決戦の土曜日
あたしは昨日、マサヤから訊いた集会の場所に向かった。
いくつかの大学が参加しているサークルらしく、割と大きめのホールで集会をしているみたいだった。
あたしはさすがに中に入れず、外で集会が終わるのを待った。
2時間後、ポツポツと人が帰り始める。
しばらく待っていたら、ハルトとユイが出てくるのが見えた。
あたしは彼らの後をつけ始めた。
突き付ける証拠もないし、ばっちりな証言も取れていない。
だけど、現行犯ならその場で指摘しても修羅場になるだろう。
あたしはグッとこぶしを握り締めた。
握りしめたこぶしと同じくらいに、心臓がギュッと締め付けられた。
ふたりは、公園に入って行った。
あたしも後を追って、公園に入って行く。
ちらりとふたりをのぞいたら、なんと、2人が抱き合っていた。
まさに浮気現場だ。
ふたりの顔がゆっくりと近づいていく。
ここからだとよく見えないけど、キスしているようにも見える。
あぁ、まさにこの時じゃないか。
もう一人のあたしが、あたしに声をかけてくる。
一週間かけて、念入りに、この時を待っていた。
修羅場を迎えて、あたしとハルトは別れるんだ。
だって、ハルトはちゃんと幸せにならなければならない人だ。
ハルトはいつだって、あたしに優しかった。
漫画だけ描いてればよいあたしは大学なんて興味もなかった。
そんなあたしを引っ張って、勉強をさせたのもハルトだった。
大学に入ってわかったことは、人生経験はすべてが漫画の一場面だったことだった。
なんでもやってみようと、あたしの手を引っ張ってくれたハルト。
中学2年から7年間、友だちもろくに居ないあたしの想い出のすべてにハルトがいる。
だから、もう終わりにしなくちゃいけない。
しばりつけているのは、7年という惰性の関係だ。
「ハルト!」
あたしは飛び出して、ふたりの視界に入った。
「なんで、その女とキスしてるの!―――って、あれキス?」
ハルトとユイさんがちょっと離れて立っている。
さっきの角度からみた、キスしているように見えたけど、全然キスしてない。
「ようやく出てきたね」
ハルトは低い声音で、薄笑いを浮かべた。
「ユイ、ありがとう。ってか、マサヤもありがとう」
「マ、マサヤ?!」
振り返ればあたしの背後から、マサヤが髪をかきながら出てきた。
「ほんと、マジ、今回限りだからな」
「うん。ありがとう」
マサヤとハルトはお礼を言って別れた。
マサヤはユイの方に手を伸ばすと、ユイさんはマサヤの手を取った。
「ん―――?」
何どういうこと!?
ユイさんはマサヤさんと恋人つなぎで去っていってしまう。
最後に、ユイさんが申し訳なさそうに、頭を下げていた。
「で、マチは何しているわけ?」
ここ最近、この質問をぶつけられることが多いな。
なんて、現実逃避してみる。
「マチ」
低い声音で凄まれて、あたしは「はいっ!」ととっさに返事をした。
「えっと、ハルトはユイさんと付き合っているんじゃ」
「何それ、じゃぁ、マチは一体、俺の何なの?」
「か、彼女?」
「ふーん、つまり、俺はマチと付き合っているのに、ユイと浮気しているって思われたわけだ」
ハルトの怒りがヒシヒシと伝わってきて、あたしは唇をぎゅっと結んだ。
こういう時は、有名なうさぎさんのような口になっていたい。
「マチって、本当、俺に興味ないよね」
「そ、そんなことないよ!」
「そんなことあるよ。俺が何してても興味ないし、大学では近づいても来ないし」
「だって、ハルト。めちゃくちゃもてるし」
「マチが声をかけてきて、俺、邪見にしたことある? モテるっていったって、周りが勝手に騒いでるだけじゃん」
「でも、ハルト、めちゃくちゃ女の子と関係があるって噂で」
ハルトの眉間のしわが深くなった。
怒りがより膨らんでいくのが分かる。
「へー、誰が言ったかもわからない噂のほうが、俺の言葉よりも真実味があるわけだ」
「いや、そ、そんなつもりじゃ」
あれ?
完全にあたしが怒られている構図になっている。
だけど、ちょっと待て、マチ!
「そうだ! ユイさんとの関係は!? だって、いつも一緒にいたし」
「いつも、ね。ユイはマサヤの彼女」
「へっ」
「だから、一緒に居る機会が多いかもね。マサヤがユイを話したがらないし。ユイがミス陵彩大に選ばれてからは、マサヤもピリピリしているから」
恋人つなぎで去っていったマサヤとユイさんの姿が思い出された。
「まぁ。疑いでもなんでも、俺に全く興味を持ってないマチが、俺に興味を持ったのはうれしかった。だから、マチの暴走をちょっと放置したんだけど」
「ほ、放置って?」
「うん? だって、マチ、月曜日から俺を付け回してたでしょう?」
「えー!? 気が付いていたの!?」
「あのね、マチの雑な尾行じゃすぐに気が付くに決まってんじゃん。俺のバーのバイト先にも来てただろう? オーナーに声かけられたんじゃないの?」
「な、内緒って言ったのに」
「うん、その前から気が付いていたけどね。俺、あの後、ちょっと抜けてマチが家に帰るのを見送ったし」
「はぃ!? つまり、逆尾行されてたの?」
「あんな時間にひとりで帰せるわけないだろ」
うっ―――
何もかも、ハルトのほうが上手だったらしい。
「マチは、俺が刷り込みで好きにさせたようなもんだったから、ちっとも、俺に興味がなかったじゃん」
そんなことはない、ともう、言えなかった。
「そのうち、感情が追い付いてくればいいって、放置してたけど、まさか、少しは成長したと思ったら、一気に別れようって。相変わらず、マチの暴走ぶりに目を見張るよ」
「うっ」
あたしはつい、一歩後ずさった。
その瞬間を見逃さずに、ハルトがあたしの腕をぎゅっとつかんだ。
「別れるってのは許さないから。ここまでゆっくりと、マチを育ててきたっていうのに。マチが俺を嫌いでも興味がなくても、別れるっていうのは許さない」
あれ?
なんか、このセリフ、よくある漫画のヤンデレ的なセリフな気が―――
「マチは俺と本当に別れたいの?」
あたしは恐る恐るハルトの目を見つめた。
ハルトの目の中にはあたしが映っている。
絶対に手を離さないと言わんばかりにぎゅっと握られて腕。
跡が残りそうなほどにきつく握りしめられている。
「絶対に離さない」と言いながら、ハルトの目の中に不安が揺れ動いているのが見えた。
キュンッと心臓が飛び上がった。
あれ?
あたし、やばいかもしれない。
心臓に灯った炎が、全身に広がって、いつの間にか顔が真っ赤に染まっていくのがわかる。
「マチ」と呼ぶ彼の声も愛おしくて仕方がない。
「あたしは、ハルトが好き」
声に出したら、ストンッと胸に落ちた気がした。
ハルトに抱き寄せられると、ギュッと抱きしめられる。
「明日、予定空いてるよね?」
耳元でささやかれたのは、水曜日の約束。
「うん、空いてるよ」
「じゃぁ、行こうか」
「へッ?」
あたしはもぞもぞと、ハルトの腕から顔を出して、彼を見上げた。
そして、ピタッと固まった。
ニターッと笑みを浮かべたハルトが、あたしを視界にとらえていた。
「今日はうちに泊まって。お詫びはしっかりしてもらわなきゃ」
あれー?
どこで間違えた?!
なんだか、ヤンデレ化したハルトに引きずられるように歩き出した。
早足で歩き出すハルトに、小走りについていくあたし。
ちらりと見えるハルトの横顔に、あたしは息をついた。
―――まぁ、結局好きだから、仕方がない。
7年という月日の惰性の先に、もう一度、恋をしてしまったみたいだ。
これも、終わりよければすべてよし―――ということか。
後日談
終わりよければすべてよし、なんて言うけれど、全然良くなかった。
あたしは月曜日、ベッドから降りることもできずに大学を休んだ。
火曜日、大学に行ったら、あたしがハルトの彼女だって噂でもちきりになっていた。
なんでこうなった!?