番外3話 早宮愛美は恐ろしい
最後のお話です。
計3か所のナレーション的な文章以外は愛美視点になります。
まぁまぁ楽しかった、とでも思っていただけたら評価いただけると作者喜びます。
早宮愛美という少女は怖がりである。常におびえている。
お化けが怖く、雷が怖く、兄に嫌われることが怖い。
怖くて怖くて仕方がないので、そうならないようにいつも、いつも気を遣っている彼女の日常は波乱に富んでいる。
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放課後、私はサキちゃんと昇降口を出ました。
最近は物騒だから、家も近いのでできるだけ一緒に帰るようにしています。
女の子はとかく狙われやすいのです。か弱い私や小柄なサキちゃんなんて条件が悪ければ相手が男性一人であっても易々と連れ去られてしまいます。
用心するのに越したことはありませんし、用心しすぎるということもありません。何かがあってからでは遅いのですから。
今日あった出来事や、授業の内容を話しながら校門のそばまで来た時でした。
校門の陰から誰かが飛び出してきました。
知らない人!制服ではありません。柄物のシャツにジャケット、チノパン。年齢は20、くらい?
隣にいたサキちゃんを後ろへかばいます。
「え~と、早宮愛美さん? 俺、いや僕とつきあっ「ビィィィィィィィィィィィィィィィィィ!」」
私はポケットに手を入れ、防犯ブザーを鳴らした。ためらったらダメ!こういうことは一瞬の躊躇いが命取りになるのですから。
「え!? いや、ちょっとまっ「ビギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!」」
更に向かってくるので2個目の防犯ブザーの紐を引いた。
その男は立ち止って周りを見回す。下校している生徒や近所の人も立ち止まってこっちを見ています。近くの交番から警察官が2人、走ってくるのが見えました。
サキちゃんをかばいながら、私は後ろに1歩下がった。
「なにがありましたか?!」
「お巡りさん! この人です!」
私はその男を指さしたあと、サキちゃんを抱きかかえて更に下がる。サキちゃんが無事で良かった。
2人の警察官は警棒を手に持ち、慎重に男に近づいていきます。
「動かないように!両手を広げて、前に出して」
「や、ちょっ、俺なにもしてないし!」
「みんなそうやって『なにもしてない』って言うんだよ」
若い警察官が男の服を上から下へポンポンと押さえていき、凶器を隠していないか調べていきます。
「内ポケットと、ズボンの右ポケットに入れているもの、出して」
財布と車のキーだった。
「名前が確認できるものはある?」年配の警察官が確認する。
「えと、財布の中に運転免許証が...」
「じゃ、免許証出して」
その男は財布から免許証を取り出し、警察官に渡す。
「こんなに怖がってるじゃないか。知り合いなのか?」
「いぇ、これからお知り合いになろうと思って」
「知り合いじゃないんだね?」
「知らない女の子に何しようとしたんだよ!」若い警察官が吠えた。
「そうじゃなくて!」
「いいから! 他のポケットの中身も全部出して!」
パトカーが到着した。
「署のほうで話を聞こうか」その男はパトカーに乗せられていく。
私のところにも警察官がきて、何があったか聴取されました。騒ぎを聞いて先生もきました。
「はい、お友達とこの校門まで来たときに、さっきの人が私の名前を呼びながら飛び出してきて・・・。顔も知らない人で、恐ろしくて。えぇ、まだ何もされないうちにお巡りさんが来て下さったので助かりました」
サキちゃんもとなりで、うなずいている。声も出せないなんてよほど怖かったのだろう。
その後、私とサキちゃんもパトカーに送られて警察署に行きました。
警察署では私の両親とサキちゃんのお父さん、そして知らない中年の男女が待っていました。
サキちゃんはお父さんに抱き着き「私は大丈夫よ」と言い、お父さんも包み込むように抱き返す。「何事も無くて良かった」
本当に何もなくて良かったです。
私はお母さんに抱き着いた。
だいたいの事情は、警察から聞いたらしい。
「うちの息子が、大変ご迷惑をおかけしました」
あの男の両親らしい。疲れたような表情で謝ってくる。
「可愛いお嬢さんがいるという話を聞いて、お付き合いしたいと思っていたようで」
「だからと言って、見境なく校門で待ち伏せはどうでしょうね?」
お父さんが反論してくれる。
「怖がらせるつもりはなかった、と本人はいっているのですが・・・」
「芸能人でもあるまいし、見たこともない男が待ち伏せしていて、自分の名前を知られていたら充分怖いと思いませんか? そんなことされたら大人の、男の私でもかなり警戒しますよ」
「それは・・・、おっしゃる通りです」
「あの、いいでしょうか」私は気になっていたことを聞いた
「あの方、車で来られていたようですが、最初からサキちゃんと私を車に乗せるつもりだったってことですよね? 私たちに顔を覚えてもらうためだけにわざわざ車を持ち出したとは考えられないのですけど」
それを聞いて、サキちゃんのお父さんの顔が厳しくなった。もちろん、うちのお父さんも。
「どういうことでしょうかな? 強引に連れ去るのも考えていた、ということでいいんですね」
「下手したら誘拐じゃないですか! おたくではどういう躾をされているんですか! ナンパで片付ければ済む話じゃないでしょう!」
事象の境界とはえてしてあいまいなものである。
軽い気持ちで女の子に声をかけにきたつもりだったのだろう。それが今や警察に連れてこられ、両親を呼び出され、誘拐未遂にされる勢いであった。
男の両親も、最初は「ナンパが誤解されただけだ」とでも考えていたのだろう。というのも謝り方が「迷惑をかけただけ」という感じで頭の下げ方も事務的なものだったからである。
しかし今や犯罪者寸前の扱い。バッタ並みの速さで頭の上下が繰り返されている。
あの男のせいとは言え、お父さんたちに畳みかけられるように責められている相手の両親の姿には同情を禁じ得ず、私はサキちゃんの手を握って勇気をもらってから1歩踏み出し、語りかけました。
「あのぉ、私たち、今回はおじ様方を信じて被害届は出しませんから、おじ様方もあの人にサキちゃんや私たちの近くに、いぇ学校も含めて近寄らないように言い聞かせていただけませんか? もし次また見かけたら「つきまとわれている」と警察にご相談させていただきますので」
警察署の中で、警察官の目の前で、女の子が今回は被害届を出さないと言い、見かけたら『ストーカー』で通報すると表明し、それを警察官が諫めることもない。
それをどう受けとめたのか、男の両親は「必ず!必ず!近づかないように言いますから」と頭を下げ、とても感謝していた。
あの男は両親に叱られながら警察署を立ち去りました。
子供はしっかり躾けて欲しいですね。
私たちも警察署の人たちにお礼を言って帰宅しました。サキちゃんのお父さんには心配をかけてしまったことをお詫びしておきました。
この間、サキちゃんはずっと大人しく黙っていましたが、最後に笑いながら
「マッチポンプってああいうのを言うんだね」と感心したように耳元で囁かれました。
へぇ~。あんな変な男をマッチポンプって言うんですね? 言葉って難しい。
よし! 今日は恐ろしい目に遭いました!
変な男が来て、警察のお世話にもなりました。私は十分ひどい目に遭ったはずです。
夕食時、今日起きたことを話題に出した。
「兄さん、今日学校で変な男に声をかけられたんです。サキちゃんと一緒に警察にも連れていかれて、お父さんたちにも来ていただいて」
お父さんも、
「最近は、ああいう手合いが増えているのかな? 安心できない世の中だよ」
と言っています。まったくです。
「それで、あんたとサキちゃんは無事だったの?」お姉ちゃんが私を覗き込む。
「変なことをされる前にお巡りさんが来てくださいました」
「そうかぁ。何もなくて良かったね」
ほんとうに! 初めては兄さんに、と決めているんですから!
「恐ろしかったんですよ。あとで、お部屋で話を聞いていただけますか?」
「うん?いいよ。部屋にいるときに来るといい」
よし! 言質をとりました!
ふとお母さんを見たら、目を細めて私を見ています。なんでしょう?
その夜、お風呂で全身を磨いたあと、リップを塗り、ラメ入りの薄いピンクの紅を刺してパジャマで兄さんの部屋へ向かいました。
「兄さん 今日は本当に怖かったんですよ」
兄さんとともにベッドに腰掛け、今日の出来事を話す。
「校門の陰から急に男が飛び出してきましたので、私も怖かったんですけど、横にいたサキちゃんを守るためにサキちゃんをこうやって庇って」
説明するためにサキちゃんに見立て、兄さんの顔を私の胸にかき抱く。
「うん、うん。よく頑張ったね。それで?」
すぐに兄さんは私の胸から抜け出し、話を進めるように促してきます。もっとゆっくりしてくださればいいのに。
「防犯ブザーを鳴らしたのですけれど、それでもこちらに向かって来るのでこんなに鳥肌が立ってしまって」
パジャマのボタンを3つはずして胸元を強調し、兄さんから見えやすいように持ち上げる。
「鳥肌って普通、腕とか見せるんじゃないかな」
そう言って目を逸らす兄さんを見て、私は確信しました。よし!兄さんも男でした。チラ見を必死に我慢しようとしているのがわかります。
「いいえ、全身に鳥肌が立ったのですよ。それに、恐ろしさで唇も青ざめてしまって。この唇が、ですよ」
と自分の唇を指さし、胸が気になっているけど目を逸らしたくても逸らす場所が定まらない兄さんの視線を誘導してみます。
「怖かったんだね」
やりました! 私を安心させるように言っていますけど、ホッとした感じで唇を凝視してくるんですよ! あの兄さんが! もう一押しです!
せっかく唇の動きを強調するためにラメ入りの紅を入れてきたのですから。
「そうなんです。こんなに震えてしまって。この唇、見えていますか?」
そう言いながら右腕を兄さんの背中に回し、左手で兄さんの後頭部を支えます。
目標 , 視認! 捕捉!いきます! 勝利へのカウントダウンが始まりました。
そっと目を閉じ、少し伸びあがって顔を近づけます。後頭部に添えた左手が、目標の場所と距離を正確に教えてくれます。
いけます! もう少し!
「バンッ!」
部屋の扉が!
「愛美! そこまでよ。武人から離れて!壁に向かって両手をつきなさい」
「お母さん!?」
「なんかやるんじゃないかと思ったのよ...」
お姉ちゃんまで!
「もう!パジャマのボタンこんなに外して!もうちょっとでポロリしちゃうとこじゃないの!」
お母さんがブツブツ言いながら私のパジャマのボタンを留めていく。どうして壁向きに!せめて兄さんに見てもらいながら...。
「まったく!どうしてあと数年が待てないのかしらね!」
え?お母さん、それって...。
「愛美は今晩、有紀子の部屋で一緒に寝なさい」
兄さんの部屋から連れ出され、お母さんの命令で監視がつくことになってしまいました。
「え? 私と? いやよ!」
「見張ってなさい」
嫌がるお姉ちゃんをお母さんが説得します。
はぁ・・。せっかくのチャンスでしたのに。しょうがありません。今晩はお姉ちゃんを後ろからかかえて、抱き枕代わりにしましょう。
お姉ちゃんの部屋で、パジャマの乱れを直した時でした。後ろからお姉ちゃんがびっくりしたように言ってきます。
「愛美! なんで下着履いてないの!?」
お姉ちゃんは何を言っているのでしょう。
「例え1枚分でも兄さんの手間が省けるではありませんか」
「まさか今晩、最初から行く気だったんじゃ...」
もちろんですよぉ。
お姉ちゃんは白目を剥いて呟いた。
「愛美 ......恐ろしい子!」
これで今回の連載は終了です。
初めての投稿でしたが、少しは楽しんでいただけたでしょうか。
不愉快な表現等ありましたら申し訳ありません。
感想、ブックマーク、評価を頂戴した方々、ありがとうございました。
こういう話も書き始めました。
「『ぼく、およめさんになる』 オレの嫁を目指す幼馴染の春輝君が作るメシを食ってダラダラするだけの話」
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