいことがあるのは人間だけじゃないわ。・・・海の底にも耐えられないような悲しいことはあるわ」


 「なぜ。そんなことが分かるのですか」


 からかうつもりでは無く、僕は真剣に尋ねた。



 「それは・・・それは・・・秘密よ。・・・遥か昔に恋を求めて陸に上がった魚もいたけれど。それは遥か昔の伝説。・・・今は陸には死に場所しか無いわ」


 海子は謎めいた言葉を寂しそうに言った。



 海子は黄金色に変わって行く空を見上げ。


 「もう。帰らなくて良いの・・・日が暮れるわ」


 ・・・それは一人になりたいとの合図であろうか。



 「そうですね。・・・僕。明日もここに来ます。海子さんは?」


 「私も来るわ。私もここが一番好きな場所なの」


 「あの。海子さんは土地の人には見えないですが、どこかに泊まっているのですか」




 海子は僕の問いには答えず、海を見詰めている。

 それが別れの挨拶だったのか。僕は返事を諦めて別れを告げ、砂浜へ続く階段を降りて行った。


 砂浜に降りた僕は、ここへ来た時に打ち上げられていた魚が気になって、その場所を見に行ってみた。

 そして愕然となって立ち尽くすことになる。



 海へ帰したあの魚と、全く同じと思われる魚が、砂浜の同じ場所にいたのである。

 魚は西日を受けて、すでに干からびかけていた。



 (魚にも、死にたい時があるのよ・・・)


 海子の言ったその言葉が、魚を見詰めて呆然と佇む僕の頭の中で、何度も繰り返されていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ