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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第五話 天国への道⑤

 野村真治は逮捕されてから、じばらくは完全黙秘だった。何を聞かれても一切答えなかった。


 雄介もベテラン刑事と共に何度も野村を聴取した。


 聴衆の度に顔を合わせていた雄介を見て、野村は歳も近い雄介となら世間話くらいならしても良いと言い出した。


 打つ手が無いと困っていた警察側は、突破口になるかもしれないと、雄介と野村に話をさせることになった。

 野村の条件は、話は二人きりで、録音無しで行うということで始まった。


 話は本当に取るに足らない世間話だった。学生時代の話とか、阪神タイガースの話とかである。




 そうしている内に、事件の事情聴取も受けると野村が言いだした。条件は事件の事情聴取は雄介以外の者が行い。雄介とは世間話を続けるということであった。


 事情聴取が始まると、今まで黙っていたのが嘘のように、野村は何でも話し出した。

 事件の全容も徐々に明らかになった。

 学生時代から宗教に興味があった野村は、様々な宗教に入信し、短い期間で脱退することを繰り返している内に、今回、犠牲になった石井清美と知り合った。


 知り合ってからは今度は清美と共に、更に様々な宗教団体を渡り歩いたらしい。何のために渡り歩いたのかと聞くと≪真理を探す為≫と答えた。


 清美を殺す半年前には婚約もしていたが、真理に対する考え方で喧嘩をするようになり、別れ話がもつれて殺人に至ったとのことである。

 痴情のもつれでは無く宗教の考え方の違いで殺人とは、あまり聞いたことが無い。


 清美と同時に殺された、もう一人の女性の名は芦田洋子。野村と清美の共通の友人で、二人と同じように宗教団体を渡り歩いていて知り合いになったらしい。

 洋子は清美に野村との別れ話の相談を受けていて、一緒に野村の部屋を訪れていて、巻き添えを食って殺されたのである。


 被害者の肉を食べたことは、良く覚えていないとの一点張りで、宗教には関係ないと言い張った。






 「それで・・・ここからだろ」


 玉彦が話を促した。


 人が多くなって来た居酒屋は喧騒が酷くて、二人の話に耳を傾ける者も興味を持っている者も誰もいない。


 「はい。もう事情聴取は終わって、自分と野村の世間話も、この日が最後の日でした」


 雄介はジョッキを飲み干した。


 


 「笑い話をしていたんですが、野村が急に真顔になって、俺にだけ本当のことを言うと言って来たんです」


 「本当のこと」


 「はい」






 

 「刑事さん。あんたは良い人だ。あんたにだけ本当のことを言うよ。あんたも≪天国≫へ行けるようにね」


 「?」


 「今さら刑事さんが誰に何を言ったとしても、俺の証言は覆らないよ。他の人には今までと同じ証言しかしないからね・・・そこを考えて、今から言うことは刑事さんの胸にだけ留めておいた方が良いよ」


 野村はにっこりと笑った。

 その笑みが不気味で、雄介は唾を飲み込んだ。


 「俺と清美はね、最後まで愛し合っていたんですよ」


 「へっ?」


 「清美も、同時に死んだ芦田洋子も、喜びの中で死んだんですよ」


 雄介は野村の話が理解できず、狂ったのかと思った。




 「俺たち三人はね。死後について、ずっと考えていたんです・・・刑事さん、我々はね、みんな毎日、他の生命を殺して生きているんですよ」

 「物を食べると言うことは、他の生命を殺すことです。生きると言うことは毎日毎日、罪を背負っていることなんですよ」




 「刑事さんはイエス・キリストを知っていますでしょ」


 「キリスト教のですか・・・」


 「そうです。キリストはゴルゴダの丘で十字架にかけられたのは、人々の原罪をつぐなう為だったと言われています」




 「自然界では、例えばプランクトンは小魚に食べられ、小魚はより大きい魚に食べられ、大きい魚は人に捕えられて食べられたり、そのまま死ねば小さな生き物に食べられることになるよね・・・」

 「食べられると言うことは殺されると言うことです。食べられると言うことは罪を償うことです。命を奪って生きる罪は、命を与えなければ償えないものなんです」


 話し出した野村は鬼気迫る形相であった。


 「我々人間は、ほとんどの人が罪を償うこと無く死んで行きます。火葬にされてね・・・今でも鳥葬と言って、死体を鳥に食べさせてあの世に送る葬儀の国もありますが、日本に住んでいる者の未来は罪を償うこと無く死んで、地獄に行く道しかありません」

 「俺に殺された清美と洋子は喜んで死んで行きました。罪を償い、天国への道を歩んで行ったんですよ」


 野村は話しながら、その時のことを思い出しているのか、陶酔した遠くを見る目をしていた。




 「馬鹿な・・・間違ってるぞ!」


 圧倒されていた雄介は、気圧されまいと立ち上がって叫んだが声が震えていた。


 「違う。違うぞそれは」


 自分に言い聞かすように言った。




 立ち上がって叫んだ雄介を見上げていた野村であったが、やがてゆっくりと頭を振った。


「残念です。刑事さんなら分かってくれると思ったのですがね・・・良いですか?天国へ行ける道は、いくつもありませんよ・・・俺はこれからも非情な殺人鬼を演じて行きます。そして、いずれ死刑になるでしょう」

 「他人に殺されることにより、自分も罪を償い天国へと行けるのです」


 野村真治は興奮が冷め、落ち着いた声で言った。


 その声は一片の疑問も無い、確信に満ちた声であった。

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