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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第八話 二鳴り祭③

 守山の実家は奥蛇谷の集落の中でも、一番高い場所に建てられていた。ここより高い場所にある建物は、すぐ裏手に建っているサンカイさんの社しか無い。


 平屋でトタン葺き、外壁には焼杉板が張られ、他の住宅と変わっている様子は無い。

 木製の片引き戸の玄関戸を開けると、乾いた赤土の匂いがした。

 入った玄関は三和土たたきになっていて、左側に風呂やトイレがあり、風呂は木を燃やして焚く方式の為か、手前には割った木が高く積み上がっていた。


 奥に行けば台所。右側には田の字型の座敷がある。田の字型になった和室の道路側の二室には広縁が付いていて、奥の部屋には仏間と床の間があった。

 誰も住んでいない為、一室を除き、他の全ての部屋の戸が開かれていた。


 三人はまず、仏間の新しい位牌に線香を上げた。


 「祭りで吹く法螺貝は、この部屋で一晩中吹きます」


 守山はそう言って、ただ一室閉められていた仏間の隣の部屋の襖を開けた。

 そこは八畳の和室の部屋だったが、板の間になっていて中央に畳が二枚敷かれていて、真ん中に大きな座布団が一枚敷いてあった。


 「え!ここで法螺貝を吹くのか・・・社の中じゃ無くて・・・しかも一晩中?」


 松田が驚いて聞いた。家の中で吹くのも奇妙だが、体力は持つのであろうか。


 「夜通し、ここで吹きます。サンカイさんには、夜中は誰も行ってはいけないならわしになっています」


 そう言った守山は座布団に座り、二人を手まねいた。


 「ここに座ると、サンカイさんの社が良く見えるでしょう」


 二人が守山の横に座ると、サッシの窓越しに社が良く見えた。社の前の広場は、すぐそこに見えている。


 「社に向かって、一心に法螺貝を吹き続けます」


 「吹き続けると何か起きるのかな・・・サンカイさんが現れるとか」


 佐久間が冗談を言った。

 彼は迷信などは頭から信じない性格であり、少し馬鹿にした口調であった。



 「まさかね」


 守山が即座に否定した。


 「でも法螺貝を吹き始めると夢中になって・・・一心不乱と言うか、集中しているので・・・気がつくと朝になっている感覚かなあ」


 「一晩中吹くなんて、体力が持つのか?」


 松田が心配になって聞くと。


 「あ、大丈夫です部長。中学生の頃から親父と何度も朝まで吹きました。・・・法螺貝は同じ物が二個あるのですが、どちらも加工されていて普通の法螺貝より高い音が出て、しかも体力を使わないように吹き易くなっています」


 「そうなのか」


 「はい。法螺貝は大昔からあるのですが、誰が造ったかも伝わっていなくて、前に壊したら大変なのでスペアを造ったこともあったのですが、微妙に音が違うのでそれは使えなくて、今は壊さないように慎重に昔の物を使っています」


 「それでも一晩中吹くのは辛そうだな」


 「いえ。吹き始めると≪ふわっ≫とした感覚がやって来て、時間の感覚も無くなって行くので・・・」


 「・・・トランス状態という物かも知れないな」


 松田が言った。



 ≪トランス状態とは、極度の集中などにより通常の意識が無くなって、外からの刺激が脳に届きにくくなり、時間間隔も無くなって精神が内側のみに向いているような状態を言う≫



 「要するに集中してるってことだよな守山。・・・まあ、お前は頑張って法螺貝を吹けよな。俺はサンカイさんが出て来てくれた方が面白いけれどな。捕まえて見世物にしたら儲かるんじゃないかな」


 佐久間がそう言って笑った。


 「まあ良い。晩飯の支度をしよう」


 松田が言った。


 食材はインスタント類を中心に色々買ってきてあった。山間の陽はすぐに陰る。外は暗くなり始めていた。


 佐久間が手を上げて。


 「はい。俺が風呂を沸かします。守山、さっき家に入った時に見たけれど、ここは五右衛門風呂だろ。薪が積んであったからさ」


 「ああそうだよ。火を点けるのは難しいぞ」


 「任せとけ!俺はキャンプをやってるからな」


 そんな調子で三人は夜の支度を始めた。




 思った通り、すぐに陽が落ちて辺りは暗くなった。

 三人が食事を終わらせた頃、玄関が開いて人が入って来た。


 「こんばんわ」


 一声かけて座敷に上がって来たのは守山正一郎だった。

 右手には一升瓶をぶら下げて、左手には乾物の入った袋を持っていた。


 「一杯やろうと思ってね」


 正一郎はそう言った。


 守山が立って、湯呑茶碗を持って来た。


 「すみません。こんな物しか無いですが」


 「良いよ。親父さんは酒は飲まなかったからな」


 置いた全員の分の茶碗に、正一郎が酒を注いだ。


 守山が改めて手をついて正一郎に頭を下げた。


「おじさん。我がまま言って本当にすみません」


 正一郎は手を上げた。


 「謝らんで良い・・・里志の気持ちも分からんでも無い。時代が違うからな・・・まあ、今年は≪鳴き手なきて≫をよろしく頼む。来年には別の者が吹けるようになっておるだろう」


 「・・・?」


 松田と佐久間は顔を見合わせた≪鳴き手≫とは、初めて聞く言葉であった。


 「・・・ああ。鳴き手と言うのは法螺貝の吹き手のことを言うんだ」


 正一郎が説明を始めた。



 「この祭りは≪二鳴り祭ふたなりさい≫と言ってな、いつ頃から始まったか知らぬが、山の神様を鎮める為の祭りということで、村に伝わっておる」


 正一郎は酒をぐいと飲み干し。


 「蛇谷村の中でも、この奥蛇谷だけの祭りだが、鳴き手は一晩中法螺貝を吹き、他の者はそれぞれ自宅で≪サンカイ鎮め≫と言われるお経を一晩中唱えることになっておる」



 松田は空になった正一郎の茶碗に酒を注ぎ。


 「守山さん。サンカイさんと言うのは、ひょっとして≪山窩さんか≫のことでは無いですか?」


 「ほう。山窩の事を知っているのかね」


 正一郎が驚いた顔をした。


 「はい。漢字は≪山窩≫と書くそうですね」


 松田が畳に指で字を書いた。

 正一郎は頷くと。



 「わしらの爺さんが子供の頃は、年に何度か山窩が山から降りて来て、物々交換をして行ったらしいが、山窩が来たなら女子供は家から出るなと言われていたそうだ。・・・二鳴り祭はもっと昔から行われていたそうだが、山窩が悪さをしないように、年に一度、貢物をする儀式だったのかも知れんな・・・山の近くに住む者の処世術だったのかも知れん」


 「部長。初めて聞きましたが、その山窩って何ですか」


 佐久間が話に入って来た。

 松田は佐久間に向き直ると。


 「山窩と言うのは正確なことは分かっていないんだが、大昔、戦に破れたり飢饉で税を払えず村を逃げ出したり、里に住めなくなった人々が、山の中を移動しながら暮らすようになったのが始まりと言われているんだ」


 正一郎は頷いて聞いている。


 「多い時代には何十万人もいたと言われているが、記録は無いので推測でしか無い・・・明治からこっちは戸籍が正確になって来て、今ではもういなくなったと言われているんだ」


 「へえ。そんな集団があったんですね」


 「いなくなったとは・・・言えんよ」


 ぽつりと正一郎が言った。


 「あんたらに言うつもりは無かったが、山窩の話が出たから言っておく。約束通り祭りの夜は絶対に外に出ないでくれ。事故が起きては困る」


 強い口調だった。続けて。


 「サンカイさんの社には、貢物として、山の幸・海の幸を供えておくんだが、祭りの翌朝行って見ると、全て無くなっているんだ」


 「え」


 佐久間が口をポカンと開けた。


 「つまり、サンカイさんが召し上がったと言うことだ。これ以上の証明はあるまい。この奥蛇谷の住民で、サンカイさんの存在を疑う者はおらんよ」


 正一郎は真剣な顔をして言った。






 正一郎が帰って、三人は布団を敷いて横になった。

 何か言いたそうにしていた佐久間がこらえ切れなくなって言った。


 「その・・・山窩ですが、今時、この日本にいるとは思えないんですが、松田部長はどう思いますか」


 「そうだな・・・普通に考えれば山窩はいないだろうな・・・それでも貢物が無くなっていると言うことだから、何かが来て、持って行くのは間違いないんだろうな」

 「ひょっとすると、サンカイさんは≪山怪さんかい≫の事かも知れんぞ、昔から山奥には、山男という巨大な山怪がいるという伝承が日本各地に残っているからな」


 佐久間が噴き出した。


 「ちょっと部長。辞めて下さい。まだ山窩の方が現実的ですよ。妖怪山男なんて笑われますよ。貢物が無くなるのは村の住人の誰かが、こっそり持ち帰ってるに決まってます。・・・守山、お前はどう思ってるんだよ」


 

 守山は天井を見詰めると。


 「僕にとって、サンカイさんはサンカイさんだから・・・深く考えたことは無いよ。それより明日は、鳴き手を無事に勤めることしか考えていないよ」


 「それで良い」


 松田が言った。


 「明日は祭りが無事に終わることを祈ろう。そして私と佐久間は正一郎氏の言い付けを守って外に出ないことだ」


 松田が話を締めくくった。



 「俺なら貢物を盗んで行く奴の正体を暴いてやるのになあ」


 佐久間が不服そうに言った。

 松田はそんな佐久間に、何やら一抹の不安を感じたのであった。

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