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7話 重箱の中身

 月曜日、目を覚ましてダイニングへ行くと、異様なものが置いてあつた。

いゃ、自分で起きたわけじゃなくて、愛美が起こしにきたんだけれど。



 なんというか、愛美の起こし方にはデリカシーというものが欠片もなかった。

部屋の扉をバーン!と開け放ったかと思えば、

「お姉ちゃん 起きてください!早く!今すぐ!兄さんが待っています!」

そう言いながらずかずかと入ってきて、布団を引っ剥がす。

私が丸まると背中側に滑り込んできて抱きかかえられ、剥かれたのだ! 茹で玉子を剥くようにツルンッと最後まで。

そして両腕を抑えつけられ、両足もがっちり固定されて、愛美に好き放題された。されまくったのだ! 微睡みから、頂点まで一気に昇り詰めさせられる。扉も開け放たれたままなのに声が! 声を我慢できない!

「やっぱりお姉ちゃんを起こすときは制服に着替える前でないと、私の服もたくさん汚されてしまいますね。...ふふふ。早く降りてきてくださいね」

目は覚めたけど、私の息は絶え絶えだった。



 ダイニングに行くと武人の顔が赤かった。こっちを見ないようにしている。ううぅ。やっぱり聞こえてたよね...。

テーブルでは愛美が澄ました顔で朝食を摂っていた。

「愛美!あんたねぇ」

「お姉ちゃん 早く自分で起きれるようにならないと、あの起こし方で兄さんに起こしていただくことになりますよ? どんなに暴れても兄さんからは逃げられませんからね」

抗議しようとした私の言葉は、愛美のとんでもない発言で封じ込められた。くっ、この女! ちょっと想像しちゃったじゃないか!



 そうだ。テーブルの上に置いてあるものの事だったわ。

そこにあったのは、風呂敷に包まれた本漆塗りの四段重箱。それも2つ。


 うちは両親ともになぜかそれぞれの実家と疎遠にしている。

この重箱は母さんが産まれたときに母さんのお祖父ちゃん、私たちの曾祖父が『嫁に行くときに持たせる』と母さんのために作らせたものだそうだ。

縁起の悪い四(死)段ではなく合わせて八段の末広がりにするために『雪中の椿』『梅に鶯』二組の対で。


『雪中の椿』には雀がいなくて積もった雪の中から緑の枝葉と深紅の椿が顔を出しているもので、たぶんお母さんのお祖父ちゃんは、ことわざや日本画には関係なく『雪中の椿』はお正月のおせち用、『梅に鶯』は春のお花見用に考えていたんじゃないのかな。

父さんによると、一組でも十万や二十万では手に入らないらしい。対の二組が完全に揃っているので幾らになるのか想像もつかない、と。

母さんが実家に置いていたものを、父さんに籍を入れたときに相続権を放棄し『二度と敷居は跨がない!』と啖呵をきって持ち帰ったんだそうだ。

母さん曰わく『私のだもの。取り返してきてやったわ!』らしい。というのも兄嫁が重箱をいたく気に入っていて、持ち帰るのにもめて啖呵をきるまでになったんだと。


重箱そのものの価値にビビっている父さんはあまり使いたがらないけど、母さんはおせちやお花見や運動会と、イベント毎に惜しげもなく持ち出している。

『優しかったお祖父ちゃんだもの。私が家族の思い出のために使ったほうが喜んでくれるわよ』と気にもしていない。

将来、私と愛美に一組ずつ譲ってくれるって。

私が『武人の分が無いね』と言うと、『あら、どうせあの子のものになるわよ。もしかしたら二組とも武人のものになるかもね』とケラケラ笑っていた。

え? 早宮家で聖杯(重箱)戦争が勃発するの? 私のサーヴァントって強い?



「武人、これって...」

「約束の弁当。母さんには言ってある。両方中身は同じだよ。学校までは片方持つけど、教室へは二つとも一人で持っていってくれよ」

「こんなに食べきれるわけないでしょ」

「捨てるのも分けるのも、山科先輩と畑中先輩だっけ? あの人たちの自由だよ。金曜日は弁当取り上げちゃったし、他人に弁当作るのもこれで最後にするからちょっとサービスしただけ」

「もう作らないの?」

「絶対作らないってことはないけど、誰かのために作ったものはその人に食べてもらいたいからね。当分の間は他人には作らないかな」


 それにしても重箱である。お重である。中身が気にならない方がおかしいというか、めっちゃ気になる!

「開けてみていい?」

「ダメ。こういうのは楽しみとしてとっておくものなんだよ」

いゃ私は食べれないわけじゃん...。

「教室に着いても、お昼まで絶対開けさせないでくれよ。密閉容器じゃないからホコリが入らないとも限らないし、保温でもないから傷んでも困る」

ううぅ・・・。製造者に一番近いのに中身がわからないなんて。


ふと見ると、椅子に座っていた愛美が余裕で笑っていた。

「愛美は中身を見たの?」

「はい。兄さんが盛り付けているところを見ていました。お姉ちゃんももっと早く起きれば見れたんですよ?」

くぅぅぅ!

「どんなものが入ってたの?」 敢えて聞いてみた。

愛美はチラッと武人に目をやって、

「それは、言わぬが花と言うものですよ。お姉ちゃん」

その返答が気に入ったらしく、武人は「そうだよな」と言いながら愛美の頭を胸に抱き寄せて撫でた。もちろん愛美はされるがまま気持ちよさそうにしている。

っち! 愛美め、気持ち良すぎて咽喉をゴロゴロ鳴らすんじゃないだろうか。


 家を出るときに風呂敷包みを一つずつ持った。ずっしりとした重さが指にかかる。

「ちょっ!これ重い!」

「揺らすな、落とすな、振り回すな!形が崩れる!」

お、鬼か、こいつ~っ! せめて自転車出して荷台に。

「荷台でガタガタさせると崩れるだろ。騒ぎを止められなかった罰ゲームとでも考えて」

罰ゲームなら、あの日の姿で『弟に寄生してる女』っていう終わりが見えないレッテル貼られたわよ! 『弟にもれなく付いてくる女』とかも。


 右腕が疲れたら左腕にと、重箱を交互に持ち替えながら学校まで運んだ。その間、カバンを持たなくて済むよう、あらかじめ私の通学カバンには肩から下げられるようにベルトが装着されていた。武人の仕業である。

姉に効率的な苦痛を与えることにおいて、ヤツの右に出るものはいないと確信してしまった。

うぅぅぅ。最近、愛美からも武人からも責められる場面が増えてるなぁ。

クセになったら責任とってくれるのかしら;;


 学校に辿り着いた。

2年生の昇降口までは武人が片方を運んでくれたけど、そこから教室までは両手にそれぞれ重箱を持ち、 足にぶつけないよう案山子のように腕を広げて運んだ。

そして当然、注目を浴びた。重箱が。

「おはよ。すげーもん持ってるな!例の弁当か?」

「ゆかり! おはよう!良かったぁ、半分もっ「わかった! 先に行って扉開けといてやるよ!」て...」

メタルスライムのように素早く立ち去った。

あぁそうだった。この世で一番信じちゃいけないのは女の友情だったわ...。


 教室では総出で迎えられた。重箱が。

「「おお~っ」」とか驚かれてる。 ひとまず机の上に置き、鞄を机の横にかける。

教室後方にある戸棚の上を片付け、そこに移した。

今日の私に与えられたミッションは、興味津々で集まってくるクラスメイト(隣のクラス含む)からこの重箱を守ること!

近寄らせてはならない。触れさせてはならない。

私は忠犬よりも忠実に、財宝を守るドラゴンよりも勇敢に重箱を守った。武人に怒られないために。ガゥガゥ。



 ようやく迎えた昼休み。

ゆかりに言って、2組の山科さんにも来てもらった。浅子や畑中さんと一緒に席を用意してくれている。モノがモノだけに、机2つでは全然足りない。

結局、6個の机をくっつけた島を2つ作った。

ゲスト2人に一つずつ風呂敷包みを渡したけどあの量だ。彼女たちはこれからホストにもなる。武人から預かっていた紙皿と割り箸も一緒に渡してある。

島の周りには金曜日のセリに参加していた女子が集まり、その外側から男子が眺めている。


てか、なんであんたが最前列に陣取ってるんだよ、田中さとみ(34歳独身)! 隣の教室だろ!

「生徒と交流を深めるのも教師の努めだと思うの」

白ご飯しか入ってないお弁当を握り締めて言われても説得力なくね?




 いよいよ重箱を開く。

大人なら、まず重箱の評価から始まるのだろうけど、そこは飢えた女子高生の集団である。外側よりも中身が気になる。一人、飢えた大人も混じっているけど。

周りからの圧力を受けながら、山科さんと畑中さんが重箱を開く。

私も覗き込んだ。だって中身知らないし。


一の重

鶏の唐揚げ、エビフライ、エビのフリッター、トンカツ、ミニハンバーグ、厚焼き玉子

(私のお弁当には揚げ物なんてほとんど入れてくれたことないのに...)


二の重

海老のうま煮、里芋煮っ転がし、昆布巻とかぼちゃと人参の煮物、ほうれん草のゴマ和え


三の重

三角おむすび、俵むすび、お稲荷、お赤飯、 紅白のお漬け物

(赤カブ、白沢庵も武人が自分で漬けたものだ)


与(四)の重

ミニプリン(カラメルはタレビン)、 羊羹、杏仁豆腐(シロップなし)、生パイナップル



それぞれの品が小さめに作ってあり、煮物や和え物は紙のおかず皿も使い、おかず毎に3~6個に小分けして詰めてあったので当然、整然と並べられていて、バえた。

武人がそれぞれの品を作れることは知っていたけれど、流石にこれだけを一度に作り、盛り付けてあるのを見たのは私も初めてだった。

思わず、白目になってつぶやいてしまう。

「武人   ......恐ろしい子!」



「うわぁ」「すごい」「手が込んでる」

「写メ撮らせて、写メ!」

しばらくは誰も手をつけず、撮影会になっていた。


それらを横目で見ながら自分のお弁当を開くと、

海老3種(うま煮・フリッター・フライ)、トンカツ、里芋、煮物3種、ほうれん草、お赤飯、ミニプリン。

お赤飯なんて愛美に女の子がきたとき以来かも(笑)

そしてミニプリンは得点が高い! 帰ったら撫で撫でしてやらねばなるまい!


その賑やかさの中で・・・、なんだろう、山科さんが泣いている。声をあげず微笑んで、ただ静かに涙を流している。

それに気付いたみんなが戸惑い、一瞬静かになった。


「あぁ!わかった! これ、手切れ金だ!」

田中先生の声がその中を駆け抜けた。重ねた年齢の貫録で空気を読まないのは流石としか言えない。


「まとめてドドーンと渡して『これでもうあなた方とは関わりません』って。でも逆に、彼はこれだけのモノを作れるって証明しちゃったわね」

先生、今日(こんにち)まで豊富な人生経験を積んでいらっしゃったのですね。


みんなの視線がこっちに来たので武人の言葉を伝えた。

「うん。今朝、『もう他人にお弁当は作らない』って言ってた」

山科さんは重箱の中身を見てそれを正しく理解した。

そうか。私とは教室も違って武人にまったく接点がない山科さんが金曜日にお弁当をセリ落としたのは煽られたからじゃなく、武人と話す切っ掛けにしたくて何が何でも欲しかったんだ。

理解したからこそ・・・。

あまり話したことはなかったけど、彼女は健気で、誠実で、でも不器用な人柄なのだとわかってしまう。お弁当という切っ掛けに縋り付きたくなるほど不器用な...。

武人に恋心を向ける他人をみて、私は自分の中に何とも言えない感情が生まれた気がした。 


 重箱の中身は、山科さんと畑中さんが全種類を1品ずつ味わい(食べきれなかったけど)、残りを女子みんなで分けた。私には来なかったけど。

どの子も最低2品は味見することができた。

その2品(うち1品はパイナップル)で持参の白ご飯を完食したあなたはすごいよ、田中先生。



 この重箱の一件で、武人は『すごい弁当を作る』男子と知れ渡ってしまい、あちこちから依頼がきたけど宣言どおり在学中、もう家族以外にお弁当を作ることはなかった。

おかげで私のお弁当を見に来る女子も増えたけど、また騒ぎになるので一口も渡さなかった。とうとう『幻の弁当』として伝説になったらしい。

次で本編終了です。

よろしければもう少しお付き合いください。

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