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フレッシャーズin高校

作者: NTN

時は今。灼熱の夏に昼がやって来た。

人々は白い食物を口に運び、夕日を拝むまでの糧とする。

ここは学び舎。

そして、また一人、水を失う少女が一人――――。

私は岬。高校生。……トマト農園を経営している。

別に農業高校に通っているわけではない。自称進学校って呼ばれるような、そこらへんにある、そこそこの学校。頭が良ければ、もっといい場所に行ってただろうな、って、山奥の校舎に向かいながら毎日思ってる。そんなくらいの、つまらない女。


「アンタさ、いい加減バイトしなよ」


 話しかけてきたのは友達の浴衣。購買謹製のフルーツサンドをむさぼりながら私の席までやって来たのだ。


「別にする必要もないし。遊ぶ相手もいないし」


 え、私は? みたいな顔をされてもそもそも私はあんたと一度も遊んだことがない。浴衣の家はいわゆる……、なんでこの子はこんなクソ高校に通ってるんだって位にお嬢様だ。今日もキューティクルがまぶしいぜ、浴衣。いい匂いだ。


 そんな浴衣と、一般庶民しかも農家の土臭い女と外で遊ぶわけにはいかない。事実お稽古とかで忙しいらしいし、家も魔反対だから一緒に帰ったこともない。というか、一度だけ浴衣邸の前を通りかかったことがあるけど、正直、凡人の私には足が踏み入れられないほどに豪邸だった。

 彼女が毎日脳にフルーツサンドをむさぼるのも、そう、そんな家に育つ彼女なりの葛藤の現れ……というわけではないらしく。以前聞いたら、「え?私家でもけっこう食べてるよ?笑」だとか。


「じゃあさ、なんでいつもジュース一本買わないのよ。こんなクソ暑いのにさ」


 こら。お嬢様がそんな言葉を……、というか普通に口悪いから使うなっての。


「それは、ただ此処の自販機に好きなのが無いだけ」

「お茶とかあるじゃん」

「やだ。飲み飽きた。……家帰ったらキロ単位でばーちゃん家から来てるし」

「なに、業者?」

「農家だからね。それでもやりすぎだけど」

「ふーん。おばあちゃんのお茶おいしいの?」

「あ、いや。ばーちゃんが作ってるわけじゃないんだ。地元の農協で買ってるらしい」

「えー。ほんとに業者じゃん……」

「だよね」


 梅干しの種だけが残った。私は弁当箱を閉じて、それと交換するような形で水筒を取り出した。

 ……空っぽの水筒を。


「だからさ。買ってくればいいじゃん。なんでも。水とかさ」

「水道水でよくない?」

「よくあんなの飲めるよね、岬。泥水の味しない?」


 この言葉、この子じゃなきゃ許されなかっただろうな。

 怪訝な顔をして水筒の中身を見つめ始めた男子生徒諸君を横目に、私は浴衣に語った。


「大体さ、自販機って高いじゃん」

「でも自販機でしかマトモな飲み物売ってないよ?ここ」

「まともって……。水道水だって命の水じゃない」

「泥水」

「……確かにクソまずいけどさ」


 ああいけない。話続けてのどが渇いて、口がクソ、ああいや、マジで悪い。ああ、もう。


「それに、ジュースだってあるじゃん。フーとか、カカカーラとか」


「炭酸嫌いなの」

「オッシャーパッパーは? 炭酸だけどあれだけは飲めるんでしょ?」

「あれもばあちゃん家から来る。農協ルートで」

「ばあちゃん……」


 大体、オッシャーパッパーは学校で飲みたい味じゃない。……もっと、この喧噪と散雑な空間に安らぎをくれるような、もっと落ち着いた味が欲しいのだ。

 落ち着いた味とは。つまり、適度な温さだ。夏だし、温かいものが飲みたいわけではない。でもキンキンに冷たいのはなんだか違う。なぜか此処の自販機はよく冷えているし。キンキンというよりはキンッッッキン。氷か?って思うけどなぜか液体として出てくる不思議な箱。

 それに、甘すぎるのもいただけない。眠くなってしまうのは困る。……いろいろと、ヤバい。


「コーヒーは?」

「泥水じゃん。あんなの」


 手についたクリームをなめとっていた浴衣が怪訝な顔をした。前にも話したことがあった気がする。昔はたしかこの後に……。


「せめてインスタント以外のコーヒー飲んでおいたほうがいいよ。死ぬまでには」

「死後の楽しみにとっとくわ」


 こんな会話をした。そして今もした。


「結局、のどは乾いてるんでしょ?」

「うん」

「じゃあ言ってよ。なんか買ってきたげるから。結局、階段降りるのがダルいんでしょ?ついでだから、言ってよ」


 浴衣は目の前から立ち上がって私に言った。


 ……私は結局何を飲みたいのだろうか。適度な温さ。適度な甘さ、それでいて、落ち着く味がいいな。

 ――――水道水でいいかな。


私は浴衣の事が好きなので、精いっぱいの知恵を振り絞って愛想のよい、平たい答えを返すことにした。


「浴衣にまかせるよ。浴衣のセンス、信じてるから」



@@@数分後@@@


「おー。おかえり。浴衣」

「ただいま! あったよ! 浴衣が好きそうなの!!」


 手渡されたのは、一本の缶。例の氷点下冷気が手の中で暴れている。カンと世界の寒暖差で震える手の内には、白地に健康的で真っ赤な丸いイラストがドン。


「好きでしょ? トマトジュース!」


 濃縮還元、100%。リコピン配合トマトジュース。

 浴衣は気遣いのできる、とてもかわいい子だ。私は本当に、そう思う。


「ゴメン私、トマト無理」


 ごめんな、浴衣。これは自分でも私が悪いと思う。

 だって私、トマト農家だし。


 そんな驚かないでくれ。安心してくれ。火を通せばいけるクチだからさ。。

 だから、ごめんて。


ゴメンて。

トマトはからだに良いってテレビで言ってました。なのでこれを読み切ったあなたも健康度が上がったはずです。まだまだ暑いですが、お体大切に。

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