第七話 鬼門②
白石に案内されて通された応接室は、庭に面した日当たりの良い八畳ほどの洋室であった。
中央に黒い応接セットが置かれ、窓と反対側の壁は、床から天井まで埋め込み式の棚になっていた。
席に着くと、すぐにお茶を持った和服の中年の女性が現れた。
白石に妻の奈津子と紹介され、奈津子はお茶を置くとそのまま白石の横へ座った。
奈津子は頬がこけ、憔悴しきっている様子であった。
「早速ですが」
お茶を勧めると白石が話し始めた。
「この家を建て替えてから、まだ一月も経っていないのですが、不思議なことが重なりまして・・・」
「鬼門です!」
奈津子が白石の話を遮って言った。
「そんなことが、ある訳なかろう!」
「いいえ!鬼門が原因です」
奈津子は断言した。
「ああ。両方のお話を聞きますので、先ずは落ち着いて頂けますか」
武志は言い合う二人をなだめ、上手に話を聞き始めた。仕事柄、こう言う場面にはよく遭遇することがあった。
玉彦は武志の横で口を開けて話を聞いていた。
妻の奈津子は最初から建て替えには反対だったそうである。
前の家は築百年を過ぎた純和風の住宅であって、冬は寒くて夏は冷房の利きにくい建物であったが、特に暮らしに困っていたことはなく、使用されている建材は今では入手することが難しい物で愛着があった。
それに白石から提案された新築の計画は、昔から敷地の東北にあり、屋敷を守ってくれていると奈津子が信じていた巨木を切らなければならなかった。
「古木を切ると≪祟り≫がある」
と言う奈津子の声を白石は一笑した。
そればかりか住宅の計画図は、奈津子が守るように言う≪家相≫を完全に無視したものであった。
「新堂先生。家相を考えずに家を建てるなんて。どう思われますか」
奈津子は興奮していった。
「そうですね・・・」
奈津子は武志が味方してくれると思いこんでいるようで、同意を求めた話し方であった。
「やはり同居する者の意見を聞かずに計画するのは良くないと思いますね。良く話し合って決めるべきであると・・・」
武志は無難に答えた。
「それですよ」
白石は椅子を浅く座りなおして言った。
「これが言うには、私が木を切ったり家相を考えずに家を建てたから不思議なことが起きると言うのです」
「それが原因に決まってるでしょう!」
放っておくと、又言い合いになりそうである。
武志は話の間に入った。
「すみません。話が進みませんので、現在、どのようなことが起きているか聞かせて頂きますか」
二人はまだ何か言いたそうであったが、不承不承、矛先を収め、白石が代表して話し始めた。
「実は越してから、ほぼ毎日、誰かが玄関戸を叩きに来るのです。インターフォンを使わずに、門か塀を乗り越えて直接玄関戸を叩くのです」
白石のその言葉に、玉彦は、先ほど前の家から顔を出した若い青年を思い出した。
あの時の白石の反応から、ひょっとすると白石はあの青年を疑っているのでは無いかという直感がした。
「誰かが叩いているのでは無く、悪い気が玄関を叩くのです」
奈津子が再び口を挟んだ。
「馬鹿なことを言うな!」
強い口調で白石が怒鳴った。
「あなたがそう言うから、人が来たら鳴るセンサーを付けたでしょ!センサーが反応しないのに玄関戸が叩かれてるのよ!」
「棒か何かを使ってるに来まっている」
「警察にも相談して、何度か見張ってもたらったでしょ」
「警察が見張ってるのを犯人が気が付いたんだろうよ。犯人が近所の奴なら、見かけない車が止まってたら用心するだろ」
又、言い合いが始まりかけた。
白石は武志に視線をもどすと。
「これが言うには、屋敷の≪鬼門≫の方向にあった木を切った為に、悪い気が屋敷に流れるようになったと言うのです。確かに今の玄関の位置にその木があったのですが、私にはそんな迷信など信じられんのです」
奈津子は白石を見ながら。
「玄関が叩かれているだけでは無いでしょ。あなたは先日、交通事故で車を壊したし、私の伯父さんが先週亡くなったし・・・」
「交通事故は私の不注意だったし、伯父さんは前から病気だったろ!」
「いえ!鬼門が災いを呼んで来ているんだわ!」
二人は睨みあって険悪な雰囲気である。
「お二人とも落ち着いて下さい。それでは屋敷の周りを見させて頂きますので・・・」
言って武志は立ち上がった。
これ以上、二人に話を聞いても有益な情報は無いであろう。
立ち上がった武志は、白石にもう一つ声を掛けた。
「白石さん。後一つ質問です。玄関を叩く音は決まった時間でしょうか。それとも特に決まった時間では無いのでしょうか」
白石は睨みあっていた奈津子から視線を外すと。
「そうですね。早朝が一番多いですね。・・・昼間は人も通るのでほとんど無いですし、夜は全く無いですね。・・・私が思うには犯人は夜通し遊んでいて昼間は仕事もせずに遊んでいる奴と思います・・・」
少し間を置いて。
「ちょうど前の家の息子がそう言う奴ですよ」
憎々しげに言った。
それを聞いて(やっぱりな)と玉彦は思った。
「嫌がらせも段々酷くなって来て・・・あの血を調べたら犯人が分かるかな・・・あんな奴は捕まえなきゃいかん」
白石は吐き捨てるように言った。
案内すると言った白石の申し出を断って、武志と玉彦は住宅の外へ出た。そして辺りを見ながら住宅の外周と屋敷の周囲を歩いて見た。
玉彦が、もう我慢できないと言った顔で武志に話しかけて来た。
「新堂さん。白石さんは前の家の青年を疑っているようですね。奥さんは鬼門のせいだと完全に思っているし・・・実際に鬼門で悪いことが起きるってあることなんですか」
武志は歩きながら話す。
「気の流れは存在するよ。・・・強さは大小あるけれど、世界中には流れている場所はいくらでもある。・・・でもね。個人の屋敷や住宅に、それぞれ固有の気が流れていることは無いよ。気の流れは、もっと大きい地域規模。地球規模で流れているものだよ」
「と言うことは、この家に起きている現象は、鬼門のせいじゃなくて人が関与してるってことですか」
玉彦が武志の顔を覗き込んで言った。
武志は苦笑すると。
「そう性急に答えを急ぐもんじゃないよ玉ちゃん・・・僕は鬼門は信じていないんだけどね。だから鬼門のせいではないと思うんだけれどね。う~ん。何か感じるんだよね・・・何か≪思い≫のようなものをね」
いつもは自信にあふれている武志が、妙に自信無げに言った。玉彦はそんな武志を見るのは初めてだった。
武志は一時間ほど掛けて敷地の中と外を歩き、白石には資料を調べ、後日対処法を報告すると告げて帰ることにした。
奈津子はすぐにでも、お祓いをしてくれないのかと武志に詰め寄って不満げだった。
「どこの神社の札も祈祷も利かないし、大阪一の≪拝み屋≫さんと聞いたから頼んだのに、がっかりだわ」
奈津子の恨めしげな声を背に聞いて、白石家を辞した。
「拝み屋さんって・・・そんな程度に思ってるんですね」
バス停に向かう道で玉彦がぽつりと言った。
武志は苦笑した。年配の人に良く言われる言葉だった。




