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2話 早宮家の日常

「ただいま~」

 帰宅するとそのままキッチンへ向かう。洗い桶を出してお湯を溜め重曹を溶かし、お弁当箱の中を軽く流してから桶に沈める。しばらく浸けておくとお弁当箱に残りやすい臭いも消える。

次は浴室に向かい、タオルやハンカチ、体育があった日は体操服などもカゴの中に放り込んでいく。あとはみんながお風呂を済ませた後に仕分けして洗濯機を回すのだ。


朝のことは武人がやってくれる。夜のことは私と妹の愛美(まなみ)で回している。

洗濯機を回すくらいは武人でもできるんだけど、ほら、やっぱブラとかパンツとか?思春期の少年には目の毒だし?自分が脱いだパンツを男の子に触られるのもどうかと?


愛美は『私の脱いだパンツを兄さんがっ ハァハァ!』なんて言ってたから脳天にチョップをかましておいた。

ということで洗濯は私と愛美と母さんがやっている。

『あぁっ 兄さんが脱いだパンツ! クンクン』 愛美はブレない。やはり脳天にチョップをかましておいた。


 そこまで終えて、私は部屋に向かい制服から室内着に着替える。

武人は友人に誘われて書店に行くらしい。遅くはならないとメッセージが入っていた。

キッチンに戻って今晩のメニューを考える。

冷蔵庫には豚肉。野菜庫にキャベツと玉ねぎと土生姜。

「よし。野菜炒めね」

「お姉ちゃん、夕べと一昨日も野菜炒めでしたよね!? 玉ねぎとキャベツだけの!」

昨日は無かった豚肉は、武人がお弁当を作った余りだ。


お風呂を洗い終えたらしい愛美が抗議してくる。

「そんな昔のことは忘れた・・・」

「三日連続で野菜炒めとか。明日の当番もお姉ちゃんなんですよ?明日はどうするつもりなんですか?」

「そんな先のことは判らない・・・」

「野菜をざっくり切って炒めるだけとか、ワイルド過ぎます。もう少し考えていただきたいと思います」

「じゃ、キャベツを千切りにしてから炒める」

「切り方の話はしておりません!」

「ねぇ、愛美。サラダの語源ってさ、ソルト、塩から来てるのよ? 私の野菜炒めには塩だけじゃなくコショーまで入ってるの。最高の贅沢だと思わない?」

「蘊蓄でごまかさないで下さい。手抜きを覚えると一人暮らしを始めた時に苦労しますよ」

「やぁねぇ。一人でもちゃんとやれるわよ」

「そうでしょうか。片手鍋で作ったインスタントラーメンを鍋からそのまま食べているお姉ちゃんの姿が浮かぶのですけれど」

5合のお米を研ぎながらちょっと想像してみた。ヤバい。私ならやるかもしれない。



「ただいま」

そんなことをしているうちに武人が帰ってきた。愛美が玄関まで迎えにいく。

「お帰りなさい『あなた』 ご飯にします?お風呂にします?それとも、わ・た・し?」

いゃ、ご飯まだ出来てないから。

愛美が玄関でその身をくねらせているだろう姿が目に浮かぶ。

帰りにスーパーに寄ったのだろう。買い物袋を提げて武人がキッチンに入ってくる。後ろにくっついて愛美も。

キッチンがとても狭く感じる瞬間である。



 武人が買ってきたものを物色してみる。

「武人、シメジ2袋とニンジン3本は全部使うの?」

「ニンジン2本とシメジ1袋は使っていいよ。冷蔵庫にたいしたものは無かったから、また野菜炒めだろ?」

冷蔵庫の中身と私の頭ん中を誰よりも把握してる男がここにいたよ...。

ちょっと悔しく思いながらも手早くシメジをバラし、生姜の皮を剥いて千切りにする。ニンジンキャベツ玉ねぎも切っていく。

「学校から帰って、仕込みなしから大量に作れるものってそこそこ限られるから仕方ないよ。俺たちみんなけっこう食うし」



 そうなのだ。うちの家族はみな大きい。

しかも中学生高校生。食べるのだ。我が家のエンゲル係数めちゃ高い(笑)

高1で190近い武人、中2で175の愛美、私も高2で168ある。父さんも母さんも飛び抜けてではないけど大きいほうだ。

去年、武人の成長にビビった父さんは、家具店でクイーンサイズのベッドを買ってきた。曰わく『これで斜めに使えば2メートル50まで伸びても大丈夫だね』

父さんは何か巨大生物でも育てる気なんだろうか。

愛美にも買おうとしたのだが、愛美が必死にとめた。



「あぁそうだ、武人。ゆかりと浅子が来週、お弁当作って欲しいって。無理ならいいけど、ってさ」

昼間に言われたことを伝えておく。小さな頃から何度も遊びに来ているので顔なじみである。

「来週?別に構わないけど中身は任されていいのかな。大したものは作れないよ」

「二人ともアレルギーも普通に嫌いなおかずも無かったと思うけど明日、二人からお弁当箱を預かるから聞いておくわ」

「兄さんのお弁当を!? 私でさえ滅多に手に入らないレアアイテムですのに、いくらゆかりさん達とはいえ、くッ、許せません!」

「愛美は毎朝、俺が作るご飯食べてるだろ?」

「そ、そうですね。二人の愛の巣で愛情たっぷりの手料理をいただいてました。へへ、本妻の私がしっかりしてないといけませんね」

誰が本妻だ。



 夕飯の用意が出来たので全員がテーブルに着いた。

3日連続の野菜炒めだという愛美の抗議には、味噌を入れてアレンジしたと突っぱねた。よし、明日の野菜炒めはカレーで味付けしたと突っぱねよう。


ご飯は愛美がよそう。

「はい、お父さん いつもお疲れさまです」「ありがとう」

まず大黒柱の父さんへ。次に母さん。そして私。

「兄さん どうぞ」「ありがとう」

「兄さん おかわりはここにありますからね。お好きなだけ私を召し上がってください」

ここ、と言いながら愛美が自分の両胸を持ち上げて言う。


「父さん ごめん 俺は愛美の教育を間違ったかもしれない」

「何を仰います。兄さんの教育は完璧でした。兄さんのおかげで私はモテモテなんですよ。今でもほぼ毎週のように告白されています。他校や高校からお見えになる方もいますし、時々は女子からもお手紙をいただきます」

「その中にいいお返事を出来そうな人はいるのかしら?」

母さんが話に入ってきた。

「いぇ、兄さんに比べると皆さん頼りないというか、兄さんにはとても及ばず。すべてお断りしています」

「愛美はもう大人の美人さんだからなぁ。中学生のレベルでは難しいかもね」

「もぅ!お父さんったら。私はいつでも兄さんのお嫁さんになれますよ」

「それはない」あっさりと武人が切る。


 それでもへこたれないのが愛美だった。

「兄さんにならこの身を捧げてもよいと言うのに! 一緒にお風呂に入ろうとすれば追い出され、新しく買ったベビードールを寝室に着ていけば締め出され。 兄さんは私に冷たすぎます。もっと愛を注いでいただいていいんですよ」

うん、あのシースルーの真っ赤なベビードールはすごかった。あのスケスケで身体の何を隠せるというのだろう。あれとパンティだけで夜中に武人の部屋の前で立ち尽くしていた姿はシュール過ぎて...、怪談よりも怖かった。

「愛美の愛が重すぎる...」

「武人 あんたの教育は『清楚系ストーカー娘』を産んだようね」


 

女子中学生の危ない発言にも動じないうちの両親は、にこにこと笑っている。

「きょうだい仲が良くていいねぇ」

「いつも賑やかね」

「どうだい母さん、もう一人きょうだいが増えたらもっと賑やかで楽しそうじゃないか。僕たちもまた、ちょっと頑張ってみないか?」

「もう、お父さんったら。そうね、愛美にあのピンクのキャミソール借りようかしら。あなたたちも弟か妹が欲しくない?」

母さんが頬を染めて恥ずかしそうに聞いてくる。


"結果"を受け入れるに吝かではないけれど、"計画"をこっちに確認するのはやめてほしい。愛美のキャミソール(やっぱりスケスケ)を着た母さんとか、生々しすぎる...。

私は武人と、げんなりした顔を見合わせていたが、愛美は母さんの手をとり、

「お母さん!男の子でも女の子でも、元気な赤ちゃんを産んでください!」

あんたは新米パパか!


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