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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第九話 ふしがまり⑤

 「まて、山口。川では金がほとんど見つかった記録が無いこと。洞窟の同じ場所で金が採れたこと・・・見ろ、今気が付いたが、あれほどいた魚がいない」


 弘樹はそう言って地底湖の水中を照らした。光の届く範囲に、ほとんど魚影は見えなかった。


 「何言ってんだよ。お前本当に龍を信じてるのか?人を喰うような生物が、どうやってこんな狭い洞窟の奥にいるんだよ。何を食って生きていられるんだよ」


 それでも何やら言いたげな弘樹を見ると。


 「魚は光を嫌って底の方にいるんじゃないのか・・・嫌ならお前はここにいろ。俺が一人で見て来るから」


 信吉はゴムボートを膨らませに掛かっていた。


 「・・・分かったよ」


 信吉の言うことも最もである。それにここまで来て引き返す選択は無かった。弘樹も手伝ってゴムボートのオールを組み立て始めた。


 

 準備が終わり、ピッケルなどの必要な物をボートに載せ、二人は乗り込むと対岸に向かって漕ぎだした。

 オールを持って「右・左」と交互にリズム良く漕いで行く。


 辺りはヘッドライトが照らす範囲以外は完全な闇の中である。波一つ無い水面を滑るようにボートが進んで行く。


 「これで俺は金持ちだ。飯山にも十分な礼をするからな」


 浮かび上がって来る対岸を見ながら、信吉は先ほどから何度も同じ言葉を繰り返している。



 二人の乗るボートが対岸まであと半分と迫った頃であった。何の前触れも無く地底湖全体の表面が一瞬盛り上がったのだ。

 二人の乗ったボートも持ち上がり、すぐに元に戻った。地底湖の周囲の岸壁に波が当たって白い飛沫がたっているのが見える。


 「何だ!」


 二人はヘッドライトに浮かび上がったお互いの顔を見合わせた。



 弘樹は声に出さずに考えた。


 (何だ今の水面のうねりは・・・地震か・・・違う。水中で何か大きな物が動いたのか・・・)


 思ったことを口に出せなかった。口に出せば信吉だけでなく、自分も恐怖でパニックになるかも知れない。



 「漕げ!」


 代わりに弘樹は短く叫んで、水しぶきを上げてボートを漕ぎ始めた。弘樹は理由を何も言わなかったが、信吉は何も聞かず、青い顔のまま全力でボートを漕いでいる。


 

 静かだった地底湖の空間に、ボートを漕ぐ音だけが異様に大きく響いていた。

 

 次の瞬間。ボートの周りの水面が盛り上がるのを感じた。そして水中からの突き上げる力によってボートは宙に舞っていた。



 スローモーションを見ているような感覚で、弘樹の目に舞い上がったボートや岩盤の天井、水面が交互に見えた。そして水面に一瞬見えた巨大な動く黒い物体は何か!



 湖に落ちた二人の身体を、刺すような冷たい水の感覚が襲った。



 「何だ!何だ!何が起こった!」


 水中から顔を出すなり信吉は叫び、自分の足元の水中にヘッドライトを向けた。透明度の高い澄んだ水の湖底から、猛烈なスピードで上がって来る巨大な黒い影が見えた。


 一瞬浮かんだのは絶望の二文字だった。

 信吉は自分から数メートル離れた場所に浮かんでいる飯山を見た。



 ・・・・・・・・



 湖に落ちて浮かび上がった弘樹は、数メートル離れた場所に浮かび上がった山口を見つけた。


 山口は湖底の方に目をやった後、引きつった顔で弘樹を見た。

 顔には絶望が貼り付いていた。


 「飯山あ!下から黒い」


 そこまで口に出した山口が「ボコッ」という音と水しぶきを残して消えた。

 彼のかぶっていたヘルメットのライトの光が、急速なスピードで湖底に向かって沈んで行き、闇に消えた。


 身長百九十センチもある大男を、何かが楽々と湖底に引きずり込んだのである。



 弘樹は、何かうるさいものが耳のそばで鳴っていることに気が付いた。それは自分の悲鳴だった。

 叫びながら弘樹は対岸に向かって泳ぎ始めた。ケイビングスーツに水がまとわって泳ぎにくい。



 叫んだことで弘樹の頭が冷静に動き始めた。生き残る為に必死に頭を回転させた。

 ・・・同じ場所に落ちていた金のナゲット。魚影が見当たらない地底湖・・・何かこの場を脱する方法は無いのか。



 昔、子供の頃にすずめを獲ったことがある。かごを裏返しにして片方に棒を立て、籠を斜めにして棒には長い紐を結んでおく。

 籠の下や周囲に餌をまいておいて、物かげに隠れて餌につられた雀が籠の中に入ったところで紐を引く。


 自分は籠の中に入った雀ではないのか・・・籠をかぶされた雀には逃げ場は無い。


 必死で泳ぐ弘樹の足が、何ものかに捕えられた。次の瞬間に圧倒的な力で水中に引き込まれた。

 弘樹の目に、自分のヘッドライトが照らす水面が見えた。

 水面はあっという間に上方に消えて行った。


 ヘッドライトの光が唐突に消えると、周りは暗闇の中だった。・・・水が冷たい。弘樹の思考も闇の中に吸い込まれて行った。



 ・・・・・・・・



 ・・・巨大な生き物は、いつからそこに棲み付いたのだろうか。いつもは氷のように冷たい湖底で動かずに潜んでいる。



 腹が減ると魚を大量に食べている。素早く動く魚を大量の水と共に一飲みにして捕えている。

 湖の魚をあらかた食べてしまうと、また湖底に戻り魚が増えるまで冬眠のように、まどろんで時を過ごす。



 冬眠のように長い時間を過ごしているが、たまには大きな獲物を腹一杯喰いたい。

 大昔・・・まだ幼かった頃は洞窟から外に出て食べ物を獲っていた。いつからか身体が大きくなりすぎて地底湖から出て行けなくなったのだが、食べ物はたまに向こうからやって来てくれる。



 湖底にある、小さくて柔らかい石を少しだけくわえて、洞窟の水路に流しておく・・・そしてじっと待っていれば、いつか食べ物がやって来るのだ。



 今も大きな食べ物を二つ食べた。次はいつ食えるのだろう。あの石を再び洞窟に流しておいた。

 食べ物は、その内必ずやって来る。それまで暗いねぐらで寝て待つことにしよう。

 『ふしがまり』とは・・・虎が草むらに伏せて、獲物が近づいて来るのを待っている。と言う意味で付けた題ですが。

 どこで見た物に書かれていたのか思い出せません・・・どこかで見たのは確かなのですが、思い出せません。

 『ふし』は『伏す』で間違いないのですが、『がまり』が何なのか忘れてしまいました。

 ネットで調べても出て来ないのですが、造語ではないと思います。どこかで使われていた物を見たのでね。

 ・・・ああ、思い出せない。




 十話を再開するまでに、思い出せるかな・・・それでは、さようなら・・・。




 2024/11/16

 『伏せかまり』という言葉を見つけました。甲陽軍鑑こうようぐんかんという、戦国大名の武田氏の戦略・戦術を記した軍艦書の中に書かれているそうです。


 それに書かれている『伏せかまり』とは、草むらに潜んで敵情をさぐる者。また、少人数の忍びの斥候を言うそうです。

 別の読み方として『ふくかまり』『ふしかまり』があります。


 先に書いた通り、自分が何かの本で見た時は、虎が茂みに隠れて、獲物を待っている様子のような風に書いてあったと思うのですが、どうやらそれは間違っていて、言葉の出どころは、この甲陽軍鑑だったようです。

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