第九話 ふしがまり④
湿った土の臭いを含んだ空気が漂う根っ子の間を抜けると、ヘッドライトの明かりの中に、黒い口を開けている洞窟の入口が見えた。
淵側の水深は腰ほどあるが、洞窟は一段上がっていて膝下ほどの深さだった。
信吉が言っていた通り魚影が濃かった。緩やかに流れ出ている洞窟の奥からの流れの中を、魚が頻繁に出入りしている。
二人は洞窟に侵入した。二人ともヘルメットをかぶりヘッドライトを付け、背には様々な場合を想定した、装備の入ったリュックを背負っている。先頭を歩くのは弘樹である。
トレッキングの中でも洞窟を探検することをケイビングと言う。二人は洞窟探検に最適なケイビングスーツと呼ばれる防水性が高く、裂けにくい専用の服を着ている。スーツの下には寒さ対策の防寒用インナーを着ていた。
「この洞窟は自然の物だよな」
後方を歩く信吉が言った。
「そうだな。恐らく地中を走っていた水道の跡だろうな。地中を流れる水は岩の間を通って水道を造る。昔は水量も多くて小さい砂粒や岩は全て流れてしまって、こんな大きな水道が出来たんだろうな」
「水道は地震や陥没が原因で方向が変われば、水量が減って洞窟となって残るんだ」
「なるほどな」
(・・・面白くない)
弘樹は洞窟を進みながらそう思っている。
初めはワクワクしていた弘樹であったが、何となく嫌な予感がしていた。それは奥へ進むほど強くなって行く。一人で来ていたなら引き返してしまうレベルであった。
しばらく無言で歩く二人であったが、突然信吉が叫んだ。
「おお!ここだ」
信吉がそう言って壁に付いた「☓」印を指差した。
「ここで最初のナゲットを見つけたんだ・・・この下を照らしたら・・・」
信吉がそう言って水中に向けたライトの中に、光る物があった。
「!」
信吉は手を伸ばし水中の物を拾い上げた。そして手の平に載せて二人の目の前に出して見せた。
それは小指の先ほどの大きさの、金のナゲットだった。
更に、水中を捜索した。
「おい!ここにもあるぞ!。こっちにもあそこにも!この前俺が拾ったばかりなのに」
信吉は歓喜の声を上げて、金の粒を拾いながら洞窟の奥へ入って行く。
「待て!山口。おかしいだろ」
それを弘樹が止める。
「いや、あれから大雨が何度か降っている。ここは溜まりやすい場所なんだろうぜ」
そう言っている間も惜しんで信吉は金を探している。
「運が回って来たぞ」
信吉は嬉々としている。
信吉の言うことも合っている気はする。砂金の溜まりやすい場所と言うのは確かにある。
しかし、同時に弘樹の胸に警鐘を鳴らす物があった。
「もう、この辺りには無いな。早く奥へ行こうぜ飯山」
弘樹が躊躇していると信吉が。
「・・・まさか、龍の話を信じてるのか?・・・ちょっと考えろよ。もし人を喰うような龍がいるとして、こんな喰い物も無い洞窟の奥で生きていられると思うのか。もし外へ出て餌を獲っているなら、遠の昔に誰かに発見されてるよ」
信吉に急かされるままに、弘樹も歩き始めた。しかし胸の奥にある警鐘は鳴り止まなかった。
それから幾つかのナゲットを拾いつつ、二人は三十分ほど歩いた。弘樹も、まさかこれほど長い洞窟とは思っても居なかった。
洞窟は水中に消えるでもなく、水が無くなる訳でもなく続いていた。途中で二度ほどリュックを降ろして横にならないと通れないヶ所があり、信吉が「ここは人喰い龍は通れないだろ」と、冗談半分に言うこともあった。
やがて洞窟は急に広い空間に出た。目の前には巨大な地底湖が広がっていた。
「・・・!」
二人はしばらく唖然と目の前の光景を見ていたが、信吉が我に返って叫んだ。
「すげえ!・・・すげぇ・・・すげぇ・・・」
信吉の声が木霊した。
ヘッドライトはどこまでも続いて見える水面を浮かび上がらせている。見上げると十メートルほどの高さに岩盤の天井が見えた。天井には光に驚いた蝙蝠が飛んでいるのが見えた。
二人は地底湖と洞窟の接続部分に僅かにあった空地の岩の上に登り、リュックを降ろした。
水が異常な冷たさで、防寒着を着ていたが、身体が冷えはじめていたので助かった。
「このヘッドライトじゃ向こう岸が見えないな」
信吉がリュックの中から強力ライトを取り出した。このライトの光が届かなければお手上げである。
「おい!・・・飯山。あれはなんだ」
信吉の声が震えていた。
強力ライトの光はギリギリ対岸に届いたようである。ライトの光に浮かんだ対岸の壁には、無数の金色に光る帯が見えた。
「おい。あれは・・・あれだろ。むき出しの金鉱脈じゃないのか」
興奮した信吉はそう言って、唖然としている飯山の肩を揺すった。
「信じられん」
弘樹も絞り出すような声で言った。
対岸までの距離は五十メートルといったところであろうか。
「簡易ゴムボートもピッケルもあるんだろ。行って確認しようぜ」
立ちすくんでいる弘樹の横で、歓喜に震える信吉がリュックを開き始めた。




