第五話 天国への道③
「私は魂と言う物は≪思い≫・・・意識の塊。そんな≪意識の力場≫と思っています」
「意識の力場ですか」
「言葉で表現するなら、意識の力場という言葉が一番当てはまる表現と思います」
雨月は続ける。
「死者は魂(意識の力場)となって肉体から抜け出た後、しばらくは自分が死んだことを認識できないようですが、自分の亡骸を見たり、自分の葬式を見たりしている内に、徐々に死んだことを認識して行きます。・・・吉岡さんなら、自分が死んだと理解した後はどうしますか」
玉彦は腕を組んだ。
「う~ん。そうですね。生き返ることが出来ないなら、この後どうなるかと考えると思います」
「遅かれ早かれ、だいたい、そういう風な考えに辿り着くと思います。死んで間もない内は、魂は生前の姿をしています。それは魂が自分はそういう姿であると信じているからであって、本来、魂に形はありません。・・・意識の力場なのですから」
「魂は死んだ時の状態によって、さまざまな思いを心の中にとどめています。満足して幸せだった人。孤独で寂しかった人。人を信じられず猜疑心で溢れていた人。他人の不幸をかえりみなかった人」
「そこで私が思うのは、例えば寂しかった人は、やはり寂しかった人の意識と引き合うのではないでしょうか」
「引き合う?」
「そうです。よく類は類を呼ぶと言うでしょう。同じような思いを持った意識同士はお互いに引き合うと思うのです」
「天国と地獄は、それぞれ何層にも分かれていると言われています」
「幸せだった魂は幸せだった魂と引き合って、幸せが満ちる集合場所を造り、それがいわゆる天国であり、憎しみの気持ちを持つ魂は憎しみの気持ちを持つ魂と引き合って、憎しみが満ちる地獄を造るのではないかと思うのです」
「なるほど!分かります」
玉彦は膝を叩いた。
「良く分かります先生。例えば死んだ時、俺は地獄にしか行けないと思っている人や、後ろめたい人生を送って来た人は、同じような魂の力場を持った人が集まる場所に集まって行き、そこが地獄になり。逆に人に恥じることの無い人生を送っていた人の魂が集まる場所が天国なんですね」
「そうです。つまり天国と地獄と言うのは、誰が何の基準でどちらかに行くように決めるのでは無く、天国と地獄に振り分けるのは自分自身の心なんです」
「天国行きか地獄行きかを決めるのは≪閻魔さま≫と言われてますが、閻魔さまは自分自身だったのですね。・・・こりゃ嘘は付けないや。自分のことは自分が一番知ってますからね」
玉彦は腕を組んで何度も頷いた。
雨月は玉彦の疑問をほとんど解決してくれた。少女からの手紙にも、美味く返事が書けそうな自信が付いて来た。
玉彦が雨月に礼を述べて屋敷を出たのは、すでに陽が大きく西に傾いた頃であった。秋の冷たさを含んだ風が夕日と共に漂って来る。
来た時と同じように、気味の悪い竹藪を小走りに駆け抜け、人家の多い通りまで出て来て少し落ち着いた。
その時、鞄の中で携帯電話が鳴った。
すぐに取り出して電話に出た。相手は同僚の大崎であった。
「あ。玉ちゃん。やっと出たね。どうしてたの?」
「え?」
「ずっと電波の届かない場所府だったよ」
山田雨月の屋敷は障害物でもあって電波の届かない場所だったのであろうか・・・まさか別の次元にある場所だったりして・・・玉彦が空想に入りそうになったが同僚の声で我に返った。
「まあいいや。デスクに変わるから」
次に編集長が出た。
「こら!吉岡。携帯くらい確認しろ!」
「うわ!すみません」
「まあ良い。お前、京都にいるんだろ。今から京都拘置所へ行け。そこからなら近いだろう」
「京都拘置所ですか?」
「ああ。野村真治の死刑が確定したんだよ」
「へー」
「何がへーだ。奴は今、京都拘置所にいるから、何でも良いからネタを集めてこい。京都府警には別の奴が行っている。拘置所の方には佐々木が行ってるから、お前は応援だ」
「分かりました」
言って電話を切った。
野村真治は二年前、世間を騒がした殺人鬼である。
当時、交際していた女性とその友人を殺害した上、肉を切り取って食べたと言う猟奇殺人の異常犯であった。




