第六話 神隠し⑤
元伊勢籠神社から、中野地区の愛宕さんまでは徒歩で約二十分の距離である。籠神社を西側に抜け、土産物屋が両側に並ぶ通りを抜けると左手に府中小学校が見えてくる。
小学校のグラウンドの向こうには天橋立が見えている。
小学校を過ぎると住宅地があり、通りに面して設置された防火水槽があり、その角には大きな石灯籠があった。
そこを右手に曲がると愛宕さんへ続く舗装されていない山道の坂道が見えてくる。
つい最近、行方不明者が三人も出ているのに、山道には特に進入を妨げるような物は設置されていなかった。
海から吹いて来る風は冷たい。あと一月もすればこの道にも雪が積もることになる。あまり知れられていないことだが、この辺りは京都でも最も雪の多い地域である。
真美は先導して坂道を登って行く塚田に続いて坂道を登りながら、そう言え麻子は着物姿でどうやって坂道を登っているのかと後方を振りかえった。真美自身は動きやすいようにジーパン姿である。
・・・麻子は室井の腕の中に、赤ん坊が抱っこされているような格好で納まっていた。室井は高価な物を運んでいるような慎重で厳粛な顔をしていた。
(なるほど)
真美は納得して前を向いた。坂道は徐々に強い勾配になっていた。
・・・最後は喘ぎながら、真美は何とか最後まで休まずに愛宕さんの前の広場に到着した。坂道は思ったより急勾配であり先に登った塚田も汗を拭いていた。
最後尾から登って来た室井は、かなり鍛えているらしく息も切らさず、恭しく麻子を地面に降ろした。
塚田は一同を見渡し説明を始めた。
「奥に見える建物が愛宕さんと言われている社です。小学生がこの裏手で消えています。最初の行方不明者の主婦もこの近くの山でいなくなっています。・・・そしてこの辺一帯を捜索していた消防団員もこの広場の近くで消えています」
真美は社と広場一帯を見渡した。気のせいか、この辺りの空間だけ雰囲気が違う気がした。
「何か・・・いますね。・・・妖しい気配がします」
麻子が不意にそう言った。
「え!何・・・何」
真美が麻子を見ると、麻子は薄目になり、辺りの様子を伺っている。右手には取り出したペンダントを握っていた。
「何何何!出るの!出るの!何か出たの!」
真美は性急な展開に、半分期待と不安で落ち着かなく麻子と辺りを交互に見ていた。
「間違い無くいますね。普段はこう言う静かな場所は、妖かしが集まりやすい場所なのですが、たいてい害の無い小物ばかりなのですが・・・これは滅多に見ない大物ですね・・・かなり強い妖気です」
「うそ!うそ!どこ!どこ!」
すでに興味の方が勝ってしまった真美は、怖さを忘れて忙しく辺りを見渡した。
「妖気って・・・まさか」
塚田も半信半疑で目を凝らしている。
霊能力者と聞いているが、塚田も心の底から信じていた訳でも無く、少しでも事態を打開できないものかと、大学の後輩の吉岡に依頼を頼んだ経緯があったのだ。まさかこんな展開になるとは夢にも思っていなかった。
その時、誰かが真美の肩を叩いた。
真美が振り向くと自分と同年代の女性が立っていた。誰だったかは、咄嗟に名前が出て来なかったが、良く知っている女性であった。
「真美さん。社の裏手に行ってみましょうよ」
「・・・ええ」
見知った女性に誘われ、真美は後についてふらふらと社に向かって歩き始めた。
「真美様。お待ち下さい!」
麻子が後方から声を掛けた。
振り向いた真美に。
「真美様。わたくしたちは本日ここへ男性二人。女性二人の四人で来ましたね・・・今、全員で何人いますか?」
少し、ぼおっとした頭で、真美は人数を数えた。
(一・二・三・四・・・五・・・)
「一人多いぞ!」
真美より先に塚田が叫んだ。
「塚田様。男性は何人、女性は何人いますか?」
麻子が落ち着いた声で尋ねる。
「男が三人。女が二人」
「真美様は」
「女性が三人。男性が二人よ!一人増えてる!・・・でも知らない人はいないわ!」
真美の声は最後は悲鳴のようになっていた。
麻子はペンダントの蓋を開いて、中の鏡を真美に向かって突き出した。
「真美様。ご覧下さい」
鏡には真美が写っていた。しかし、真美の後方に居るはずの女性は映っていなかったのである。
「ひ!」
叫んで振り向いた真美の前に居たのは、真美とそっくりな女性であった。
「俺がいる!」
塚田が叫んだ。
塚田には、それが自分に見えるらしい。
一体、如何なる力が働いているのか・・・人を騙して連れ去る妖かしの能力は、麻子の能力によって効力を失っていた。
正体を見破られた妖かしは、灰色の霧となって社に向かって飛び去ろうとした。
「お待ちなさいー!」
小さな身体のどこからそのような声が出るのであろうか。広場全体の空気を震わす裂帛の気合が麻子から放たれた。
麻子の気合いに妖かしは凍ったように停止した。
真美も塚田も室井も、痺れて動けなくなってしまった。
麻子は全く恐れる風も無く妖かしに近付き、話し掛けた。
「薬師流金縛りの法です・・・相手が悪かったようですね」
----以下。妖かしの声は麻子にしか聞こえないーーーー
≪おお!その顔・・・見たことがある・・・≫
「お分かりになりましたか。わたくし麻呂子親王の末裔の、橘麻子と申します」
(丹波・但馬・丹後地方には、大江山を中心とする三つの鬼退治伝説がある。その一つが麻呂子親王の伝承である。詳しくは次回にて)
「あなたは土熊(土蜘蛛)の眷族の一人ですね。ここに封ぜられていたのですね」
≪そうよ。親王との戦に敗れ、社の下に埋まっている石の箱の中にな・・・くそっ、地震で箱と星の位置がずれ、この社の周りだけだが動けるようになったものを・・・まさか親王の子孫に捕らわれるとは・・・口惜しや!≫
「行方不明になった人は、あなたが捕えているのですね」
≪そうよ。石の中でわしの世話をさせておるわ≫
「その人たちを放して石の中に戻りなさい。それとも鏡の中に封じましょうか?あなたにとってこの鏡の中は・・・」
≪おお!それだけは止めてくれ。分かった。分かったから≫
「・・・金縛りを解いてあげます。嘘をつくと許しませんわよ」
麻子はペンダントを左手に持ち替え、右手の人差指と中指を二本立て、軽く眼前の宙を切りながら。
「ほぐれては~とぐるふどうのしばりなわ~ゆるまりきたる~もとのけんみち~」
最後は、ふっふっと、二度息を吹いた。
同時に妖かしの姿が消え、真美たちの痺れも取れた。
「い・・・今のはなんですか」
大汗を掻いて座り込んだ塚田が言った。
真美も脱力感で、へたり込んでしまった。
鍛えている室井は額に汗を掻きながらも立っている。
「室井!付いて来なさい」
麻子はそう言って社に向かって歩いて行く。
「はい。お嬢様!」
室井があわてて後を追った。
麻子は社の床下を覗いて。
「室井。床下に入りなさい。人が三人います」
「はい。お嬢様!」
室井は床下に潜り、中から行方不明になっていた三人を担ぎ出して来た。三人は息をしていたが眠ったままである。
「おお!そこは何度も探したのに」
塚田が駆け寄って来て言った。
麻子は塚田に。
「これまでは探しても結界があって分からなかったと思います。多分、この方たちは夜は起き出して水や木の実を採っておられたと思いますが、かなり衰弱されていますわ。至急、手当が必要です。連絡をお願いします」
「室井。もう一度床下に入りなさい。社の中心近くの土の中に、二つ重なった四角い石の板があるはずです」
室井は床下へもう一度入って行った。
土を手で掘る音がして、しばらくすると。
「お嬢様。ありました!」
「石がずれているはずですから、直して埋め戻しなさい」
「はい」
室井は指示通り、ずれていた石の板を合わせ、埋め戻すと外へ出て来た。
塚田は携帯電話で救急車を手配し終え。
「信じられません。こんなことがあるなんて」
まだ半分、朦朧とした頭が戻っていなかった。
「塚田様。この方たちの命に別条は無いと思います。・・・捕らわれていた間の記憶は無くなっていると思いますが・・・日本全国には、このような妖かしが封じられている場所はいくつもありますわ。妖かしが封じられた場所には偶然か人の防衛本能が働くかして、このような社が建てられていることは良くあります」
真美は驚異を見る目で麻子を見ていた。
力については所長の武志から聞いていたがまさかこれほどとは思わなかった。
いつも見たいと思っていた妖かしを見たことも衝撃であった。これほどはっきりとした怪異には今まで会ったことも無かったからである。
しかも。
麻子は昨日、京都駅で今日中に依頼を済ませて帰ることを婆やに告げていた。
これは最早、予言と言っても良いであろう。信じられないことであった。
「塚田様。後はよろしくお願いいたします・・・室井。京都駅で婆やが待っています。帰りますわよ」
「はい。お嬢様」
坂道を室井に抱かれ降りて行こうとしている麻子を、真美と塚田は放心したように見ていたが、やがて塚田が我に返って叫んだ。
「あーー。待って下さい。橘さん、このことをどのように警察に話したら良いのでしょうか!本当のことを言っても絶対に信じてもらえません」
塚田は頭を抱えた。
麻子の後を追って坂道を降りようとしていた真美は、塚田に振り返って言った。
「駄目よ!塚田さん。事情聴取をしていたら時間が掛かって電車に間に合わないでしょ。麻子さんは今日、京都駅に帰る予言をしているのだから」
麻子の驚異の力を目の当たりにして、予言は絶対であると信じている真美は、麻子に同意を求めた。
「予言は絶対よね。麻子さん!」
それを聞いた麻子が、室井に抱かれたまま顔を真美に向けて言った。
「いいえ真美様。本日、京都に帰ると言いましたのは、お琴の稽古があるからですわ」
「・・・え・・・?」
麻子はあくまでマイペースである。
驚異だの予言だのと騒いでいたのは、完全に真美の勝手な思い込みであった。
真美の膝から力が抜け、肩ががっくりと落ちた。
梢の向こうには天橋立の松林が、いつもと変わらぬ姿を見せていた。




