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3話 愛美はブラコン

 うちのきょうだいはみなデカい。

私も168と高いほうだが、愛美は小学校の高学年あたりから伸びはじめ、中学2年の今で175に届いた。

小6の時にはすべての女性教師と、何人かの男性教師の身長を超えていた。人という生き物は異質なものに対しては敏感に反応する。

男性教師たちは自分より目線が高いというだけで、小学生相手に居丈高に振る舞う。攻撃的な態度でなければ威厳を保てないのだろうか。怒鳴れば偉いとでも考えているかのようだ。


 クラスメイトはクラスメイトで、『子供』ではない異分子を自分たちのコミュニティーから排除しようとした。

いまどき、小学生でも高学年ともなればほぼ全員がスマートフォンを持っている。名目上は安全のために持たされているのだが、「みんな持っているから自分も欲しい」とおねだりするわけだ。

そして流行りのSNSアプリを入れ、IDを交換する。


『仲間はずれになってはいけない』

もうそこに自由はない。孤独への恐怖感とコミュニティー参加への脅迫観念だけで動いている。そして誰かを標的に悪口を書き込み、同意し、同意される事で安っぽい連帯感を満足させる。

それでもまだ小学校まではよかった。1年生のころから知っている友達などは愛美の変化に戸惑いはしても悪口に参加するようなことはなかった。

しかし中学になると、別の小学校区からも通ってくるようになる。知らない人間に遠慮などあろうはずがない。また、中学生という新しいコミュニティへ参加するために生贄の羊として切り捨てられたのが愛美だった。



 自分の知らないところで公然と自分の悪口が飛び交っている。

愛美がそれに気付くのも当然だった。誰もがスマートフォンの画面を見てクスクス笑っている、そしてチラチラ見る視線の先は必ず自分に向かっている。

何をしているのか近づいて聞こうとすれば、 スマートフォンをしまいこんで何でもないと言う。

同じ教室にいて、同じアプリを使っているはずなのに自分だけが疎外されている。


電話番号だけやスマホを振るだけで登録され、知らない人から勝手に申請が来る。そしてまた自分の悪口を書かれるのか・・・。

愛美はメッセージアプリを削除した。


そのアプリうざいなぁと私も武人も常々思っていたので、それを機に一緒に削除した。うん。スッキリ(笑) SNSが有ろうとなかろうと友達は友達だし。

とは言っても家族間の連絡メッセージがあるのは便利なので、父さんと武人はいろいろと調べて、「ス◎イプ」というアプリを見つけてきた。

以前からあるかなり有名なアプリらしく、海外出張もある父さんが複数の海外IT会社の人から勧められたそうだ。安全性を最優先したのが父さんらしい。







 余談だけど、生徒間で利用の多い有名なメッセージアプリは、削除しておいて良かったと思っている。

既読スルーしたとか言われることもあったので、本当にウザいとは思っていたのだ。四六時中、スマホいじってばかりじゃないんだよ・・・。

その後いろいろあって、武人も愛美もひっきりなしにコクられるようになった。あのアプリを入れたままなら収拾がつかないか、もっと拡大していただろう。

私のところにも次々と話が舞い込んできた。「弟(妹)さんを紹介してほしい」と。・・・あれぇ?







 自分の陰口を叩かれることが続けば中学1年の女の子の心は、ほんの短期間で簡単に折れる。折れる寸前までいった。

なんといってもクラス中、休み時間も関係なく全方位からニヤニヤとした笑いを向けられるのだ。常に、誰かから。

運動部系の上級生からは声もかけられるが、それは『自分が大きいから』であり嘲笑の原因そのものなのに心休まるはずもない。

保育園からの愛美の幼なじみで近所に住んでいるサキちゃんは心配してくれるが、クラスが違うので四六時中というわけにはいかない。

自分が大きいことが原因だと思っているのに、愛美より低い私や母さんが慰めても説得力なんてない。

それを踏みとどまらせたのが当時すでに180を超えていた武人だった。

愛美が泣くのにずっと付き合った。時には一晩中。時には学校を休んでまで。

毎日、泣き止むまで付き合って、泣き疲れた頃に温かいご飯を部屋へ持っていく。

武人は「落ち込んだ時は温かいものを食べるんだよ。お腹が空くと余計に悪いほうに考えるからね」と笑っていた。

「私は兄さんに餌付けされてしまいました」と愛美は当時のことを笑いながら言う。



 そんなことが続いていたゴールデンウイーク少し前のあたりで、夕飯の時に武人が愛美に言った。

「愛美 明日、俺も学校休むからデートしようか?」

その頃の愛美は外に出るのを怖がっていたけれど、平日なら学校にいるクラスメイトの目を気にしなくて済むし、行き先は人気のテーマパークにしようと言うとだんだんと乗り気になっていた。


 そこからである。

武人は私と母さんに、愛美を思いきり大人っぽくしてくれと言ってきた。主に母さんに。

姉を初っぱなから戦力外としてしか見てないのはいかがなものか! 今回は仕方ないけど、次の機会には姉の偉大さというものを知らしめてやらねばなるまい。


母さんがチョイスしたのはオフショルダーの白いロングワンピース。胸元に花が飾られているうえにアンダーバストのすぐ下で絞られ、未だ発育中とはいえすでにCはあるバストをさらに豊かに、そして脚を長く見せている。

そこへベージュの厚手のカーディガン、リボンで飾られた麦わら帽子、ミュール。

母さんはノリノリだった。

「娘をこうやって派手に着飾らせてあげたいと、ずっと思ってたのよねぇ・・・」


か、母さん? ここにもいるのよ? 着飾らせてもいいのよ?


顔に薄く、でもしっかりと化粧を乗せる。もともとパッチリの二重瞼に、アクセントをつけるためのシャドウを細く刺す。唇にはラメの入った濃いピンクで紅をひく。

爪の形を整え、クリアなエナメルだけを塗る。加えてシンプルにブルーのペディキュア。

当然アトラクションに乗るので、長い黒髪をまとめるための真っ赤なシュシュを左手首に巻いている。愛美はとても肌が白い。

これに母さんとっておきの、ブランドものの黒いハンドバッグ。


「マジっ!?」

目の前には清楚なお嬢様然としつつ、私から見ても色気に溢れた『女』がいた。

さらに「パーク内ではね、武人の左腕をこう持って、この(右胸)辺りで両腕で抱えるの」「武人がトイレとかで少し離れてるときは、馬鹿みたいにキョロキョロしてるんじゃないのよ。首を少し傾けて、足元のちょっと先を見ておくの。寂しいなって考えておくといいわね」

母さんが調子に乗って演技指導まで始めやがった!


先月まで小学生だったんだよ? これヤバくね?

念のため武人と愛美には話して、私と母さんも後ろから少し離れてついて行った。学校休んでるし?補導されても困るし?


結果から言うと、観ている方もとても楽しかった。

移動中の駅や電車の中では武人と愛美のカップルは身長もあってとても目立った。

そして愛美が幸せそうな顔でずっとイチャイチャしているものだから、見惚れる男性が続出。横にいる武人を見て悔しがる、という構図を母さんと驚きながらも笑ってみていた。

実際は『兄になついている中学生の妹』なのだが・・・。



 パークに到着してからも二人は目立っており入場前の陸橋も含めて、武人がトイレだったり飲み物を買うためだったりで愛美のそばを離れただけで4回! 4回もナンパされたのである。

中には腕をつかんで強引に連れて行こうとした人もいて、武人が間に合わなかったら私たちが飛び出すところだった。

恐るべし、我が妹!



 平日でもさすがに人気のテーマパーク。何を利用するにも行列ばかりでアトラクションは2つしか乗れなかった。

ただ武人は最初からアトラクションよりもパーク内をゆったり観て回るつもりだったらしい。足元も服装もそういうチョイスだったしね。

私らも見てただけだけど。

夕方の混雑が始まる前にパークを出る、と事前に決めてあったので二人は早めにショップに入っていた。

愛美はぬいぐるみをいろいろ見ていたけど、値札を見てはがっかりしていたのでちょっと可笑しくなった。次に来たときはぬいぐるみだねと母さんと囁きあう。


 ショップから出てきたときには、愛美は頭に特徴的なネズ耳のカチューシャを載せていた。少し場所を移動して、お城をバックに武人が愛美の写真を撮る。

その後、愛美が武人に何かささやくと武人がキョロキョロし始めた。

何かを見つけたらしく、武人が小走りで向かった先には、奥さんと子供らしき人を撮影している30代くらいの男性。

男性からカメラを預かった武人は、お城を背景に家族写真を何枚か撮ってあげている。その代わり男性に自分のスマートフォンを渡していた。

男性に写してもらうとき愛美は武人の腕をとって肩に頭をもたれさせていたけど、奥さんに何か言われたらしく、真っ赤になって照れているのが可愛かった。いったい何を言われたのやら...。

愛美のスマートフォンにも転送されたその時の写真をみて、いまでも愛美がニヤついているのを私は知っている。



 面白かったのは帰りだった。

私と母さんも、もう距離を置かず二人のすぐ後ろを歩いている。

駅を出て家まで歩いている途上で、愛美のクラスメイト3人に遭ったのだ。中学生の、男の子1人と女の子2人。


「早宮...さん?」

思わず隠れようとした愛美を武人が制した。愛美の耳元でなにかささやいている。あとで聞いたら「胸を張れ」と言ったそうだ。

愛美は寂しそうな表情でクラスメイトの足元を見ている。

「愛美のお友達かな?」

武人が声をかけたけど男の子はポカーンと口を開けて、愛美の顔だけを見ていた。女の子二人の視線は愛美と武人の間を行ったり来たりしている。


しばらくそうしていたが、女の子の一人が「すごい、きれー」と言ったことで沈黙が破れた。

身長180の武人と並んで絵になる、儚げで美人のクラスメイトを目のあたりにした本心からの一言だった。

そこからは女の子が食い気味に話しかけてくるので愛美はタジタジになっていた。


「楽しそうなとこ悪いけど、もう帰るからさ。明日はちゃんと学校に行くから、また明日話してやってね」

武人がそう割り込むと、女の子たちは「「は、はひ!」」と揃って噛んだ。

男の子は頬を真っ赤にして、耳まで赤い。

二人がスマホを取り出してこちらに向けたので武人が、「ごめんね。今日は写真は撮らないでね」と先んじてやんわり拒否した。

甘えるように武人の腕に自分の腕を絡め、頭を傾けてくる愛美を武人が支えながらその間は無言で家路についた。


 翌日、愛美が家を出る前に武人が何かをささやくと、愛美は恐る恐るという風に学校に行き、しかし帰って来た時には元気いっぱいだった。

学校で、昨日の二人を筆頭にみんなからすごく話しかけられたんだそうだ。

それから愛美は学校を休んだり泣いて帰るようなことはなくなり、次の週末に友達と街へ遊びに出てからの変化は更に劇的だった。


 クラスメイトの女子数人と街へ出るために、テーマパークの時ほどではないがそこそこ大人びた感じで、ダブルスリーブの濃紺ブラウスに七分丈のスリムパンツを合わせていった。

ローヒールのサンダルに真っ赤なペディキュア。

駅前の待ち合わせ場所ではナンパされまくったらしいのだ。クラスメイトたちの目の前で。

彼女達は現実を見てしまった。学校内と校外での価値観の差を。学校でのヒエラルキーが崩壊していくのを肌で感じたと思う。

ここから彼女たちの意見は別れるだろう。嫉妬に燃える者、純粋に憧れる者や慕う者、嫌う者。

全員に好かれることは難しい。しかし、これまでのように『身体が小さくない愛美』を疎外する事でまとまっていた空気は壊れる。私はそれでいいと思う。




 端的に言うと、武人は愛美という宝石を見るバイヤーを変えさせたのだ。

価値のわかっていない子供を相手にすることなく、価値が解る相手に見せその評価をフィードバックすることで自分の価値を確認させる。女の子っていうのは綺麗と言われた自信でさらに輝くのだよ!(笑)

『子供じゃない』という理由でコミュニティから疎外されていたものが、『ものすごくきれいな大人』という新しい価値で、背伸びしたい年頃の女の子たちの心を掴んでしまった。

必然、ちょっとマセた男の子から話しかけられることも増えたそうだ。

「交際してもよさそうな子はいるの?」

夕食時に私が聞くと、愛美は即答する。

「兄さん以外にお付き合いしたい方はいません!」

この話題が出ると、いつも武人は肩をすくめて苦笑いしている。

あぁ、そうだ。愛美が武人を「お兄ちゃん」から「兄さん」と呼び始めたのはこのころだった。

立派な『信者』が出来上がってしまったわぁ。


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