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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第四話 顔の無い地蔵③

 由美が救助されたのは、それから二日後である。


 二泊の予定で予約していた旅館が、山へ登ったまま帰らない二人を案じて警察に通報し、その捜索隊によって発見されたのであった。


 ハイキングコースから完全に外れていたにも関わらず救助されたのは幸運としか言いようが無かった。




 救助された由美は悲惨な状況になっていた。寒さで衰弱しているだけでなく、両足の痺れが全身に回り、身動き一つできなくなり言葉も発することが出来なくなっていた。


 すぐに病院に搬送されたが、全身麻痺は療養して様子を見るしかないと診断され、言葉が出なくなったのは心的ストレスであろうと推測された。


 そのストレスは、朽ち果てた小屋で二晩過ごしたことであろうと医者は推測したが、真の恐怖の原因がどのようなものであったのかまでは、分かるはずも無かった。伝えるすべのない由美だけが体験した恐怖である。




 一方。夫の良一は由美が救助された時と同じ頃、山を二つほど越えた場所で発見された。

 発見された場所は、すでに廃村になっている良一の出身の村であった。

 倒壊寸前の廃屋の玄関で、放心している状態で捜索隊に助け出された。


 担がれて山を降り病院に搬送されたが、体力が消耗している他は、これと言った異常は認められなかった。


 ただ、由美とどうして別れたかのか。どうやって廃村までたどり着いたのかなど、記憶に空白が出来ていて、どうしても思い出すことが出来なくなっていたのである。




 ・・・・・・・・・・




 由美は天井を見上げている。

 隣で良一が起き上がる気配があった。



 なぜ、由美があの小屋に置き去りにされたのか。

 なぜ、良一は廃村で放心状態でいたのか。



 今の由美には理由が分かっていた。

 良一が結婚前にしてくれた話を思い出したからである。



 それはその時は取るに足らない遠い昔の風習としか思えず、半分聞き流すようにして聞いていた話であった。

 それがあの山での体験と繋がった時、全ての疑問が溶けたのであった。




 あの時、良一はこういう話をしてくれた。




 「ずいぶん昔の話なんだけれどね・・・多分、百年以上昔のことなんだけれど、当時は生きて行くのが大変な時代で、特に僕の出身の村は山間の貧しい村だったから≪帰りの山≫という風習があったんだ」


 「帰りの山?」


 「そう。俗に言う。姥捨て山うばすてやまと言う悲しい風習さ・・・老人や病人。怪我で回復の見込みが無く、動けなくなった人を、口減らしの為に山に捨てる恐ろしい風習だよ」


 良一は鼻に皺を寄せて話を続けた。


 「それでもね。当時、食うや食わず、ギリギリの限界で生きていた人には避けられない風習だったと思うよ。・・・捨てる方も捨てられる方も、双方納得しての行為だったはずだよ」


 「それなら映画で見たことがあるわ。楢山節考ならやまぶしこうって映画で、その中では≪楢山詣り≫って言ってたと思う。捨てられる母親が息子のことを思って≪お参り≫を早める悲しい物語だったわ」


 「うん。それだよ。・・・それでね。僕の村では、捨てる人を背負って行く道に地蔵があったそうなんだ」




 「お地蔵さまが?」




 「行く時は二人で・・・帰る時は一人で。何を地蔵に祈ったんだろうね」


 「怖い話ね」


 「遠い昔の話さ。親父も婆さんも、あまり話したがらなかったなあ」



 ・・・あの山で見た地蔵には顔が無かった。



 送って行く者も、送られて行く者も、どんな顔で地蔵に祈れば良いのであろう。

 思いを受け止める地蔵も、どう言う顔をしていれば良いのであろう。


 地蔵を彫った者も、地蔵に顔を彫れなかったに違いない。顔の無い地蔵は、言わば≪無情の地蔵≫である。






 良一が由美の枕元に立った。やさしく由美を起こす。


 ・・・目が合った。良一の目には感情が無かった。




 あの山で、顔の無い地蔵に会った時、最愛の肉親を山に捨て、悲しみに咆哮しながら彷徨っていた魂の一つが、自分の村の末裔の良一に憑いたのかも知れない。


 あの時、良一に背負われた由美には≪帰りの山≫へ行く条件が揃っていたのであろう。


 あの倒壊しかけた小屋にいた老婆たちは、遠い昔、子孫の為に運命を受け入れた人たちの魂だったのか。




 由美の胸にはすでに不安は無い。

 あの山に帰って行くのは自分の運命なのかも知れないと由美は思っている。


 ≪自然にそう思える由美には、小屋で過ごした時に捨てられた者たちの魂が憑いてしまったのか・・・≫




 良一の背に負われて家の外に出た由美を冷たい外気が包んだ。息が白い。もう冬である。

 風に雪が舞っている。


 風に吹かれた雪片の一つが、由美の頬に止まってすぐに溶けて消えた。




 良一の足が、しっかりとした足取りで動き始めた。


 あの山に向かって。

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