第九話 ふしがまり①
山口信吉は洞窟を歩いていた。天然の洞窟なので綺麗な円形になっている訳ではないが、だいたい直径ニメートルくらいの広さの空間が、時には縦長になり、時には横長になり、時には巨大な岩の間に、隙間を造って延びている。
信吉は三十八歳。身長は百九十センチ近い大男である。灰色の作業服を着て胸まである胴付長靴をはき、顔には無精ひげが伸びていた。
大男の信吉にはこの洞窟は狭かった。膝を曲げ腰を落とさなければ進めない場所が何ヶ所もある。
信吉の手には防水の懐中電灯が握られている。懐中電灯が照らす明かりの外は完全な暗闇である。
洞窟の入り口から、感覚で五十メートル近く入って来ているように思えた。
足元は膝下まで水に浸かっている。洞窟の奥から緩やかな水の流れがあった。
懐中電灯で水の中を照らすと魚影が濃いのが分かる。こう言う洞窟には蝙蝠が多くて、糞に虫が集まり、水に落ちた虫を食べる魚も集まって来る。
「そろそろヤバイな」
信吉がつぶやいた。
まさか洞窟を発見するとは思っていなかった為、いつ電池を交換したか記憶に無い懐中電灯を使っていた。もし電池が切れると、この暗闇の中で立ち往生することになる。
その他にも、長靴のゴムを通して伝わって来る、水の冷たさに耐えられる限界が来ていた。
道が分かれていたなら、そこまでと決めて入った洞窟であったが、今のところ一本道であった。
そろそろ引き返して装備を改めて来ようと思いながら、何の気なしに足元を照らしたのだが、明かりの中に何か光るものを見つけた。
刺すような冷たい水に手を入れて、岩の窪みに引っ掛かっていたものを取り出した。小指の爪ほどの大きさの塊であった。
懐中電灯の光に照らされた塊を見ながら、信吉は唾を飲み込んだ。「ゴクッ」という大きな音が響いたような気がした。
信吉のつまんだ指の間に光っている物は≪金の塊≫であった。もう、何年もこれを探していたので、他の物と間違える訳は無い。
金の粒はナゲットであった。
ナゲットは砂金の大きな塊を指す言葉である。
「嘘だろ。本当かよ」
手が震えている。信吉はナゲットを落とさないように、慎重に腰の物入れに納めた。
信吉は深呼吸をした。
(落ち付け。落ち付け)
心の中で何度も言う。
そして、ナゲットを見つけた場所の横の壁に、石でこすって☓印の目印を付けた。次に来た時の目印になる。
気を落ちつけて、更にその周辺の水中を懐中電灯で照らしてみた。
「あったぞ。ここにも・・・!ここにもある」
信吉は夢中で砂金の塊を拾い集めた。岩の窪みに引っ掛かっている金は、砂金と言うより、どれもがナゲットだった。全て指でつまめる大きさである。
土砂を専用の皿に入れて水でこし、砂粒と変わらぬ大きさの砂金を集めるのが通常の砂金採りである。指でつまめる砂金を採るのは初めてであった。
しばらく砂金を探すのに夢中になっている内に、懐中電灯の光が弱くなっていることに気が付いた。
「まずいな。帰ろう・・・ちゃんとした装備で来ないとどうにもならん」
もっと奥まで調べたかったが、今回はこれが限界と諦めた。
信吉は後ろ髪を引かれる気分で入って来た方へ歩き始めた。
信吉が洞窟の奥に背を向けた時、洞窟の奥の方から何か音がした気がした。
「!」素早く振り返って洞窟の奥に懐中電灯の明かりを向けた。光は闇に吸い込まれて何も見えない。
確かに「ぽちゃん」と言うような水の音を聞いた気がしたのだが。
「まさか何かいるわけないよな。蝙蝠が糞でも落としたか・・・」
そう言って再び来た道を歩き始めた信吉だったが、すぐに走るような歩調にに変わってた。
信吉は青い顔をして、全身に鳥肌を浮かべながら出口へ向かった。何か恐ろしい物が洞窟の奥から出て来そうな恐怖に駆られていた。




