最後の贈り物
僕、天城まどかはとある田舎の温泉街にある老舗旅館の跡取り息子である。
幼い頃からずっと旅館の手伝いをして育ち、従業員たちに囲まれて育った。
3分の1程の従業員が住み込みで働いているので、つい最近まで家族の認識でいた。
そんな僕には幼なじみがいる。
料理長の一人息子、青葉蓮斗だ。
蓮斗のお父さんは拘束時間の長い仕事内容のため住み込みで暮らしている。
お母さんは中居さんをやっていて結婚と同時に住み込みに変わった。
そんな僕と蓮斗は幼稚園も小学校も中学校もずーっと一緒だった。
同じ住所に住んでるから当たり前か。
その流れでずっとずっと一緒に居られるものだと思っていた。
高校生になる時、蓮斗は僕と一緒に県内1の進学校に進む予定だったんだ。
でも受験直前になって調理部の盛んな高校に変えてしまった。
なんでもその学校の調理部は数々のコンクールで受賞者を出しているらしい。
見栄えや味、変わり種メニュー、僕はそんな調理のコンクールがあることを知らなかった。
離れ離れになるのは寂しかったけど、蓮斗が
「まどかが旅館の経営をする時に、少しでも力になりたい。料理を宣伝に使ってもらえるくらい旅館のメインにしたい。」
なんて言うから嬉しくなって我慢した。
そんな僕達の関係が変わったのは高校二年生の夏だった。
老舗旅館の息子らしく制服を着ていない時は着物の僕。
昔から特に気にもせず地べたや石に座ろうとする僕のために蓮斗はリネンのハンカチを敷いてくれる。
せっかくの綺麗な着物が汚れちゃうだろって。
蓮斗はいつも僕のために余分にハンカチを持ち歩いていた。
「俺、まどかと離れてやっと気づいたんだ。まどかは俺の特別だって。付き合ってくれないか。跡取りに言うべきじゃないのかもしれない。でもどうか俺を選んで欲しい。」
嬉しかった。もう僕は高校が離れるとなった時にはこの気持ちに気づいていたから。
「ありがとう。僕も蓮斗が好き。付き合いたい。」
感情が込み上げてきて涙となって溢れ出た。
「あははまどかは昔から泣き虫だな。」
そう言って僕のためのハンカチで僕の涙を拭いてくれた。
それからは毎日今までよりも楽しく思えた。
朝起きれば蓮斗は従業員用の朝食作りをしている。
高校入学と共に修行としてお父さんから仕事を譲ってもらったらしい。
アルバイト代も出るようで、蓮斗はとてもやる気になっていた。
ただ、朝は蓮斗がアルバイト、夜は僕が所作をみにつけるためにやっている茶道のためなかなか時間は合わない。
それでも朝夜のご飯は一緒に食べられるし、時間が合えば一緒に温泉も入れるから会えないわけじゃない。
高校三年生になり進路を決める時が来た。
僕は経営を学ぶために大学に行くか親と話し合ったが、実践で理解し工夫し身につけていく方がいいと判断し進学はしなかった。
進学して4年間いなくなるより、早いうちに次期跡取りとして顔を覚えてもらうほうが大切だと思ったし後悔はしていない。
蓮斗も高校の調理部で様々な賞を受賞し実力は申し分ないので、このままうちに就職して修行して行くのだと思っていた。
でも蓮斗は東京の専門学校に進学することにしたらしい。
蓮斗の両親も僕の両親も笑顔で送り出していた。
僕はどんな表情をしていたんだろう。
───────
『まどかへ
久しぶり、って程でもないか。
あんまり連絡つかないけど元気にしてるか?
俺は毎日たくさんの新しいことに触れて自分の未熟さを実感しているよ。
まどかは綺麗で頭もいいからきっと、旅館の顔に、素晴らしい経営者になると思う。
お互い頑張ろう。
まどかの誕生日にはプレゼントを送るから楽しみにしててな。』
高校を卒業すると離れ離れになるだけでなく、忙しくて連絡すらなかなか出来なくなっていった。
そんな中でも蓮斗は、僕がなかなか既読にできないLINEに加え、手紙まで送ってくれた。
最近の僕は変だ。蓮斗がLINEで細かにくれる近況報告を読むのが辛い。
卒業したら帰ってくる、それだけを頼りに今をすごしてる。
プレゼントはいらないから蓮斗に会いたい。
どうか、どうか変わらない蓮斗のままでまた会いたい。
『まどかへ
夏休み帰れなくてごめんな。
冬休みまで帰れないけど寂しくて泣くなよ。
そういえば誕生日プレゼントに送った腕時計つけてくれたかな、きっとまどかに似合うと思う。
LINEは連絡つかないのに手紙はしっかり返事くれるところ、古風で結構好きだよ。
また返事待ってるからな。』
蓮斗は僕の誕生日に帰って来れなかった。
でもプレゼントはしっかり僕の誕生日に届いた。
着物によく合う小さめでシンプルなデザイン、つい最近日本初出店の話題のブランドの時計。
ねえ蓮斗、僕は高い腕時計よりも蓮斗のほぼ正確な腹時計の方が好きだったよ。
そろそろおやつの時間だから帰ろうって、僕に手を差し伸べる蓮斗の笑顔がなによりもきらめいて見えた。
『まどかへ
きっとまどかは今も毎日着物を着て過ごしているんだろうね。
凛として決して裾を乱すことなく歩く姿が好きだった。
俺が着物を着なくなってもう3年が経つ、もうすっかり流行りの洋服を着こなしてるって友人たちに言われるんだ。
まどかにも見せたいな。
LINEもいなくなって、簡単に写真が送れなくて残念だ。』
僕だって、蓮斗が行事の時たまに着てる着物姿が好きだ。
僕とは違って男らしく着こなしていた。
いつものTシャツズボンにエプロン姿だって好き。
油のはねた跡の染みは蓮斗の努力の跡、何枚もエプロンダメにして作ってくれる料理たちが好きだった。
ちゃんと返事を返さなかったくせに毎日連絡が来てることだけは確認してたLINE、徐々に連絡がなくなって最後にみた連絡は、この夏もやっぱり帰らないの一言だった。
僕がLINEするのは家族と1部の仲いい友人だけ。
だからすぐ目に入る蓮斗の最後の連絡が悲しくて、LINEを消した。
ねえ、文字だけだと蓮斗のことがわからないよ。
どうか元気で帰ってきて。
蓮斗から返事の手紙がこないまま1年がすぎもうすぐ蓮斗の卒業。
僕、もう何となくわかってたんだ。
きっと次の手紙が最後になる。
『蓮斗へ
たくさん手紙を送りあったけど、僕が連続して出すのは初めてだね。
僕なんとなくわかってるよ。
きっともう蓮斗には進む道があって、その先に僕はいないんでしょう?
送りだしたあの日、泣いたつもりはなかったけど僕は泣いていたのかな。
寂しそうな笑顔で頬を撫でてくれた蓮斗のこと今でも思い出します。
最後にひとつだけ僕のわがままを聞いて欲しい。
これから自分で涙を拭うためのハンカチをプレゼントしてください。
もうハンカチはひとつ持っていればよくなって忘れちゃったかもしれないけど、すぐ泣く僕の頬が痛くならないように、すぐ怪我する僕の応急処置でガーゼ替わりに使うように、自分のとは違うコットン素材のハンカチを持っていてくれたこと、僕は覚えています。
きっとこれが最後の手紙になるのでしょう。
僕のことどうか忘れないで。』
『まどかへ
まどかを忘れて生きていく俺を、許してくれなんて言う資格はない。
許さなくていい。
俺はフレンチのシェフを目指すことにした。
今まで旅館で食べてきた日本の伝統のような食事とはまた違った煌びやかさに心を奪われた。
先生の紹介で1年の時からバイトをさせてもらっていた店で就職も決まった。
なかなか言い出せなくてごめん。
いつか縁があったら俺の料理をまた食べて欲しい。
でも店も場所も教えるつもりはない。
まどかは旅館の跡取りとして、俺はフレンチのシェフとして、きっともう人生が交わることはない。
それでいいと思う。別々の場所で生きていこう。
この役目をくれてありがとうまどか、最後にまどかの涙を拭えなくてごめん。
さようなら。どうか元気で。』
手紙には青葉のような緑色のハンカチが同封されていた。