序盤に出てくるスライムはきっと優しさで出来ている
スライムって液体なのか個体なのか考えていたら、頭が破裂しそうになる。
生態系ってホントによくできているなって
魔王が誕生して最初に行ったことは、体の奥底から無限に溢れ出る魔力を使い魔界を生み出したことである。人間界に存在していた山脈を丸ごと削り取り魔界の大地へと変化させた。その時、魔界に充満していた魔力と瘴気により様々な魔物が誕生した。中でも特筆すべきなのは生物として存在しているが、キチンとした形を持たない魔物【スライム】。生物としての核が存在し、その周囲を水分で覆い包むことで身を守っている魔物であるが、その性質の全てはいまだ謎の包まれている。
多くの者は気が付いていないと思うが、なぜスライムが序盤の序盤。世間一般でいうチュートリアルで出てくる程度には弱小魔物の代表格である。そんな魔物がなぜ終盤の初めあたりに姿かたちが変わらず、そこそこ強くなって出てくるのは、スライムの持つポテンシャルとその性質に関わっている。
種類も多岐にわたって存在しているスライムではあるが、今回はその知られざる生態を魔界の人気ドキュメンタリー『君は自分の種族のことを理解しているのかい?』のレポーターと共に調査していこう。
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空にさんさんと輝く太陽に照らされ、人間界の森の木たちがザワザワと風に揺れる。木漏れ日の指す茂みの中、迷彩柄の服を着た魔王と同じデザインの迷彩服を着たエルフが隠れていた。
「魔王様。迷彩服じゃなくて幻影と結界の魔法で姿を消した方がいいんじゃないですか?ずっと隠れているの辛いんですけど・・・」
「私もそうしたいところだがスライムは周囲の魔力に敏感でな。常に魔力を発している場所にはあまり姿を見せないんだ。」
「魔方陣でもですか?」
「むしろ魔方陣の場合、体を構成する液体がはじけ飛んでしまう可能性があるからだめだ。こうして地道に調査するのも仕事なんだからな。わかったかアッサム。」
アッサムと呼ばれたエルフは「はーい」と生返事を返す。だが、そんな態度にも「わかればいい」と軽く答え、再び茂みから森の中を通る一本道を監視し始める。
いまの魔王は人間界にいるため、いくつもの制約を掛けられている。そのせいもあって魔力の出力がちょっと強い魔法使い程度にまで下げられている。正体を知らずに吹っ掛けてきた人間のチンピラや山賊が何人も魔物の餌になったことは言うまでもないだろう。
「それで魔王様。スライムが魔力に敏感なのはわかりました。でも高等魔法が使える賢者や僧侶相手にも襲い掛かりますよね。それはどうなのですか?」
「それは実演しながら説明しよう。ほら、さっそく目的のスライムだ。」
二人して茂みの中から気配を殺して道の先を観察する。
そこには枕くらいの大きさの塊がポヨンポヨンと水風船の様に跳ねながら近付いてくるのがわかる。次第にその塊の輪郭がはっきりと見えてくる。色は水色、大きさは小型犬程度、跳ねて空中にいるときは球体だが地面を這うように移動している時は楕円の半球体。紛れもなくスライムであった。
「アッサム。あれはまだこちらに気が付いていない。これから我々は道行く一般人の様に歩く。」
「それで逃げたらどうするんですか?」
「その時はその時だ。私が直接、人間界への長期滞在の許可証を出そう。」
「職権乱用反対。」
「使えるときに使うのが権力とコネだ。覚えておくといい。」
アッサムは「ぐぬぬ・・・」と若干悔しかったのか一度深呼吸をしてスライムの問題の方に意識を向けた。森の中においてエルフというのは親和性が高く、姿、気配を隠すのに最低である。一説によると森に入り込んだ一個小隊が一人のエルフによって全滅したと言われている。その惨劇を描いた本には森の早贄と記載されている。
「この資料によると、あの色と、ここの環境からあれは通常種だと思われますね。可もなく不可もなく。他の弱小種と共存関係にあるどこにでもいそうなタイプ。」
アッサムはいつの間にか取り出していた『コボルドでもわかる魔物大百科』の新装版の図解と照らし合わせながら確認していた。スライムとはいえ、中には服や鎧といった防具を限定的に溶かすものや対処に寄生するものや肉食のものまで存在している。一説によればその種類は数百種といわれてるほどである。
「それで魔王様。どうやって調べましょうか?」
「最近の研究でわかったことだがスライム種は基本的に外部からの衝撃を感知すると体を構成している水分がゼリー状になり、その表面に薄い膜が形成される。だからまずは遠距離から吹き矢で刺激して、膜を張らせてから浮遊魔法で浮かせて捕獲といこう。」
「吹き矢なら任せてください!こう見えて吹き矢に関しては優秀ですので!」
やけに自信たっぷりに語るアッサム。何を隠そう彼女は弓や魔法より吹き矢や短剣といった比較的短い距離での戦闘面において、とても優秀な能力と技術を持っている。一見アホの子に見えるが、エルフとしてはインファイター寄りなのである。いつの日か詳しく語ることも来るだろうがエルフとダークエルフにはあんまり違いが存在しないということだけは理解していただきたい。
「よし。作戦開始だ。」
風の簡易魔法が掛けられた矢を仕込み茂みから筒の先端だけを出したアッサム。狙いを定めた瞬間、魔王が勢いよく飛び出すと同時に吹き矢が放たれた。
吹き矢がスライムの表面を掠ると修復と復元のために飛び散った水分を断面から伸びだ触手が掴む。が、スライムの本能的な行動が一瞬の隙を生み魔力で出来た正方形の檻に閉じ込められてしまった。
「無詠唱による拘束魔法とは、流石は魔王様ですね。」
「待て!拘束結界系はバランスの維持が大変なんだからな!無理に動かすな!!振りじゃないぞ!振りじゃないからな!!!」
「それは逆にやれということですか?」
「最悪の場合、ここら一体が更地になる。」
「え?」
「拘束結界の魔力が弾けて一種の爆弾みたいになってるからヤバイ」
「なにそれこわい」
「魔王とは怖いものだからな」
流石に今の状況を理解したのかエルフ印の保存の壺(半透明)を取り出し、スライムの捕獲されている檻に近付けた。
「アッサムよく見ろ。檻の中のスライムが死んだふりをしているだろ。こうなると普通の液体と大差ない。このタイミングで捕獲するのが一般的だ。」
「なるほど、スライムは流体になったら捕獲する。」
他には氷結魔法で冷凍保存したり、風の魔法で浮かせたり、空間魔法で無理やり捕獲したりとやり方はいくらでもあるが今回の方法がスライムの核を傷つけることのない無難な方法と言えよう。特に結界魔法を用いての捕獲はその中でも安全であるとされているが、元々結界魔法の習得難易度が高いため使えるモノも少なく大抵の場合は補助器具や複数名での実行となる。
魔王は右手で結界の維持をしながら左手の親指と中指と動かし結界の一部に穴をあけるとそこからエルフの壺に流し込むように右手を捻って結界を傾けた。
「やはり殆ど液体のような動きをしていますね。しかしよく見ると粘性があります。」
流し込まれていくスライムをアッサムは観察しているが、実は危険な行為である。こうして捕獲したスライムは完全に閉じ込めなければならない。種類にもよるが急に暴れたスライムが口や鼻に飛び込んで内臓を掻き回したあげく臍から腹を突き破って出てきた事件がある。これはまだいい方である。もし耳から入り込まれた場合、脳に侵食・寄生ながら宿主の脳を弄り苗床へと改造されていた。なんていたたまれない事件も起きている。とても、悲しい事件であることには違いない。
なお此度の魔王も幼き時に耳から侵入されたことがあるが脳に到達した瞬間、超超高濃度の血中魔力によって核こど消滅した。
スライムと言う人間界でも広い地域に生息している生き物でさえ、危険であり未だに解明していないことの方が多い。
しっかりと壺に栓をすると閉じ込められたスライムは水饅頭の様に形になり、大人しくなった。
スライムのこの形態はもっともリラックスしている状態であると同時に、無防備を晒している状態ともいえる。つまりその形態こそ服従をした瞬間でもあのだ。
「このスライムも可哀そうですよね。こんなところに魔王がくるなんて思ってもいなかったでしょうし。まあ、私だって急に魔王様が現れたら慌てふためきますけどね。」
「で、そいつは研究所行きなのか?もし解剖するなら私も見てみたいのだが・・・」
「そんなことしませんよ!!」
慌てて否定するアッサム。エルフというのは自然と共に生きる種族なのでスライムは仲間という認識を持っているのだろう。人間たちもそうだが、スライムという生物は土壌や水質の向上、保存食への加工、環境の調査と幅広い活躍が見込めるものであり、エルフもその研究の一部を担っている。
「ではそいつはどこに連れて行かれる?」
魔王は壺を指さしながら訪ねてみるとアッサムは少しだけ考えるそぶりを見せ「多核スライム関係かな?」と自信なさげに答えた。
多核スライムとは文字通り一つのスライムに2つ以上の核が存在しているスライムであり、人でいうなら複数の心臓が一つの身体に存在している状態に近い。だが実際に多核スライムというのは自然界に存在しており50以上もの核を持った個体もいたと伝えられている。最近、人間界ではスライム娘という人の形をしているながら半透明の粘液で構成されている魔物は多核スライムであるという研究結果が一部界隈で大いに騒がれている。
環境が違えば生態も変わるのはどの世界でも同じではあるが、砂漠に暮らしているグリーンスライムと湿地帯に暮らすレッドスライムは同じスライムでも全く異なる生き物といってもいい。当然のことだが砂漠では昼間の間に水を確保できる手段というが限られている。オアシスを中心に活動している種は水の浄化と循環を担っているため比較的温厚であるが、砂漠の他の地域では自生している植物の水分を吸い近くを通る動植物の影に紛れて移動したり、日が暮れるまで地中に潜り水分を蓄え夜間にオアシスの方向へと進んだりする。特に夜間に移動するタイプのスライムは極めて体温(水温)が低いので視界の効かない暗闇の中で置いてもピット器官(赤外線感知器官、サーモグラフィのようなもの)を有する生き物と対峙したところで感知されることは滅多にない。さらにこのスライムを確保に成功することはオアシスを見つけたことに等しいので冒険者や旅人や商人といった者たちの間では高値で取引されている。
一、二週間の期間が掛かるが正規の手続きを踏めば団体での砂漠横断。片道切符になるがツアーの付き添い。オアシスの観光。などの移動で格安でグリーンスライムを貸し出してくれる。もちろん盗難や損失などの問題が起きないために知識と実績のある原住民が付き添うことになっている。
人によってはチームに中位クラスの魔法の使える人物と、それなりの道具があれば問題なくオアシスを経由して砂漠を横断できるのである。
転移やワープ移動という手段もあるがそれは別の機会に語るとしよう。
さて、話を戻すが近年(エルフ感覚)のスライム研究には目を見張るものがある。予てより水の濾過や循環といった浄化作用は判明していたが、他の生き物を取り込みその能力の一部を得たり、取り込んだ生物の姿形を模倣したりすることが可能であることが判明した。吸収できるサイズは個体によって異なるが平均としては縦横30センチメートルの大きさとなっている。
特に強い能力も持たない。比較的低レベルでも倒せる。あまり強くない。そういった戦闘能力の低いスライムは1つの個体がほぼ同じような個体を分裂して生み出すので研究に向いている。
「あとはここら辺の土と植物も持ち帰る必要がありますね。まずは繁殖のために、なるべく捕獲した環境と同じ土地を作らないといけませんから。」
徹底した環境づくり。まさに自然と共に生きる種族【エルフ】といってところだ。
「なるほど。ではそんな勤勉なアッサムを称え、後で使いの者を出そう。村の者と話し叶えられる範囲の願いであれば応じよう。」
「ほ、ほんとうですか!ありがとうございます!!」
「では村まで送ろう。もう少し近くに寄れ。もっとだ。」
「ひゃひぃ!!」
パチンッ
片手をアッサムの腰に手をやり抱きかかえるように引き寄せるともう片方の手で指を鳴らす。するとその場にいた二人の姿は僅かに残像を残し消えた。
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簡単な生物解説
エルフ
種族 エルフ
主な生息地 森、人里、魔界
平均寿命630年 最高記録2000歳(諸説あり)
戦闘面 男性女性問わず魔法適正あり
性別による得手不得手は多少なりともあるが、これと言って差はない
自然の中で生きているため薬学の知識があり、人里で薬草から秘薬まで幅広い商品を販売している(週1)
人間のいう魔物の研究を中規模以上の各村で行っている。
人間とパーティを組みダンジョンや冒険に行く者いる。
かつてはその美貌から男女問わず奴隷や娼婦といった扱いを受けることも多かったが、先代の魔王(若様の父親)の尽力により大幅に減った。(裏での横行はいまだに続いている)
よくあるファンタジーの世界の人権ってどうなっているのかを考えてみたら
納税をする(住民税)
兵士になる(兵役)
国、街、村の偉い人のお呼ばれ(招待)
ここの地域でそういう感じになるのかなって