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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第八話 二鳴り祭①

 話の中に出てくる《山窩さんか》について説明しておきます。


 山窩とは、明治以前、深い山中や山に近い山里周辺を、一定の宿泊地を持たず漂泊して生活している人々のことを言いました。

 山窩は明治期には全国で二十万人いたとも言われていますが、資料がほとんど無いので本当のことは分かっていません。昭和になってからの太平洋戦争直後でも一万人くらいいたとも言われています。


 山窩の始まりは、遥か昔に権力闘争で敗れて山中に隠れた地方の一族郎党であったり、土地を捨てた農民のなれの果てだったり、犯罪を犯して世に住めなくなった人など、多くの時代に渡る理由があったと思われます。


 山中で生活するには、木の実・山菜・魚・獣を獲り、冬は獣皮・籠などの木細工を、山奥の村で食べ物と交換して暮らしていたと言われています。

 戦国時代には領地をまたいで移動することから、諜報活動をしていた可能性も指摘されますが、彼らは権力に追われて山に入った者であり、権力に関わらない生活をしていたのではないかと思われます。


 山窩と良く似た生活形態をしていた《傀儡子くぐつ》という集団があります。平安時代からいたと言われ、芸能を見せて各地を巡る集団で、権力者や神社に囲われて演者として土着する者もいたそうです。こちらは権力に寄り添う暮らしをしていたので、諜報活動もしていたかも知れません。


 いずれにしろ、山窩も傀儡子も現代の山中にはいないとされています。


 しかし、それは本当にそうなのでしょうか。日本の国土の大部分は山であり、彼ら、もしくは彼らのような何者かが、今も深い森の中で漂泊していても可笑しくないと思うのですが・・・どうでしょう。

 まだ薄暗い深い山の中を、一個の人影が移動している。

 朝靄のゆるやかに流れる森の中を、下生えを力強い歩調で踏みしだき進んで行く。

 人影は何の道しるべも無い森の中を、目の前に道があるかのように、何の迷いも無く歩いて行く。


 彼には毎年通っている慣れ親しんだ道であった。


 (あと少しで懐かしい同胞に会える)


 その歩みは希望に満ちた行程であった。





 ----------





 居酒屋の奥まった場所にある一室で、松田健司は二人の部下と飲んでいた。

 松田は大阪に本社のある中堅の建設会社で工事部長をしている。中肉中背で現場上がりの四十八歳。多くの部下からの信頼も厚い。


 一緒にいるのは部下の守山里志と佐久間修平である。二人は独身で同期の二十八歳。二人とも松田が現場で直接仕込んだ優秀な現場監督であった。


 守山里志は地方出身で目立たない風貌だが、真面目にコツコツと仕事をこなして行く努力型である。

 佐久間修平は実家から会社に通っていて、理論派で整然と仕事をこなすクールなタイプであった。


 三人のいる部屋は個室になっていて、注文は電話でするようになっている。時折カウンター席の方から盛り上がった笑い声が聞こえていた。




 三人は今夜は仕事の話では無く、守山里志の個人の問題を話し合う為に集まっていた。

 松田にとって守山は、自分が育てたこれからの会社に必要となる人材であったし、佐久間にとってはライバルであり、同じように苦労して来た仲間であった。


 問題は一ヶ月ほど前に起こった。


 守山は広島県の山奥の村の出身で、母親は守山が子供の頃に亡くなっていて、田舎には父親が一人で住んでいたのだが、その父親が事故で急に亡くなり、守山は兄弟も居ないので天涯孤独となってしまった。


 急きょ田舎に帰って葬儀を済ませて来たのだが、会社に出社するなり、松田に会社を辞めなければならないかも知れないと、相談しに来た。


 その会社を辞める理由が、あまりにも釈然としないものであり、何とか良い方法はないかとここで話し合っていた。



 席には、ほとんど手を付けていないビールと肴が並んでいた。

 佐久間はビールを一口飲んで。


 「守山は田舎に帰りたくないんだろ。帰らなきゃ良いじゃないか」


 守山は首を振り。


 「帰りたくないよ。でも村の住人全員が、義務だから帰って来いって、口を揃えて言うんだ」


 

 守山の父親は、村祭りの重要な役割をしていて、その役は代々、守山家が継いで来た物で、特殊な≪法螺貝ほらがい≫を使って祭り全体に影響を与える、最も大事な役目であるらしい。



 守山が高校卒業後、村を出る時は村人全員の反対にあって、家出のような格好で大阪に出て来たそうだ。

 

 父親がまだ若かったので、まさかこんな事態になるとも思わず。仕事の忙しさもあって、ここ数年は守山自身も、自分がいずれ跡を継がなければならないことを半分忘れてしまっていた。



 「義務だか何だか知らないが、たかが田舎の祭りだろ。何でお前が犠牲にならなきゃいけないんだ・・・何時代の考えだよ。田舎に就職口があるのか?・・・法螺貝なんか誰でも吹けるだろ」


 佐久間が言った。

 理屈ではその通りである。佐久間らしい考え方である。


 「僕の田舎では、その祭りが何より優先されるんだ。都会の人からは想像も付かないくらいにね。しかも伝わっている法螺貝の吹き方は、凄く強弱が難しくて・・・もしものことを考えて、代わりに何人か練習をしている人もいるそうだけれど、まだ誰も吹けないって言ってたよ」


 「祭りが何より優先されるって。可笑しいんじゃねえか」


 佐久間の言うとおりである。


 「法螺貝は、僕は高校卒業まで厳しく親父に鍛えられたからね。・・・葬儀が終わってこっちへ帰って来るのも大変だったんだ。・・・後の整理があるからと言って、何とか帰って来たけれど、今度帰ったらもう戻れないと思うよ」


 佐久間は腕を組み。


 「お前も馬鹿じゃないか?・・・そんなの知るか!って放っときゃ良いんだよ」


 「そう言いたいけれどね。祭りが近付いて僕が帰らないと、村の住人がやって来て会社に迷惑をかけることになるよ」


 「そんな自分勝手な奴らは、俺が叩きだしてやるよ!」


 佐久間はテーブルを叩いた。

 彼の欠点で切れやすいところがあり、本当にやりかねない。




 二人の会話を黙って聞いていて、松田は一つ思い付いた。


 「守山。佐久間。こう言うのはどうだろう。祭りは今月の終わりだろ、取り合えず守山は田舎に帰って祭りの役をすれば良い。祭りが終わって帰れなくなると困るから、私と佐久間が同行することにしよう。ちょうど仕事も一段落している時期だから休みは取れるはずだ」

 「来年は、今練習している人が法螺貝を吹けば良いし、駄目なら又来年もその時だけ帰れば良いじゃないか」


 「松田部長。それ良いですよね。守山、そうしろよ」


 佐久間が手を叩いた。


 守山は首を振り。


 「よその人は、祭りの日は村に入れないんです。無理です」


 「何言ってんだよ。それが駄目なら帰らないって言えよ。無理に連れ帰ろうとしたら、俺がひと暴れ・・・いや不味いな。俺が警察を呼んでやるよ」


 佐久間はそう言って守山の背を叩いた。


 「私も電話で交渉して見よう」


 松田が言った。


 「う~ん・・・」


 守山は不安であったが、他に良い方法も無さそうであった。

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