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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第九話 ふしがまり②

 地下街の喫茶店の窓際に座った飯山弘樹は、窓の外を行き来する人の流れをぼんやりと見ていた。 

 待ち合わせの時間はもうすぐである。


 ここは大阪駅前の地下街である。窓の外の通路は、角を一つ曲がると地下鉄東梅田駅の発券所が有って、終日人の流れが絶えることは無い。



 弘樹は三十八歳。家族は同学年の妻と小学生の子供が二人いた。盛夏ということもあって、ノーネクタイの半袖のカッターシャツに灰色のスラックスといった楽な格好をしていた。


 弘樹の勤務する会社は、この喫茶店を出て、すぐそばの階段を上がると曽根崎警察署の前に出る。そこを西に百メートルほど行った場所にある八階建ての雑居ビルの二階にあった。

 前の通りの歩道から二階を見上げると≪関西トレジャー≫という大きな看板が掛かっている。


 関西トレジャーは、主に日本のトレッキング情報を載せている雑誌である。

 トレッキングを知らない人からは「トレッキングって何ですか?」と言われたり、「登山やハイキングと何が違うのですか?」と尋ねられることがある。



 弘樹は、そう聞かれるといつもこう答える。


 「トレッキングと言うのは、簡単に言うと≪冒険≫です!」と。


 

 登山は山に登ることを広く指す言葉で、主に山の頂上を目指して登ることを言い。

 ハイキングは自然を楽しむ為に野山を歩くことで、必ずしも山に登ることでは無い。


 トレッキングも自然を楽しむことは共通だが、自転車やスキーを使ったり、カヌーを使ったり、必ずしも徒歩とは限らない。

 目的も様々で、山奥の大木を見に行ったり、川を下ったり、動植物を探しに行ったり、凍り付いた湖を渡ったりすることもある。


 弘樹は自分で行ったトレッキングの体験を記事にしたり、雑誌で主宰するトレッキングツアーのガイドをしたりするのが仕事であった。

 当然ながら体力には自信がある。身長は百八十センチ。顔は精悍に焼けていて、カッターシャツからのぞいている二の腕は、鍛えられた筋肉が隆々としていた。



 「よう。飯山。待たせたかな」


 太い声がして振り返ると、弘樹より一回り大きな男が笑みを浮かべて立っていた。


 ひげ面に白い歯を出して笑っている男は、山口信吉。弘樹と高校の同級生だった男である。

 よれよれの紺のポロシャツにジーパン姿で、肩から降ろしたリュックを右手にぶら下げていた。


 そのリュックを、弘樹の座っているテーブルの反対側の席の奥に、投げるように置いて弘樹の対面に座った。

 そして片手を上げて店の奥にコーヒーを注文した。



 「久しぶりだな飯山」


 信吉はそう言っている間も笑みを浮かべている。上機嫌のようであった。


 「山口も元気そうだな」


 「おう。俺はいつも元気さ」



 ・・・昨日、急に信吉から会社に電話が掛かって来た。会って話したいとのことであった。

 彼に最後に会ったのは五年前の高校の同窓会だったが、高校時代もそれほど親しくはなかったので、その時何を話したかも覚えていなかった。

 それでも名刺を渡していたようで、それを頼りに電話をかけて来たようである。


 コーヒーが運ばれて来てウエイトレスが下がると、信吉は急に真剣な顔つきになった。


 「早速だが飯山に頼みがある。お前にも決して悪い話じゃない。俺の手助けをして欲しいんだ」


 そう言って、じっと弘樹を見た。



 「・・・」


 何を頼まれるのか分からないが、真剣な気持ちと言うことは分かった。



 信吉は自分の気持ちが弘樹に伝わっているのか確かめながらコーヒーを一口すすった。


 「俺は性格的に会社勤めは出来ないから、何とか一発当ててやろうと思って、色々挑戦して来たんだがな・・・ついに見つけたんだ」


 そう言って信吉は辺りを見渡してから、胸ポケットから折りたたんだ布切れを取り出した。


 「これを見つけた時に、協力者としてお前のことが一番に浮かんだよ。絶対に興味があるはずだ」


 信吉は自信たっぷりな様子で言うと、布切れを開いた。中から出て来たのは小指の爪くらいの大きさの≪金色の塊≫だった。


 「まさか!ナゲットか!・・・山口、これは本物か!」


 砂金の粒の大きな物をナゲットと言うことは、弘樹も知識として知っていた。弘樹は身を乗り出した。


 信吉はうなづくと。


 「鑑定もしたぜ。間違いなく本物だ。・・・このサイズがいくつか見つかっている」


 「場所はどこだ」


 そう言った弘樹の頭の中に、いくつかの候補の場所が浮かんだ。砂金探しツアーの企画もしたことがあり、職業柄、日本の有名な砂金の産出地は頭に入ったいた。



 「今は言えない。だがお前の知識とトレッキングの経験が欲しい。協力してくれるなら報酬は十分に出すよ」


信吉は「手ごたえ有り」と言う顔で弘樹を見詰めた。


 「う~ん」


 弘樹は腕を組んで椅子の背もたれに身体をあずけた。もし、これが本物の砂金なら信じられないことである。日本の金鉱脈はほとんど採り尽くされていて、現在、商業的に金を採掘している場所は、日本では一ヶ所くらいしかないという知識があった。


 そう言えば同窓会の時に、信吉は宝探しをしていると言っていたことを思い出した。その時は馬鹿なことを言っていると思っていた。



 弘樹は腕を組んだまま信吉を見ると。


 「川底をさらって見つけたのか?」


 「いや。膝下ほどの水の流れのある洞窟で見つけた・・・このサイズを三つと、あと小さい粒を三十ほど」


 「それは・・・凄いな」


 ぽつりと言った弘樹の目が輝いていた。

 弘樹がトレッキング会社に勤めているのは、トレッキングが・・・冒険が好きだからである。この話はもう冒険の部類に入る。


 「ちょっと信じられないがな」


 そう言った弘樹を見て、信吉がリュックから茶封筒を取り出した。


 「お前に脈がありそうなら見せようと思って持って来たんだ」


 信吉から受け取った茶封筒は、ずしりとした重みがあった。中をのぞくと先ほど信吉の言った通り、大小の金のナゲットが三十粒あまり入っていた。


 弘樹は黙って茶封筒を信吉に返した。

 金そのものにも興味はあるが、その場所を確かめたくなっていた。



 「分かった。協力する」


 弘樹は、はっきりと口にした。

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