番外1話 ダイヤモンド ~妹の述懐~
社会通念としてはインモラルな面がありますので、受け入れ難い方はご遠慮ください。
本編の補足兼解決編的な話です。
評価、ブックマークありがとうございます。
「ごめんなさい。 先輩とお付き合いはできません」
告白されたのは今週二人目。ほんとうに面倒。
恋愛対象として見ることが出来ないので、真摯な態度でお断りをする。
目の前にいるのはバスケ部3年の男子生徒。
茶髪ややロン毛、バスケはけっこう上手いらしい。
かっこいいと言っている同級生も何人かいる。
「なんで?自分で言うのも何だけど見かけは悪くないと思うんだけど」
でも、私からするとチャラさしか見えないのだ。
言い寄ってくる女子をとっかえひっかえしているのも知っている。
こんな人と付き合ったら、苦労するに決まっている。
「男性の魅力は外見ではないと思っていますから」
脳裏に浮かぶのは、兄の姿。
「愛美 おはよう」
看護師として忙しい母さんの代わりに朝の支度は兄さんがするようになった。
「朝はちゃんと食べるんだよ」
健康・美容・勉強のために朝食はしっかり摂るのが兄さんの信条らしい。
「ユキ姉 早く起きて」
お姉ちゃんは朝が弱い。
というか兄さんがいるから楽をしてるだけだと思う。
「ユキ姉 弁当忘れないでね」
家族のために毎日考えぬかれたお弁当。
お姉ちゃんが羨ましい。
中学でも月二回ある『お弁当の日』が待ち遠しくて仕方がない。
「愛美 はい、クルってして」
出かける前のこの言葉で、見落としがないかと一回転して兄さんに見せる。
「オッケー。今日も可愛いよ、綺麗だ。気をつけていってらっしゃい」
そして朝の仕上げのこの一言。
女の子が「可愛い」「綺麗だ」と言ってもらえる。
それも支度を終えた一番に、毎朝、毎朝。
そう言ってくれる男性を、どうして好きにならずにいられようか。
正直なところ、私は自分を過信していない。
十人並みの顔立ち、Dにはまだ育ち足りない胸。特別に優れているわけでもない成績。
何もしなければ『地味な女』で終わってしまう。
だから私は私の武器を磨く。
周りの女子よりも頭一つ以上高い身長。何もしなければただのデカ女。
でも兄さんは言ってくれた。「モデルみたいできれいだね」と。
だから敢えて背筋を伸ばし胸を張って顎を引く、常に。
歩き方も踵を擦らないように気をつけた。
持って産まれたクセのない黒髪も私の武器だと兄さんが教えてくれた。
「周りが持っていないものなら、それは愛美の武器だよね」と。
友人たちが髪を弄ろうが染めようが、腰まであるストレートの黒髪を変える気はない。
髪のツヤを出すための手入れは面倒だけど。
話し方も敬語をゆっくり話すようにしている。
小学生の頃から習慣にしていたこれだけのことで、地味なデカ女が中学に入ってからは「モデルのような女の子」に変身できた。
ツヤのある黒髪と話し方で、どこかの令嬢と思われることもあった。
うん、ただのサラリーマン家庭の小娘だけどね。
媚びるとか、涙だとかの『女の弱さ』を武器にしない。
私は女の子しか持っていない、私しか持っていない『強み』を武器にするのだ。
中学1年の5月頃からは毎週のように告白された。
2学期が始まってからの1ヶ月間はほぼ毎日。
放課後の校門前には別の中学や近くの高校の男子も来るようになった。
街で声をかけられることも限りなく。
奇しくも兄さんのアドバイスは正鵠を射ていたのだ。やっぱり兄さんはすごい!
いろんな男子が言い寄ってくるけれど、全員が期待はずれ。
兄さんと比べるとぜんぜん物足りない。
ましてや腰パンだったり、靴底を擦るような歩き方をするチャラい男に興味なんてない。
好きだと言ってほしい人は、たった一人しかいないのに。
この頃からだったと思う。兄さんへの呼び方が「お兄ちゃん」から「兄さん」へ変わったのは。
......お姉ちゃんが羨ましい。
どうしてあの二人は気付いていないのだろう。
あまりにも自然に隣にいて、存在が近過ぎるから考えたことさえ無いのかもしれない。岡目八目とはよく言ったものだ。
お姉ちゃんが12月生まれ、兄さんの誕生日は6月。
これは『普通』じゃない、と普通は気付くはずなんだけど...。
浅子さんだって気付いているのに。口に出さないのが浅子さんらしいけど...。
『民法第734条第1項』
兄さんと結ばれる方法を探し、見つけ、そして泣いた。
何をどう足掻いても、私はお姉ちゃんには勝てない。
兄さんは気づいていないかもしれないけど、兄さんがお姉ちゃんを見る目は、私が兄さんを見る目と同じなのよ。
我が家は、両親それぞれの実家とは疎遠にしている。
お母さんはいわゆるシングルマザーだったそうだ。小さかった兄さんを連れ、式も挙げないまま、お姉ちゃんと生後間もない私を抱えた父と籍を入れたのだと。
お母さんの実家は地方の閉鎖的な地域にあり、外聞を気にする血縁はお母さんを遠ざけた。
母方で不幸があり、私とお母さんの二人だけで帰省した際に口さがない親戚連中が聞いてもいないのに教えてくれ、その夜にお母さんが話してくれた。
そんなお母さんを迎え入れた父も私の実母である前妻は男と逃げたらしく、小さい子供と赤ちゃんを抱えているのに自分の実家からは支援も得られず、その上母さんとの結婚でさらに疎遠になったのだろう。
実家側も、それまでの負い目で連絡してくることは滅多にない。
ふふっ。ふふふ。
ありがたいありがたい。
実の母親? 私にお母さんは一人しかいない。葛藤?恨み?最初から関心がないのにそんなもの持つわけがない。ドラマのような展開なんてありえない。
もし明日、会うことがあったとしても
「どうして私たちを捨てたの?」なんて聞く必要がないどころか「出て行ってくださってありがとうございます。おかげで素晴らしいお母さんと素敵な兄さんに出会えました」と心の底からお礼を言うと思うの。
兄さんに晩御飯は何を作ってあげようかと考えるほうが大切で、そんな些細なことなんて夜にはもう頭の片隅にも残っていないと思うのよ。
煩わしい親戚付き合いも、そういうことなら今後も疎遠でいられる。
私たちの家庭の在りかたに口出しなんてしてほしくない。
不幸などで幾度かは顔を出すこともあるだろうけど、上の世代が片付いてしまえばそれっきり。
幸い、我が家は夫婦仲も円満。
あぁ、そうそう。お母さんはピンクのキャミソールを貸してっていうけど、シーツもお母さんの肌も白いんだから赤いベビードールが映えると思うわ。お母さんは謙遜するけど、全然たるんでるところなんてなくて凄くきれいなんだもの。お父さんの目も釘付けになるはずよ。
早く、弟か妹が産まれてくれるといいな。
私たちきょうだいのそれぞれ本当の親が誰かなんて関係ない。
私たち家族がみんなで努力して、いま幸せなのだ。
とはいえ、あの二人の関係も次に進むだろう。
来年、お姉ちゃんが運転免許を取りに行くことによって。
いくら鈍感なお姉ちゃんでも、戸籍を見れば兄さんとの関係性に気が付く。
その上で、兄さんを受け入れるかどうか考えるだろう。
ふふふ。
でもね、私にはわかる。
お姉ちゃんはもう、兄さん無しでは生きていけないのだから!
......お姉ちゃんが羨ましい。
..
...
....
考えていても仕方がない。
私は諦めたりしない、絶対に。
そのためにも私自身の価値を高める。
私は兄さんが好きだ。でも、お姉ちゃんのことも大好き。
大好きな兄さんと、大好きなお姉ちゃんと、三人で暮らす。
お姉ちゃんと私の子供もそこに加わるだろう。どちらの子供も公平に同じようにちゃんと育ててみせる。お父さんやお母さんが私たちを区別なく叱り、褒め、育ててくれたように。
お父さんとお母さんには申し訳ないけど、世間体は悪くなるかもしれない。
何も話していないけど、お母さんは何か気づいているようでクスクス笑いながら「私は何も反対しないわ。あなた達が納得して幸せなら、周りには好きなように言わせておけばいいの」と言っている。
最初の夢は儚く破れてしまったけれど、どうせ叶わぬものだった。
だから次の夢を目指し、叶えてみせる。
この私の高い身長を活かせて、独身でもとやかく言われない職業を目指す。
そのためなら幾らでもこの身を磨いてみせよう。
美しくて強い、ダイヤモンドのように。
もしも、それであなたは幸せなのかと聞かれるのなら、
兄さんの腕に私の腕を絡め、私たちの子供たちを抱くお姉ちゃんを後ろから抱きしめて、微笑みを浮かべてこう言うのだ。
「はい。とても幸せですよ」と。