第六話 神隠し④
宮津市の天橋立駅では依頼主の塚田が一行の到着を待っていた。
塚田は普段は中野地区で小売りの雑貨店を経営している。
消防団の分団長になって三年目。四十一歳の小太りで人の良さそうな人物であった。
駅の待合室で塚田は真美から麻子を紹介され、明らかに失望の色を浮かべた。
武志から電話で、実績も実力も間違いないので代わりの者を向かわせますと言われてはいたのだが、これほど若い娘とは思わなかった。
それでも今さらどうこうなるものでも無い。
真美が言うには、麻子は歳は若いが政財界の重鎮と呼ばれている人たちが、日参して相談に来る優秀な霊能者だということなので、それを信じるしかなかった。
塚田は気を取り直して言った。
「もうそろそろ暗くなって来るとは思いますが、一応、現場の方を案内させていただきますので」
「いいえ。本日は疲れましたのでホテルの方へご案内願います」
麻子はきっぱりとした口調で言った。
「ええっ!」
これには真美も驚いた。
先ほど麻子を見て顔色の変った塚田に、何とかあれこれ言って取り繕ったところなのに、何を言ってるのかと、真美は麻子の耳元で小声でささやいた。
「ちょっと!麻子さん。あなた明日には帰るんでしょ。せめて今日の内に現場だけでも見ておいた方が良いんじゃないかしら」
「真美様。御心配無く。わたくし新堂様の名代としてのお役目は必ず果たして見せますので」
(はあ。名代ね・・・)
言い切る麻子の自信たっぷりな様子に、真美はそれ以上、何も言えなくなってしまった。
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次の日、朝早く起きたはずなのに、ホテルを出たのは午前十時過ぎであった。麻子のせいで出立が遅くなってしまったのである。
まず食事。
遅い。その食事の遅さは尋常ではない。少ない量を異常な長さで咀嚼する為、非常に時間が掛かったのである。
次に身支度。
室井が運んでいた旅行バッグ二つの中味は、ほとんどが着物であった。これを選んで着ることに二時間掛かったのである。
おかげで真美は、『あきれを通り越した時に、それは感心に変わる』という教訓を得ることになった。
真美たちが泊まった天橋立ホテルから、事件のあった中野地区に行くには、バスと汽船の二通りの方法がある。
麻子は汽船を選んだ。
ホテルに荷物を預け、わずかな手荷物で、真美と麻子と迎えに来た塚田の三人で文珠駅から汽船に乗った。
ボディーガードの室井は麻子の草履を買う用事で、朝から出ていてバスで現地へ向かい、落ち合うことになっていた。
あの巌の様な室井が、どんな顔をして子供サイズの草履を買うのかと想像すると、窓の外に流れる天橋立の風景を見ながら、噴き出しそうになる真美であった。
汽船は文珠駅を出て、天橋立を右手に見ながら対岸の一の宮駅まで三十分ほどの時間で送ってくれる。
真美が室井を想像して笑みを浮かべていると、後ろの席の麻子が話しかけて来た。
「どうかされましたか真美さん」
「ううん。なんでもないわ」
真美は話を変えようと。
「それより麻子さん。昨夜、寝る時に見たんだけれど、麻子さんって変なペンダントしてたわよね」
麻子は懐中時計の半分ほどの大きさの、肉厚の丸いペンダントを首から掛けていた。
「はい。これは橘家に代々伝わるもので、≪その代の一番相性が合う者≫が持つことになっていますの・・・わたくしの力も、ほとんどこれから来るものですわ」
麻子は胸のペンダントを押さえた。
「へー。どんなものですか?」
後ろの座席で聞いていた塚田が身を乗り出して聞いた。
「鏡ですわ」
「鏡・・・」
「古い物には力が宿るものです。ペンダントの中には古い鏡が入っています。この鏡は≪犬鏡≫と呼ばれています」
「犬鏡・・・変な名前ですね」
「私の祖先が≪鬼退治≫をした時に手に入れたと伝えられています」
「鬼退治!」
真美はもっと詳しく話を聞こうと思ったが、汽船のエンジンの音が変わった。目的の対岸の一の宮駅が、もうそこに迫っていた。
一の宮駅には室井が待っていた。
草履を買ってバスで先に来ていたのであろう。麻子の支度が遅かったので、買い物の時間は十分にあったはずである。
室井に差し出された赤い草履を麻子が品定めし、大男の室井が、一回り小さくなってそれを見ている。
麻子がうなずいて草履を履くと、室井がほっと息をつくのが分かった。
一行は、汽船場を出て真っ直ぐ山側に向かった場所にある≪籠神社≫へ参拝することにした。汽船場からの道が国道を挟んで参道へとつながっている。
石畳の参道の両側には松の木が並んでいる。
「へー。この神社は元伊勢なんですね」
真美が石碑に書いてある神社の由来を見て言った。
「葛城さんは、元伊勢の意味を知っていますか」
塚田が言った。
真美は待ってましたとばかり話し始めた。得意分野の話である。
「知ってます。現在、伊勢にある伊勢神社は天照大神を祭っていて、その御神体の八咫鏡が何度か各地に移されたことがあって、その地を元伊勢と言うのですよね」
「良くご存知ですね。鏡が移された場所としては諸説あるのですが。この丹波地方にも一度移ったとされていて、それがここであったと言われています」
「籠神社という珍しい社名は、本殿の主神である彦火明が竹で編んだ籠に乗って竜宮へ赴いたという伝承に基づくもので、古代日本語では籠のことを≪こ≫と読んだそうです」
「へえ。そうなんですね」
真美の目が輝いている。こう言う話は真美の趣味の範囲である。
塚田は丹波にもう一つある元伊勢の話もしてくれた。伝承では丹波の元伊勢は一ヶ所のはずなのだが、もう一つの元伊勢が、ここからそれほど遠くない大江町という町にもあり、皇大神社と言うそうである。
皇大神社は由良川と言う大きな川の近くにあり、古代では水量が豊富で神社の近くから鯛の化石が出て来ていることから、ひょっとすると二つの神社は舟で往来でき、つながっていたのではないかという説もあるそうである。
この辺りは古代から栄えた地方で、そういう遺跡がいくつもあった。
一行はそんな話をしながら籠神社へ参拝し、本日の目的である愛宕さんへ向かった。




