第七話 鬼門①
吉岡玉彦は大阪市都島区の京橋にある、新堂武志の主宰する白稜堂を訪ねた。
白稜堂は不思議な出来事・・・いわゆる超常現象を取り扱う事務所であった。
職業が新聞記者と言う最も現実的な情報を扱っている吉岡玉彦は、怖がりなくせにオカルト掛かった話が大好きという困った性格であった。
見た目は角刈りの頭に愛嬌のある目をしていて、何故かいつも子供には好かれる。本日は休みとあってチェックのシャツにジーパンという軽装であった。
雑居ビルの六階にある白稜堂のドアを開けると、カウンターの向こうに座っていた事務の葛城真美と目が合った。
真美はアルバイトの女子大生である。どこへ行っても目立つ飛び切りの美人なので、男は会っただけでも得した気分になる。
趣味が玉彦と良く似ていて、霊とか妖怪などに関わることが大好きで、白稜堂のアルバイトは趣味と実益を兼ねた物であった。
今日は珍しく事務服を着ていて、地味な姿であった。
「お!今日は不定期アルバイト参上の日ですな」
玉彦は、からかう口調で真美に話しかけた。
不定期アルバイトは、勝手に良く休む真美に玉彦が付けた、あだ名である。
「はい。はい。・・・所長、吉岡さんが来られました」
真美は玉彦を軽くあしらって武志に来客を告げた。
最近、真美は玉彦に優越感を持っている。去年の暮れに天橋立で妖かしを見たからである。
逆に玉彦は真美に対して悔しい思いを持っていた。天橋立の件は、元々は玉彦に来た話が発端だったからである。
真美に呼ばれてパソコンを切り、窓際の席から立ち上がったのは所長の新堂武志である。
年齢は三十代後半。長身で痩せているように見えるが着痩せするタイプで、本当は鍛えた身体をしている。精悍な顔立ちであるが、いつも目には優しさがあった。
いつものように薄いグレーのスーツ姿である。
「時間通りですね。では行きましょうか」
今日は玉彦とここで待ち合わせをし出かける予定であった。手鞄を持つと、武志は真美に時間が来たら帰るように告げて、二人で事務所を出た。
年齢は武志が玉彦より少し上で、「玉ちゃん」「新堂さん」と呼び合う仲である。
雑居ビルを出て北へ向かうと、すぐに国道一号線に出る。二人は国道を横断して、対岸にあるバス停に並んだ。
ここからバスに乗ると大阪の西側にある鶴見区方面に向かうことになる。
武志は鶴見区鶴見に住む白石氏に依頼を受けていて、今から自宅へ向かうのであった。
玉彦は助手と言う名目で同席することになっている。過去にも他言無用のルールを守り、何度か武志の手伝いをしていた。
白石氏からの依頼は、最近家を建て替えたのだが、それ以来、不思議な出来事が頻発するようになり、一度見て欲しいと言うことで、特に奥さんの強い希望により本日訪問することになったのであった。
時間は十六時を過ぎたところであった。やって来たバスに乗ると平日と言うことでもあり座席には空席が目立った。二人は前の方の二人席に座った。
鶴見区鶴見は三十年ほど前は大きな部品工場がある地区であったが、平成二年に「花の万博」が行われてから後は、高層の集合住宅が増え、大手の商業施設などもやって来て街の様相が変わっている。
どちらかと言えば一戸建ての住宅は少ない地区であるが、逆にこの地区にある昔からの住宅は、広い敷地に大きな家が建っていることが特徴であった。
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白石家は先に述べた通りの、広い敷地に大きな住宅が建っている家だった。屋敷の周りは白い塀で囲われていて、塀の向こう側には庭の緑が見え、その向こうに新築らしき洋風の二階建ての住宅が見えた。
白石家の前の道路の反対側には、白石家とは対照的な間口の狭い住宅が、軒を並べて建っていた。
周りの状況から察するに、こちらの建物は、昔、工場か何かがあった場所を取り壊して建てた、建売住宅であろうと推測された。
白石家の屋根付きの門のインターフォンを押すと、奥に見える住宅の玄関が開き、この家の主人であろうと思われる男性が現れた。
年齢は五十歳くらいか。小太りで白髪。黒い眼鏡の奥には神経質そうな細い目があった。白いシャツに灰色のスラックスといった姿である。
「白稜堂の新堂武志です。初めまして・・・こちらは助手の吉岡です」
名刺を出して武志は名乗った。
「ご苦労様です。白石康成です」
そう言った白石の神経質そうな目が、武志の肩越しに後ろの方に動いた。
白石家の門の前の道路を挟んで、反対側にある住宅の一軒の玄関戸が開き、二十歳前後に見える青年が顔を出したのである。
白いTシャツを着た、ひょろりと細い青年は、こちらの視線に気付き「ちっ」っと舌打ちをしたようである。
青年は外出するつもりだったのであろうが、そのまま玄関戸を閉めてしまった。明らかに何か因縁のある雰囲気であった。
白石は武志たちに視線を戻し「どうぞ」と言って二人を敷地内に招いた。
門から住宅の玄関までは二十メートルほどであろうか。乱張りの石の貼られた通路の両側には赤いレンガの花壇が続き、左手に見える低い木で構成された庭は手入れが良く行き届いていた。
武志は辺りに目を配りながら玄関へと向かった。特に変わった物は見当たらない。入って来た門の屋根に何かが見えた。鳥の影である。雀より一回り大きな鳥である。ヒヨドリであろうか。
白石は玄関まで来ると、玄関戸を指差して言った。
「これが来て頂いた理由です」
洋風の玄関戸は最近のアルミ製の扉では無く、両開きの木製の戸であった。この扉片方だけで百万円は下らないであろう。
異様なのは道路から見ただけでは分からなかったのだが、扉の一面に無数の紙の札が貼られていたのである。
紙は神社とかで扱う「札」であった。札にはそれぞれ違った文字が書かれていた。
≪悪霊退散≫≪鬼祓い≫≪この護符を持ちて悪鬼を封ずる≫・・・。
書かれている文字は違うが、意味することは同じのようである。札の中には明らかに「血」が付いているものもあった。
「これは・・・血のように見えるものが付いていますね」
玉彦が、唾を飲み込んで言った。
「取り合えず中へ・・・詳しいことは中でお話しします」
白石は札の貼られた玄関戸を開きながら言った。




