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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第六話 神隠し①

 急に足元が揺れ出した。

 後藤涼子は、とっさに目の前にあった松の木に抱きついた。


 地震である。

 ドンドンと突き上げるような振動が地面から伝わって来る。


 体感では三十秒近く揺れていたように感じたが、実際は十秒くらいだったのかも知れない。

 揺れが止むと涼子は安堵のため息を漏らし、足元に落としたかごの中味を確かめてから肩に掛けた。

 籠には松茸が入っていた。




 涼子は五十歳になる主婦である。

 今日は朝から自宅の裏山に自生する松茸を探しに来ていた。松茸は毎年同じ場所に出てくる可能性が高く、涼子はその場所を覚えていた。

 本日の収穫は今のところ三本である。


 昼にはまだ早いが大きな地震があったので、山の中で一人きりということが心細くなった。


 今日はこれくらいにして帰ろうと思い、ふもとの方へ目をやった。

 松の木の枝の向こうに日本三景の一つである≪天橋立あまのはしたて≫が見えている。内海の波は穏やかで、いつもと変わらぬ松並木を見せていた。

 

 (天橋立は宮城県の松島。広島県の宮島と合わせて日本三景と呼ばれている名勝の一つであり、約三千六百メートルの細長い砂州に約八千本の松が並んでいて、京都市内を除けば、京都府で最も多い観光客が訪れる景勝地である)


 涼子がいるのは天橋立の北側にある、宮津市の中野地区の山の中である。ここから東北方面に向かえば、西国二十八番の札所≪成相寺なりあいじ≫へ出ることになる。




 涼子は落ち葉の積もった木立ちの中を慎重に下り始めた。十五分も下れば人家が見えてくるはずである。




 しばらく山を下ったところで、誰かに呼ばれた。


 「涼子さ~ん」


 呼ばれた方に目をやると、林の中に女性がいた。


 どこかで見た顔である。地元の見知った誰かであるのは間違いないが、どうしても名前が思い出せなかった。

 年齢は涼子とあまり変わらないであろう。その女性も籠を肩から下げていた。涼子と同じように松茸を探していたようである。


 「すごく揺れたねえ」


 「本当ね」


 「そこの愛宕あたごさんで休憩して行きましょうよ」


 「・・・ええ」




 地元で愛宕さんと呼ばれているやしろは、山の中腹にあった。三メートル四方ほどの小さな建物で、中には小さな木造の仏像が一体安置されている。


≪日本全国には愛宕山と呼ばれる山が多くある。ほとんどは山城国の愛宕神社と関連のある山で、たいてい火の神様を祭っているが、ここに出て来た愛宕さんは、地元で昔からそう呼ばれているだけで、愛宕神社とは関係が無い社であった≫




 二人は社に着くと軒下の日陰に腰を降ろした。社の前は広場になっていて、学校が終われば地元の小学生の遊び場になっている。


 涼子はどうしても相手の名前が思い出せなかった。とは言え親しげに話す女性に名前を聞く訳にも行かず、曖昧な返事に終始していた。




 「それはそうと涼子さん。この社の裏手に変わった物があるのよ。知ってる?」


 「え・・・さあ」


 「見に行きましょうよ」


 女性が立ち上がった。

 涼子も釣られて立ち上がった。いったい何があるのであろうか。




 涼子は女性に付いて社の裏手に回って行った。

 そして、そのまま涼子は行方不明になったのである。




 ----------




 息を弾ませて小学生の集団が愛宕さんへ続く山道を駆け登って行く。

 小学校六年生の井上進をはじめとする近所の子供たちである。


 進は休まず一気に坂道を駆け上がり、愛宕さん前の広場に着くと全員が揃うのを待ち、持っていた空き缶を広場の中央に置いた。

 今から缶蹴りをして遊ぶのである。


 「ようしジャンケンするぞ」


 そう言って全員を見渡した。

 そして不思議なことに気が付いた。


 いつも七人で遊んでいるのだが、今日は一人多くて八人いる。誰が増えたのであろうか・・・良く見ても知らない顔はいなかった。


 「まあ、良いか」


 誰が増えたか調べるより、早く遊びたい気持ちの方が強かった。

 ジャンケンをして四年生の水口亮太が鬼になった。


 「ようし。缶の上で目をつぶって百数えろよ」


 進がそう言ったのを合図に、皆が一斉に広場に散って隠れ出した。




 進は広場の右奥にある大きな松の陰に向かったが、途中で呼び止められた。

 そちらを向くと、いつも遊んでいる子がいた。


 (誰だったっけ・・・)


 「進くん。愛宕さんの後ろに一緒に隠れようよ」


 そう言って、その子は返事も待たずに社の裏手を目がけて走って行った。




 鬼役の亮太は、缶の上にかがんで数を数えながら、薄目を開けて隠れて行く仲間たちを見ていた。

 鬼になった時に、いつも使う常套手段である。




 六年生の進が、誰かの後に付いて愛宕さんの裏手に駆けて行くのが見えた。


 そして、それっきり進は消えてしまったのである。

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