第八話 二鳴り祭④
次の日、朝から奥蛇谷の住人が、総出でサンカイさんの社の飾り付けを行っていた。
大皿に載せられた山の幸、海の幸も社に運び込まれた。
高齢の者が多いが、中には若い者も小中学生くらいの子供も見えた。今日は平日なので学校を休んで祭りに参加していることになる。
松田と佐久間は迷惑をかけないように守山宅から出なかった。
それでもサンカイさんの社は、守山の家から丸見えなので、村人の熱心さが十分に伝わって来た。
守山は早朝より家を出て行った。谷に降りて禊をするとの事である。身を清め精神を統一して、夜中の≪鳴き手≫に備えるそうだ。
手持ち無沙汰の松田と佐久間は、することも無いのでサンカイさんの飾り付けをぼんやりと見ていた。
飾り付けは午前中で終わり、午後からは白い修験道の行者姿に着替えた守山が現れ、社の中に入って行った。
社の中で何やら儀式があるのであろうか。
村人の数人が行者姿になり、社の前の広場で奉納の踊りを舞っているのが見えた。
「これで祭りの昼間の部は終わりですかね。随分質素な祭りですね」
佐久間は言った。佐久間は祭りと言うと出店が来るようなものしか知らない。
「いや。こんなもんだろう。元来、祭りと言うのは人が楽しむ物ではなく、神様を≪怖れ敬う≫為のものだからな」
松田はそう言って空を見上げた。
風が出て来ているようだ。山の頂上付近の木々が大きく揺れていた。
遠くの空が暗くなり、山の向こうに雨雲が見えた。そう言えばこちらに来る前に天気予報を見て来たが、あいにく今夜は雨の予報であった。しかも雷を伴うとのことだった。
守山は長い間、社の中に入ったままだった。
彼が家に帰って来たのは、辺りが完全に暗くなってからであった。
夕方から雨が降り始め、行者姿の守山は雨でびっしょりと濡れていた。首から法螺貝をぶら下げて、手にはビニール袋を持っていた。
「大丈夫か守山。風邪を引くぞ」
そう言った松田に守山は笑いかけた。
「着替えますから大丈夫です。それより部長、これは弁当です。正一郎おじさんから差し入れです」
守山はビニール袋を差し出した。
「食事を済ませましょう。・・・法螺貝は二十三時から四時頃まで吹くのですが、部長と佐久間は表の部屋で寝て下さい。最も、うるさくて寝られないかも知れませんが」
「俺は大丈夫だよ。寝るとなったら隣で削岩機が動いていても寝られるから」
佐久間がそう言って笑った。
守山も一緒になって笑ってから真面目な顔に戻り、二人を見た。
「昨夜のおじさんの話を聞いて分かっていると思いますが、念を押しておきます。今夜は絶対に外に出ないで下さいね。・・・大昔、興味本位でサンカイさんを見に行った人が死亡した事故があったそうです。それ以前の昔にも同じようなことがあったと村に伝わっています」
「分かってる。村にとって大事な行事だろうからな。大人しく寝てるよ」
松田が言った。
佐久間も頷いたが本心は危険があるとは思えなかった。どうせ住人の誰かが貢物を取りに来るのだろうと思っていた。
雨は益々強く降って来ていた。時折、雷が鳴り響き、稲妻が蛇谷村全体を闇の中に浮かび上がらせていた。
食事を済ませた松田と佐久間は、表の部屋に布団を敷いて雑談をしていた。
二十三時前に守山は奥の部屋に入った。正一郎の話によれば、同時刻に奥蛇谷の住人も、サンカイ鎮めの経を唱える用意をしているはずである。
松田と佐久間は持って来た寝巻に着替え、電気を消して布団に入った。村中の電気が切られているはずである。ここからは闇の中で朝までの祭りが行われるのである。
トタン屋根を大きな雨粒が激しく叩いている。
法螺貝の音が静かに流れ始めた。独特の腹に響く音である。しかし良く聞いて見ると、一般に聴いたことのある法螺貝とは違い音には軽やかさがある。
どちらかと言うと≪笛の音≫のような調べである。
守山は法螺貝は加工してあって、吹き易く独特の音が出ると言っていたが、その通りであった。
「ふうぉお~・・・ふほうぉ~」
時には緩やかに、時には速く独特の法螺貝の音色は、激しく降る雨の音に負けていなかった。
「部長・・・うるさいどころか眠くなって来そうな音ですね」
「確かにな」
松田は言った。そして目をつぶった。
明日になれば何もかも終わっているはずであった。
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深夜。松田は佐久間に揺り起こされた。
相変わらず雨はトタン屋根を叩き、強く降っているようであった。
法螺貝の音は眠った時と同じ調子で続いているようである。
雷が鳴って、真っ暗な部屋の中が一瞬光の中に浮かび上がった。佐久間の顔が思わぬ近くにあって松田は驚いた。一瞬の光に浮かんだ佐久間の顔は緊張した面持ちだった。
「部長、起きましたか。何だか様子がおかしいです」
佐久間の声が震えている。
「どうした」
「法螺貝の音を良く聞いて下さい」
言われてじっくり耳を傾けてみた。
守山は変わらぬ調子で吹いているようだったが、良く聞くと息継ぎの間隔が長い・・・そして、その息継ぎの間に遠くで別の法螺貝の音が聞こえていた。
「別の法螺貝が鳴ってるぞ!」
言って松田は布団の上に半身を起こした。
「はい。≪鳴き手≫は守山しかいないはずです。吹いているのは誰でしょう」
「確か法螺貝は二つあると言ってたな。それを誰かが吹いているのか・・・いや吹けるのは守山しかいないと言ってたな・・・」
・・・良く聞くと調子や強弱は似ているが、守山の法螺貝とは明らかに音色が違っていた。
≪ろうぉ~・・・るろうぉ~≫
どちらかと言えば≪犬の遠吠え≫にも似た響きであった。
村で飼われている犬が、法螺貝の音に反応して鳴いているのであろうか。
「犬・・・じゃないのか」
松田が言った。
「でも法螺貝と調子がちょうど合っています。犬では調子まで合わせられないでしょう」
佐久間の言う通りである。
二人はじっくりと二つの音を聞いて見た。物悲しく懐かしさが込み上げてくるような調べである。
二つの音が、出会い、戯れ、融合して歓喜しているように感じられた。
「別の音は裏手の社の方からするようです。・・・社は守山が法螺貝を吹いている部屋から見えましたよね・・・」
佐久間が立ちあがって言った。
「佐久間!辞めておけ」
松田が言ったが佐久間は聞かなかった。
「外に出る訳じゃ無いですから・・・雷が光れば正体が分かるはずです。ひょっとしてサンカイさんって思わせて、俺たちをからかっているかも知れませんよ・・・そうなら冗談キツイな」
佐久間の声にはわずかに怒気が込められていた。プライドが高い彼は馬鹿にされることを極端に嫌う。
そんな佐久間を見て多少の不安を感じたが、松田も興味が湧いて来た。
佐久間に続いて奥の部屋に向かって行った。




