第七話 鬼門④
次の日、ちょうど昼食をとり終えた頃に玉彦の携帯電話が鳴った。
武志からの電話であった。
「はい。吉岡です」
「もしもし玉ちゃん。新堂です・・・昨日の白石さんの件だけれど。先ほど白石さんから連絡があって、もう解決したから来なくて良いと断りの申し入れがあってね」
「えーーっ」
いつもランチを食べに行く喫茶店で、玉彦は立ち上がって叫んでいた。
周りの目が集中したことに気が付いて、小さくなって席に座りなおした。そして小声で話し始めた。
「もう、解決したってどういうことですか」
「分からないよ。理由を聞いても、もう解決したから来なくて良いとの一点張りだからね。いずれにしろ別件で僕は動けないから、とりあえず報告しておくよ」
「う~ん。そうですか・・・分かりました」
電話を切った玉彦は白石に会いに行くことに決めた。昨日の田島正夫との行き掛かり上、どう解決したのか確認しない訳には行かないと思った。
その日の夕方、玉彦は何かと理由を付けて仕事を早引けした。白石家がある鶴見まではバスを乗り継いで小一時間の距離である。
色々な決着を想像しながら暗くなる前に白石家の前へ到着した。
玉彦は意を決して門のインターフォンを押した。
しばらく待つと玄関から白石が現れた。
そして玉彦の顔を見ると、あからさまに嫌な顔をした。
良く見ると玄関戸全体に貼ってあったお札は、きれいに剥がされていた。
不機嫌な顔のまま門の前まで歩いて来た白石は、門扉の手前で止まって扉を開けようとせず言った。
「もう、来なくて良いと連絡したんだがね」
「分かってます。それでも一旦関わって、真剣に力になろうと思っていた訳ですから、なぜ必要無くなったかの理由くらい聞かせて頂いて良いのではないでしょうか」
「ふむ」
白石は腕を組んだ。どうしようかと思ったが、この後もしつこく来られても面倒である。
「分かった・・・理由を言うからもう来ないで頂きたい。祟りがどうのとか、いつまでも言っていると近所から笑われるからな」
白石は世間体を気にしている。
「実はね。犯人が捕まってね。・・・別件で捕まったんだがね」
「犯人が捕まった・・・って」
白石はうなづき。
「木を切るなと因縁を付けていた前の家の若造が、今朝がた窃盗で捕まったんだよ。警察も朝から来ていたしな。近所でも噂になってるよ」
「え・・・」
「そう言う奴だと私には分かっていたんだよ。夜通し遊び回っているような奴だから、その内、悪さをして捕まるんじゃないかと思っていたんだ。玄関を叩く嫌がらせも奴に決まっているから、札も全部剥がしたところだ。うっとおしくて堪らなかったからな。・・・妻は未だに鬼門がどうのと言っておるが、そんな物がある訳無い」
白石は清々したという顔で言った。
「彼は・・・田島君は遊んでいた訳じゃ無くて、居酒屋で働いていたんです・・・まさかそんな」
白石は意外そうな顔になった。
「働いてたって・・・まあ・・・何にせよ窃盗で捕まったのは間違いない。そんな非常識な奴だから我が家にも嫌がらせをしていたんだ」
人付き合いは苦手そうだが、悪い子には見えなかったので玉彦にはショックだった。
何とも後味の悪い結末である。
「さあ理由が分かったなら帰ってくれ。請求書を送ってくれたら掛かった分の費用は振り込んでおくから」
「・・・」
釈然としないまま玉彦が帰ろうとした時、後方から声を掛けられた。
「吉岡さん!」
声のした方を見ると、なんと目の前に田島正夫が立っていた。
「え!田島くん?」
「何だと!」
玉彦の驚いた声を聞いた白石が道路に出て来た。
「何でお前がここにいるんだ。窃盗で捕まったと聞いたぞ!」
仰天している白石に正夫は頭を掻いて。
「警察には初めから僕じゃないって言ってたんですが、その内、本当の犯人が捕まって、疑いが晴れて帰って来ました」
「そうか!良かった」
玉彦が手を取った。
白石は狼狽して。
「そんな・・・いや、それでも玄関を叩いているのはお前に決まってる。絶対に証拠を掴んでやるからな」
白石は意地になっているようである。
その時であった。
「どーん!どんどん!」
白石の住宅の方で大きな音がした。
三人は顔を見合わせた。
「どん!どん!」
音は続けざまにした。
続いて「ぎゃーー」と言う女性の悲鳴がした。
何が起きた!
三人は白石の屋敷に走り込んだ。
そして、そこで見た物は。
玄関を出た場所で尻餅をつき、足元を凝視して固まっている奈津子と、足元の黒い塊。
黒い塊はヒヨドリであった。
そう言えば昨日、白石家を訪問した時も門の屋根に姿が見えていた。
玄関戸には血が付いていた。落ちているヒヨドリの口元がつぶれて血に染まっていた。
状況から察するに、今まで戸を叩いていた原因はヒヨドリであったことが濃厚である。
正夫は切り倒された大木にはヒヨドリが巣を作っていたと言っていた。≪親鳥が飛びまわって、可哀想だったなあ≫と言っていた。
・・・奈津子の足元に落ちたヒヨドリは死んでいた。最後の力を振り絞って扉にぶつかったのであろう。
信じられない結末に、全員が無言のまま動けなくなっていた。
・・・・・
京橋に向かうバスの中で、玉彦はぼんやりと外を見ていた。
ヒヨドリの死骸は、奈津子が庭に埋めると言い、それを聞いた白石は何も言わなかった。
昨日、辺りを見て回った時に、新堂は「何かの思いを感じる」と言っていた。
母性と言うものはどんな生き物にも本能としてあるものであろう。扉にぶつかっていたヒヨドリは巣を壊された親鳥の思いだったのか・・・それとも何かの偶然が重なったのもなのか。
もし、人伝に聞いたのなら、すぐには信じられない話である。
取り憑かれたように正夫を疑っていた白石も、最後は妄執が抜けてしまって、神妙な顔になっていた。何か感じる物があったに違いない。
バスの窓の外を、シルエットになった景色が過ぎて行く。
何故か不意に母親の顔が頭に浮かんだ。
・・・今夜は久しぶりに電話をして見ようと思った玉彦であった。




