第六話 神隠し②
大阪府の某大学の二回生になる葛城真美は、久しぶりにアルバイト先の≪白稜堂≫に顔を出した。
真美はすれ違った男性が二度見してしまうほどの美人であるが、本人は全く気にしていない。幽霊とか妖怪に興味がある普通の女子大生とは違った趣味の持ち主で、白稜堂のアルバイトは趣味と実益を兼ねたものであった。
しかしこの日は、事務所に入った時から空気がいつもと違っていることに気が付き、嫌な感じがしていた。
白稜堂は大阪市都島区の京阪京橋駅に近い、雑居ビルの六階に事務所を構えている。
主宰するのは新堂武志。
扱っている仕事は、警察も病院も相手にしてくれない、いわゆる超常現象に分類される相談事であった。
仕事の内容は、まさに様々である。
持ち込まれる相談事のほとんどが、偶然や思い込みによる物が多く。「何とかしろ!霊の仕業に違いない」と叫ぶ依頼者に、苦労して引き取ってもらわねばならないこともあった。
それでも中には本物の依頼が舞い込むこともあり、時には身に危険が及ぶこともあった。
真美の感は良く当たる。
いつにも増して所長の新堂武志の愛想が良かった。
白稜堂の事務所は殺風景である。
カウンターと真美の事務机。黒い応接セットが一つと窓際に武志の机と椅子があるだけである。
お茶を出しながら機嫌の良い武志に、真美が一言いった。
「所長。何か企んでるでしょ」
真美は武志を睨んだ。彫りの深い、飛び切りとも言える美人が睨むと、ちょっと怖い雰囲気である。
武志は苦笑いした。
新堂武志は年齢は三十代後半。白髪の混じった短髪で、長身で筋肉質だが着痩せして見える。精悍な顔付きだが目はいつも温かい光をたたえていた。
「さすがに真美ちゃんは感が鋭いね」
「所長の愛想笑いを見たら、たいてい想像が付きますよ」
武志はもう一度苦笑いをすると、淹れてもらったお茶を取って応接セットに座り直し、手で真美に反対側に座るように促した。
嫌な予感がしている真美が不承不承座ると、武志は早速話を始めた。
「実は、これは吉岡君に頼まれた仕事なんだけれど・・・」
「吉岡さんって・・・逢坂新聞の?」
「そう」
吉岡玉彦は武志の友人で、東大阪にある逢坂新聞の記者をしている。担当は地域の生活のコラムなのだが、怖がりのくせにオカルト的な話が好きで、白稜堂に良く出入りしている。
真美とも何度も会っていて、吉岡からは名前では呼ばれず≪不定期アルバイト≫という有り難くない、あだ名で呼ばれている。
「真美ちゃんは、神隠しって知ってるだろ・・・」
「はい。神域や山や森で、何の前触れも無く人が消えてしまうことで、天狗にさらわれたとも言われるので、別名で天狗隠しとも言われるって聞いたことがあります」
「その通り」
「実は、日本三景の天橋立で有名な京都府宮津市の中野という地域で、この数週間の間に三人の人が消えてるそうなんだ」
武志はお茶をすすって続ける。
「大きな地震があったそうだけれど、その日の内に松茸を採りに山に入っていた五十代の主婦がいなくなり。次に同じ山で遊んでいた小学校六年生の男の子が消え、そして二人を捜索していた地元の消防団の三十二歳の男性がいなくなったらしい」
「何のつながりも無い人たちのようですね」
真美の目が興味で光っていた。
先ほどまでの嫌な予感は吹き飛んでいる。真美はこういう不思議な話には目が無い。全く変わった女子大生であった。
「消防団って言うのは、地元で別の職業を持ちながら消防活動に従事している半分ボランティアの人の集団でね。団員が消えてしまった中野地区の消防団のトップの分団長は、吉岡君の大学の先輩で、吉岡君から僕の話を聞いてね。警察でも調べているけれど、手掛かりが全く無いので別の方向から調べて欲しいと頼まれたらしいんだ」
うんうんと真美は身を乗り出して頷いた。目が輝いている。
「本物の神隠しなら所長の出番ですね」
不謹慎にも真美の声は期待に震えている。
「・・・ところが僕は明日から四国へ出張なんだ」
真美はピンと来た。
「えーー。まさか、私に所長の代わりに、何かしろって言うんですか」
真美はとんでもないと首を振る。
「真美ちゃん。もうすぐ冬休みだろ。僕の代行者と一緒に天橋立に行ってサポートして欲しいんだ」
「真美ちゃんも知ってる人だから大丈夫」
最後の≪真美ちゃんも知ってる人だから≫には、妙なニュアンスが込められていた。
真美は、はっとした。嫌な予感はこれだったのか。
「もしかして、その代行者って・・・」
武志はピンポーン・・・とでも言うように人差し指を立て、満面に笑みを浮かべて言った。
「当たり!橘麻子さんだよ」
真美は思わずのけ反った。




