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新・魔風伝奇  作者: ronron
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第四話 顔の無い地蔵①

 柴田由美は天井を凝視していた。


 見上げている和室八畳の間の天井には、木目の杉板が張られている。

 部屋の中は庭側にある障子を通して入って来る淡い月の光で、照明なしでもはっきりと見ることができた。


 天井から吊り下げられた照明器具の円形の電球が、他の物に比べて、やけに白く浮き上がって見えた。


 由美の横には夫の良一が規則正しい寝息を立てている。

 由美と同い年の四十歳である。


 二人の間に子供はいない。


 由美は目だけ動かして良一を見た。

 髪が白くなっている。

 二ヶ月前は白髪が多少目立つ程度であったが、僅かな期間で白く染まってしまっていた。




 そろそろ時計の針は午前零時を指す頃だ。良一も目を覚ますに違いない。


 由美は時計の方を見ようとして諦めた。目だけ動かすのでは見えない位置に時計はあった。

 由美は全身が麻痺している身体を恨めしく思った。身体が動かないだけでなく言葉を発することもできない。

 思考することに問題は無いが、身体は指一本動かすことが出来なかった。


 医者にも回復の見込みが無いと伝えられた良一は、自宅で介護したいと病院に申し出て、三日前に退院して自宅に帰って来ていた。




 ・・・間違い無く今夜であろうと、由美には確信めいたものがあった。


 良一は、もうすぐ起き上がるはずである。そして由美を背負って連れて行ってくれるはずである。

 由美はそれを運命であると受け入れていた。




 由美は、こうなることに至った三ヶ月前の出来事を思い出していた。






 身体にまつわりつくような粘着性を持った雨が降っている。

 良一の落ち葉を踏んで歩く足も、疲労の為に重さを増していた。


 由美は良一の背に負われて、不安に歪んだ顔で雨の落ちて来る空を睨んだ。


 二人の頭の上には、黒々と繁った梢が覆いかぶさるように伸びていた。その向こうには、真っ黒に曇った空が見えている。

 雨は全く降り止む気配は無い。




 二人は週末を利用して、秋のハイキングを楽しもうと、良一の故郷の近くの山へ遊びに来ていて道に迷ったのである。


 良一の出身の村は、ここからいくらも離れていない場所にあったが、過疎化が進み、今では誰もいなくなって廃村になったそうである。

 良一自身も、中学校一年生の時に村を出て以来。一度も帰ったことはないと言っていた。


 ハイキングコースは、最近のブームによって出来た新しい道であったが、良一が少年時代に駆け回った地元の山とあって、土地勘があるので別のルートで行って見ようということになり、由美も同意してそれに従ったのだが、一時間も行かない内に道に迷ってしまったのだ。


 来た道を探している内に天候が急変し雨が降り始めた。


 二人は焦って移動し、由美が山の斜面で足を滑らせ、二十メートルほど下の沢に向かって滑落した。


 更に不運が重なった。由美の外傷は擦り傷くらいだったが、どこでぶつけたのか両足が痺れて立てなくなってしまったのである。


 雨は容赦なく降り続け、陽も落ちて来た為、二人は近くにあった大木の陰で、まんじりともせず一夜を明かした。

 秋も深くなる時期とあって、濡れた身体に夜の寒さが辛かった。

 食料は僅かな菓子類しか無い。




 二人は翌朝、早朝から動き出した。

 由美の両足の痺れが取れない為、荷物を整理してリュックを一つにし、由美がリュックを背負って、良一が由美を背負った。


 二人が行くのは平地では無く、湿った落ち葉が積もった起伏のある森の中である。

 がっちりとした体格で、体力に自信のある良一であったが、数十メートル進んでは休憩を挟む行程であった。




 由美を置いて救援を求めに行く提案が良一から出たが、由美は森の中で独りになることを恐れ、断固としてそれを認めなかった。


 雨は小降りになったが、止む気配は全くなかった。

 このままであると、今夜もまた野宿を覚悟しなければならなくなるであろう。夜の寒さを思うと辛い。


 不安が由美の胸に湧き上がって来た時、良一が周りを見て一言いった。


 「この景色・・・見たことがある。・・・子供の頃。いや、いつだったか確かに見たことのある景色だ」


 周りは右手が山の斜面になっていて、左手には雑木林を通して向こうに沢が見えていた。


 「本当!それじゃあ帰れるのね!」


 「多分・・・こっちだ」


 良一はそう言うと疲労を忘れたかのような力強い足取りで歩き始めた。




 黙々と良一は進んで行く。

 いつの間にか雨が止んでいた。代わりに木々の間には霧が流れ始めていた。

 十メートルほど先は白く霞み、良一が進むにしたがって、霧の奥から湧き出すように木々のシルエットが浮かび上がって来る。




 ・・・どれほど進んだであろうか。

 唐突に良一の足が止まった。




 良一は動かない。




 「・・・?・・・あなた。どうしたの」


 由美の声にも反応は無い。




 良一は足元に視線を落したまま、微動だにしなかった。


 やがて、右手が動いた。

 由美を背負って支えている左手はそのままで、右手を手刀にすると、自分の顔の前に持って行き、拝むように静かに深く頭を下げた。 


 その体勢になったおかげで、由美にも良一の足元が見えるようになった。

 そこにあったのは高さが五十センチくらいの小さめの地蔵であった。




 辺りは手入れされていないので、地蔵の頭の部分から下は、ほとんど雑草に埋まってしまっていた。


 地蔵の身体部分には薄緑色のこけが張り付いているのが見えたが、頭部には陽が当たる為か苔は生えていなかった。




 由美が不思議に思ったのは、地蔵に顔が無かったことである。




 ソフトボールくらいの大きさの頭部には、大きな福耳の他には何も無かった。風化した訳では無く、明らかに最初から無かったとしか思えない様子であった。

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